第57話 鉛色の虚構劇
おれ、折霜涼は白楸棟の正面で佇んでいた。
攻城戦線が始まってから、白楸棟の周囲にもじんわりと緊張が漂っている。
おれが周囲を警戒していると、すぐ隣にいた白虎組の生徒が、突然、息もつけずに崩れ落ちた。
視線を落とす。地面には、燕の彫られた木製のブーメランが転がっていた。
「っ!」
おれは眉をひそめ、視界の端で動いた影へと咄嗟に手裏剣を投げ放つ。
しかし、その人物はまるで踊るようにそれを躱わす。
そして落ちていたブーメランを軽やかに回収し、一気に距離を取る。
「燕のブーメラン使い……朱雀組の『韋駄天』漣蒼茉か」
そこにいたのは、鈍色の髪を持つ細身の少年だった。
「ん? オイラのこと知ってんのか?」
「ああ。宙飛の幼馴染らしいな。あいつが『同年代じゃ一番強い』って話していたよ……なるほど。それは誇張じゃなさそうだな」
おれは冷気を吸い上げるようにしながら、右手の手裏剣に氷を纏わせる。
「あんだ、宙飛の友達か? いいね。見せてもらう、その力」
漣はにやりと笑い、三つのブーメランをお手玉のように弄んだ。
次の瞬間、その一つをおれに向かって投げ放つ。
地面とほぼ平行に弧を描く木の刃。
おれは氷を纏わせた手裏剣で、それを弾いた。
だが、その時にはもう、漣の姿がこちらへ迫っている。
速い。ふわりと消えるような速度で距離を詰め、左手のブーメランを閃かせてきた。
「くっ!」
おれはそれ手裏剣で受け止めたが、衝撃が腕に響き、氷の表面にかすかな亀裂が入った。
(ただの木製ブーメランじゃない。あれは風を纏っている)
それでも、おれは退かず、手裏剣に纏わせた氷を肥大化させる。
「鬼氷牙!」
氷が巨大な牙のように変形し、漣へ襲いかかる。
(消えた……?)
しかし、漣の姿が、おれの視界から消える。
反射的に上を見ると、そこに彼の姿はあった。
空中で軽やかに身体を翻し、勢いよく右手のブーメランを振り下ろしてくる。
おれは咄嗟に手裏剣で防御した。
だが、直撃の衝撃で後ろへ吹き飛ばされる。
「なんだ、その程度の実力で宙飛の隣に立つつもりか?」
漣が、落胆したようにため息を漏らす。
少し離れた位置でおれを見据える彼の両手には、いつの間に回収したのか、三つのブーメランが握られていた。
「これからだよ。ようやく身体が温まってきたところだ」
「それ、氷使いが言う台詞じゃなくね?」
漣は苦笑し、ブーメランを一つ上空に放り投げる。
そして、両手に残した二つのブーメランを一気に投げてきた。
「鬼霜柱ッ!」
おれは地に両手を着き、叫んだ。
それに呼応するように、地面から巨大な氷の柱がせり上がる。
投げられた二つのブーメランを呑み込み、なおも氷は漣の足元へ走った。
「おっ」
漣が初めて目を見張る。
空中のブーメランを掴み、わずかに後ろへ下がった。
だが、その足元には霜が伸びている。
(今だ!)
おれは一瞬の好機を逃さず、残ったブーメランを握る漣の手に向けて踏み込んだ。
漣の手元に白い霜が絡みつき、ブーメランが瞬く間に凍りついていく。
「ちっ」
漣は舌打ち混じりに、それを手放した。
(今ので、漣が持つブーメランは全て封じた)
氷柱に呑まれた二つ。
そして今、手放させた一つ。
つまり、これで勝負は決まった。
そう思った瞬間。背後から、風を切る音が迫った。
「なっ――」
鈍い衝撃が後頭部に走り、視界が大きく揺らぐ。
何が起こったのか理解できないまま、おれは膝から崩れ落ちた。
見下ろす漣が、にやりと笑う。
「残念。オイラのブーメランは四つあるんだよ」
楽しげで、けれど容赦のない漣の声が、どこか遠くから聞こえた。
(謀れられたのか。漣が持つブーメランは三つだけだと思い込まされていた)
気が遠のいていくおれはそれを覚る。
「そこそこ強かったね。まあ、及第点かな。とりあえず、宙飛を頼むよ。でも次に会う時は、もっと手強くなっていてくんねぇとな」
言い返したかった。けれど、声が出ない。
視界が鉛色に沈んでいく中、漣の足音が白楸棟の奥へと消えていった。




