第53話 選抜継走
9月16日、金曜日の午前。
戸隠学園の体育祭が始まり、午前中の種目がいくつも続いていた。
ぼく、真神雷哉はというと、午後に控える攻城戦線が気に掛かり、いまひとつ集中できないでいた。
「真神、次の競技が始まるぞ」
そんなぼくに、傷代が声を掛けてくる。
「あ、うん。今行くよ」
一年生の花形競技、選抜継走。
それにぼくたち虚宿室の四人が選ばれたのは、偶然ではない。
この競技は通常、短距離走の記録が良かった上位四人が、各組から選ばれるらしい。
しかし、傷代、鹿深、風見はともかく、ぼく以上に足の速い生徒は何人かいた。
だが、排他主義の傷代苅砥、達観しすぎている鹿深珪晶、得体の知れない風見宙飛は、一年玄武組の中でも浮いた存在である。
故に、彼らと共に出場しようとする生徒は、ぼく以外にいなかったわけだ。
(なんか、最近のぼくは誰かの代わりばっかりだな)
攻城戦線では、笹舟先輩の代わりに大将となった。
穂月先輩は、兄さんをぼくに重ねて見ている。
そしてこの継走も、ぼくが特別速いから選ばれたわけではない。
胸の奥に、重たいものが沈んでいく。
「どうした? 腹でも痛めたか?」
選抜継走の第三走者として位置に着いたぼくに、隣から声が掛かった。
そこにいたのは、白い鉢巻を頭に巻いた小柄な少年だった。
白と黒が混じった斑の髪。人懐っこい目つき。
「いや、そうじゃないけど……午後の攻城戦線が心配で。えっと……」
ぼくは否定しながら、彼を何と呼べばいいか分からず口ごもる。
「ああ、俺っちは白虎組の千峩白牙だよ。」
「ぼくは玄武組の真神雷哉。よろしくね……」
「雷哉って、玄武組大将の? 一年なのに凄いなー」
千峩は、大仰に目を丸くした。
「別に凄くなんかないよ……」
そう答えたところで、競技開始を告げる号砲が鳴った。
第一走者の傷代が走り出す。
傷代の走りは、低く、鋭い。
あっという間に第二走者の待つ位置へ近づき、速度を落とさないまま、鹿深へ継ぎ棒を渡した。
鹿深は、いつも通りの涼しい顔で走り出す。
風を切る音も、土を蹴る音も、どこか静かだった。
気づけば、他の走者を置き去りにして、ぼくらのところまで来ていた。
「真神」
鹿深の伸ばされた手から、継ぎ棒が渡された。
「うん!」
ぼくも懸命に走り出す。
足を前へ。息を乱すな。
午後のことは考えるな。
そう自分に言い聞かせる。
けれど、背後から誰かが近づいて来る。
獣が地面を蹴るような音が、すぐ後ろに迫った。
「お先っ!」
振り返る間もなく、白黒斑の髪が視界の端を抜けていった。
(速い……!)
千峩にぼくは追い抜かされてしまう。
さらに後ろから、青龍組と朱雀組の走者も迫ってくる。
背中に刺さる気配に、喉が乾いた。
「風見くんっ!」
ぼくは最後の力を振り絞り、風見へ継ぎ棒を渡した。
しかし、そこから朱雀組の最終走者である灰髪の少年が、異様な追い上げを見せて、玄武組一年は三位となった。
「気にするな」
「そうだね。大きく崩れたわけではないよ」
「蒼茉が出てる時点で、勝ち目なんか無かったしね……」
傷代と鹿深、そして風見もそんな風に言ってくれた。
(やっぱり、ぼくは凄くなんかない)
しかし、そう思わずには、いられなかった。




