第40話 玄の間
(これって、不法侵入にならないのかなぁ?)
流されるまま同行してきたが、この場所はどことなく不穏な感じがする。
もうすぐ八月になろうというのに、ひどく冷え込んでいるし。
僕、風見宙飛はそのような感覚と共に、階段を降りていた。
(こんなことをしているより、もっと訓練をするべきじゃないのか?)
いや、焦りすぎるなと楓にはいつも言われているし、気分転換だと思おう。
決して急がず、されど弛まず……だ。
そんなことを考えている僕をよそに、鹿深と由密は地図を辿る。
やがて到着したのは、書庫と思しき部屋だった。
冊子や巻物が所狭しと並んでいる。
「わ〜、古そうな本がいっぱいだ〜」
他の二人は思い思いに蔵書を手に取っている。
僕も本の背表紙などを流し見る。
玄冬、玄武、戸隠。そういった文字が多く目につく。
そんな中、僕の視線は一冊の古書に釘付けになった。
玄冬家に関する古書の隣に、なぜか一冊だけ、別の家名が混じっていた。
掠れて読みづらいが、そこには『勿朽家』と書かれているように見える。
僕はその本を手に取り、恐る恐る中を確認する。
傷めないように、慎重に頁をめくっていく。
そして、そこに記されていた一節に息が止まった。
黄昏より齎されたる玄武、亀蛇神二対一体の霊獣なりて玄冬のみで御す事叶わず。西の地に大蛇を封じる巫女有。玄冬、その末を娶り勿朽とす。以来勿朽の血流る娘を贄として蛇神を抑える事を成す。
勿朽が、贄? 指先が冷えた。
さっきまで地下の寒さだと思っていたものが、背骨の内側から這い上がってくる。
(落ち着け。勿朽と玄冬の会話を思い出せ)
彼女は、卒業するまでと言った。つまり、それまでは大丈夫なはずだ。
「こんなところで屯しているのは、一体誰かな?」
そこで、部屋の入り口から一つの影が入ってきた。
それは楓と同じくらいの身長。つまり、非常に小柄な、黒髪黒眼の少女だった。
咄嗟に、僕は読んでいた書物を元の位置に戻す。
「手前らは一年玄武組の生徒です。あなたは?」
鹿深が前に出て答える。
「この私は玄冬氷冥。三年玄武組の担任さね」
教師……⁉ 中学生くらいにしか見えないが。
(それよりも、その名前と雰囲気は……)
「で? 君たちはどうしてここに?」
「えっと〜、この地図が何を示しているのか知りたくて〜」
玄冬先生の問いに、由密が地図を広げて答える。
「この字は……嬢ちゃん、君の名前は?」
「うちは由密ざくろだよ〜」
「やはり、君の母親と……この私は学生時代の友人でね。よくこの部屋に入り浸っていたんだ」
「へぇ〜、お母さんと〜?」
「この地図は、その頃に書いたものだろう。まだ残っていたとはね……」
そこで玄冬先生は、その小柄な体躯には不釣り合いな圧力が籠った視線を、僕たちに向ける。
「しかし、今回は見逃す。けれど、此処は本来立ち入り禁止だよ。出ていくんだね」
「それはごめんなさい〜」
由密の謝罪に、玄冬先生は眼差しを緩めた。
「そうだ、ざくろちゃん。この私の部屋に来るかい? 昔の母親の写真でも見るといい」
「わ〜、行きます〜。珪くんたちはどうする〜?」
「遠慮しておくよ。手前らは寮に戻る」
その後、玄の間から地上へ出て、由密と玄冬先生と別れた僕と鹿深は、玄武寮虚宿室へと向かう。
「拍子抜けだね。まあ、暇は潰せたから良いか。ん? どうした風見くん、顔が怖いよ」
歩きながら呟く鹿深の言葉に対応する余裕は、僕にはなかった。
(勿朽のために、僕は何か出来るのだろうか?)
その答えは、容易に出そうもない。




