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第43話 折霜天泣

「で、涼を追い払って、何か聞きたいことでもあるんだろ?」

 僕、風見宙飛が事務所に戻ると、折霜天泣おりしもあまなは口の端を上げて言った。


「鋭いですね」

 僕の考えなど、お見通しのようだ。


「あたしのスリーサイズかい? 今日の下着の色かい? 恥ずかしいけど仕方ないなぁ」

 僕は肩を落とす。友人の母親と猥談なんかしたくないよ。


「違います」


「照れるなよ。ほんの冗談じゃない」

 調子が狂う。

 なまじ美人なだけに、たちが悪い。


「訊きたいのは、勿朽くちなという家系のことです」



 僕は、あの地下室――玄の間の書物に書かれていた内容を話した。

 玄冬家。勿朽家。

 玄武。そして、勿朽の血を引く娘を贄とするという一節。


「あなたも、水を司る家系の巫女だったはずです。何か知っているのでは?」


「勿朽に玄武か。心当たりがないでもないが、あいつに訊いた方がいいかな」

 そう言って、彼女はいつの間にか手にしていた鈴を鳴らした。

 りん、と澄んだ音が事務所に響く。


「畏み畏み申す。九天くてんの光、八洲やすの恵み、戯雨そばえあめの化身」

 黄金色の長髪を揺らし、彼女は祝詞のようなものを唱える。


宇迦之御魂神うかのみたまのかみが遣いし御狐みきつねよ。払え給い、清め給え、守り給い、幸え給え」

 空気が湿った。そう感じた瞬間、辺りに白い霧が立ち込める。


「我が魂を澄まし、この身を器と成せ」

 霧はすぐに晴れた。けれど、じっとりとした気配だけは残っている。


「お主、勿朽について聞きたいんじゃったか?」

 目の前にいるのは、折霜天泣のはずだった。

 けれど、その眼差しは明らかに別物だった。


「……あなたは、誰です?」

 僕が尋ねると、彼女は唇を歪ませる。


「ほう。妾の意識が天泣ではないと見抜くか。妾は狐雹こはく。稲荷に仕える空狐くうこである」


「初めまして。僕は風見宙飛です」


「知っておる。天泣や涼を通して見ていたからの」


「そうなんですか。それで、狐雹様は何か知っているのですか?」


「直接は知らぬ。だが、推測はできる」

 狐雹は鈴を指先で転がしながら、ゆっくりと続けた。


「まず、西の地の大蛇とは、八岐大蛇やまたのおろちのことじゃろう。玄武は大陸由来の霊獣ゆえ詳細は知れぬが、似たような話はどこにでもある」


「どういうことですか?」


「お主たちは、これから筑波山に行くのじゃろう? そこの伝承は知っておるか?」


弁慶べんけいの七戻りですか?」


「全然違うわ。滝夜叉姫たきやしゃひめ肉芝仙にくしせんについてじゃ」


「滝夜叉姫は、なんとなく。ですが、肉芝仙は知りません」


「遥か昔。父、将門まさかどの無念を晴らすため、平良門たいらのよしかどは筑波山に住まう蝦蟇の精霊、肉芝仙に力を借りた。だが、御しきれぬ力を前にした時、人はしばしば身内を差し出す」

 狐雹の声が、わずかに低くなった。


「良門は、姉の如月尼にょげつにを生贄に捧げた。その結果、肉芝仙に憑かれた如月尼は怪異、滝夜叉姫となったのじゃ」

 生贄。その言葉に、僕の鼓動が少し早まる。


「滝夜叉姫は……結局どうなったんですか?」


「反乱を起こした後、陰陽師に滅されたらしいの」


「……遣る瀬ない話ですね」


「大昔の話じゃよ」

 狐雹は、こともなげに言った。

 けれど、僕にはそれを昔話として片付けることはできなかった。


「それよりも、お主のことじゃ。何か参考になったかの?」


「はい。多少は」


「そうそう。筑波山の蝦蟇も、肉芝仙の眷属じゃぞ」


「そうなんですか」


「もっとも、肉芝仙は八岐大蛇や玄武に比べれば数段劣る物怪じゃ。つまり、その眷属ごときに手こずるようでは、お主の目的は到底叶わんぞ」

 そこで狐雹は笑みを深める。


「……蝦蟇ぐらい、さっさと片付けてこいというわけですか」


「そういうことじゃ」

 なんだか、上手く乗せられた気もするが。

 まあいい、取り敢えず蝦蟇退治と行こうか。

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