第56話 一瞬の塵
『虚実皮膜』
夏休みに会得した、風見家秘伝の回避術。
僕、風見宙飛は独特の足運びで、破竹灯篝の照準をずらし続けていた。
「妙な動きしてんじゃねぇ!」
弾が当たらないことに苛立った破竹灯が叫ぶ。
彼の拳銃は空気銃のようだ。
だが、撃ち出される弾には炎が纏わされている。
この距離なら回避はできる。
だが、近づくのは難しい。
(うん? 家庭科室なら、あれがあるかも)
部屋を見渡す。
棚。調味料。調理器具。流し台。
そして、目当てのものはすぐに見つかった。
僕は棚から大きな紙袋を引っ張り出し、破竹灯へ向けて放る。
「何をしている?」
破竹灯が顔をしかめた瞬間、僕は空中の袋を斬り裂いた。
白い粉煙が、部屋いっぱいに広がる。
「食材を粗末にしやがって、何のつもりだ?」
怒気を孕んだ声が、白く霞んだ視界の向こうから聞こえた。
「煙幕の代わりさ。これで弾は当たらないだろ?」
それに僕は挑発するように返す。
「舐めやがって。この程度で目くらましになると思ってんのか!」
破竹灯が銃を構える気配。
僕は顔の前で腕を交差させ、後ろへ跳んだ。
次の瞬間、僕と破竹灯の間で火が弾けた。
「くっ……!」
床を転がりながら、僕はどうにか受け身を取った。
「ゲホッ、ガハッ……てめぇ、何、しやがった」
爆煙が晴れると、焼け焦げた制服の破竹灯が床に倒れていた。
「粉塵爆発だよ」
破竹灯の問いに、僕は簡潔に答える。
「ゴホッ、ふんじん、爆発?」
「小麦粉などに引火して、連鎖的に爆発が起こる自然現象だよ。風を操って多少起こりやすくはしたけどね……って聞こえていないか」
破竹灯はそこで気を失った。
咳はしている。少なくとも、命に関わる状態ではなさそうだ。
(こんな騒ぎを起こせば、すぐに誰か駆けつける。早くここを立ち去らないと)
そう考えた、その時だった。
がらり、と戸が開く。
漆黒の髪をした少女が、家庭科室へ入ってきた。
「御影さん?」
「誰が暴れているのかと思ったら、風見くん?」
言いながら、御影紫苑は警戒を露わにする。
(彼女の術は厄介だな。長引けば不利になる)
以前のような剣呑さはないけれど、この競技では敵同士だ。
「っく!」
僕は即座に踏み込んだ。
足元から地を這うような低姿勢の斬撃。
滑り込むように距離を詰める。
しかし、御影はわずかに体を捻っただけだった。
彼女の手が、僕の前腕に触れる。
それだけで、踏み込んだ力の行き場が消えた。
「呼吸投げ」
次の瞬間、床が視界いっぱいに広がる。
「ぐっ……!」
僕は受け身を取り、すぐに立ち上がろうとした。
だが、身体に力が入らない。
「吸魂の術」
御影が僕の後頭部に手を置き、そう告げる。
「少し眠っていてもらうね」
抗おうとしたが、身体は言うことを聞かない。
僕の意識は、白い粉煙の名残に沈むように、段々と薄れていった。




