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第46話 肉芝仙

『……ょう、涼!』

 狐雹こはくの声で、おれ、折霜涼おりしもりょうは我に返った。


「ごめん、狐雹。呆けてた」

 立ちすくむおれの眼前では、錬次と宙飛が蝦蟇に猛攻を仕掛けている。


『あの蝦蟇、妙じゃぞ』


「どういう意味だ?」


『お主の体たらくは予想外じゃが、蝦蟇程度の妖ならあの二人でも、問題無く倒せる筈じゃ』


「そうは見えないけど」


 錬次と宙飛は苦戦していた。

 蝦蟇の攻撃をうまくいなしてはいるものの、有効打を与えることができずにいる。


 粘液に覆われた皮膚が、斬撃を滑らせている。

 宙飛の風を纏った忍者刀も、錬次の炎を纏った日本刀も、浅く傷をつけるだけで止まっていた。


『鬱陶しいな、塵芥どもが』

 そこで蝦蟇は大きく口を開け、耳障りな鳴き声を響かせた。


『この肉芝仙にくしせんに楯突くとは』

 その言葉は、狐雹の声と同じように、直接おれの頭へ流れ込んでくる。


『な、肉芝仙は何百年も前に封印された筈。……どうして復活したかは謎じゃが、不味いの』


 狐雹の声色から、事態の深刻さを悟る。


(こんな時に、おれは何てざまだ)

 おれは、さっき突き飛ばした女性を見る。

 二十歳くらいに見える彼女は、尻餅をついたまま怯えていた。


 その顔に、御影紫苑みかげしおんの面影が重なる。


(そうだ。あいつのためにも、おれは強くならなくちゃいけないのに)

 震える脚を黙らせる。拳を握る。

 それでも、背中に刺さる女性の視線が怖かった。


 それでも。


「ここで動けなきゃ、何も変わんねぇだろ……!」

 おれは蝦蟇に向かって駆け出した。


 蝦蟇が舌を伸ばしてくる。

 おれは姿勢を低くして躱し、その勢いのまま蝦蟇の懐に潜り込んだ。


「おらぁ!」

 吠えながら、蝦蟇を殴り上げる。

 なんの変哲もないただの拳が、蝦蟇の腹に沈み込んだ。


「うらぁ!」

 気持ち悪い感触を無視して、もう一発。


『こんな攻撃、蚊程も効かぬわ』


(分かってら、そんなこと)

 まともに忍術は使えない。精密な験力げんりきの操作を必要とする細かい術式なんかは無理だ。

 こんな精神状態では、きっと暴発する。


 なら、制御しなければいい。


 できるのは、暴発に近い『一発』だけ。

 ならば以前の宙飛よろしくの全ブッパだ。


鬼霜柱おにしもばしら!」

 周囲に冷気が立ち込めた。


 汗が瞬時に凍る。吐いた息が白く固まる。

 足元の土が割れ、土中から巨大な霜柱が迫り出した。


 霜柱は蝦蟇の腹を貫くように伸び、その巨体を押し上げる。

 同時に、おれの身体も凍りついていく。


 指先の感覚が消えた。

 膝が動かない。

 皮膚の下まで氷が入り込んでくるような痛みが走る。


 蝦蟇の粘液が凍り、青白い膜になって広がった。


『小癪な。これしきで我が倒せるとでも?』


「思わないさ」

 凍りつきかけた唇を、無理やり動かす。


「でも、おれは一人じゃない」


 四肢の感覚は、もうほとんどない。

 段々と意識が薄れていく。

 だが、おれの役目は果たせただろう。


「今だ、やれ!」

 おれは残った力を振り絞って、そう叫んだ。


「「了解」」

 その声と共に、錬次と宙飛が動いた。


 炎を纏った日本刀。

 風を纏った忍者刀。


 二振りの刃が、蝦蟇の左右の眼球へ突き刺さる。


 次の瞬間、凍りついていた眼球が砕けた。

 蝦蟇の巨体が、地響きを立てて倒れる。


 暗くなっていく視界が最後に映したのは、そんな光景だった。


『涼、ようやった』

 狐雹の声だけが、やけに近く聞こえた。

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