第39話 晶操の術
7月24日、日曜日の朝。
手前、鹿深珪晶は、ざくろと共に戸隠学園の校舎の一つ、玄楡棟の入り口にいた。
(あのくすんだ白髪は……)
右手には丑寅訓練場があり、夏休みの早朝だというのに、そこには人影が一つ見えた。
「あ〜、風見くん、おはよう〜」
名前を呼ばれた人物、風見宙飛はこちらに気づき、歩み寄ってくる。
「おはよう、由密さん。鹿深くんも。帰省したんじゃなかったの?」
「手前らの家はこの学園の近くだからね。少し用事があって来た」
「そう。僕は実家に戻るのに数時間かかるよ。まあ、そんなに戻りたいとも思わないけど……」
戸隠学園は全寮制だ。
夏休みに入ったというのに帰省しない生徒は、そこまで多くない。
(なにがしか、柵でもあるのだろうか?)
大抵は部活動が理由で残っているのだが、風見は部活動には所属していなかったはずだ。
そこで、ざくろが大きく手を叩いた。
「そうだ〜、風見くんも宝探し一緒にやらない?」
ざくろは地図を取り出して、風見に見せる。
いつから宝探しになったのだろう。
「へぇ、これは玄楡棟か。……いいよ、付き合おう」
風見は少しだけ地図を眺めてから、そう同意した。
「ここから下に降りられるみたいだね」
手前らは校舎の中を進み、ある扉の前に来ていた。
黒曜石で作られたその扉は、堅く閉ざされている。
「この建物に地下があるなんて知らなかったよ〜。うん? 鍵が掛かっているね。珪くん、開けてよ〜」
「気軽に言うね」
ざくろに呼ばれ、手前は懐に手を入れる。
普段から持ち歩いている硝子玉《ビー玉》を取り出した。
「晶操の術」
硝子を操る手前の固有忍術。操れるのは珪素を含んだ無機物だけだが、応用すれば、岩石中の珪素質成分を引き剥がして崩すこともできる。
術で形状変化させた硝子玉を、鍵穴へ侵入させる。
指先に伝わる微かな手応えだけを頼りに、硝子の形を細く、薄く、何度も変える。
試行錯誤して何度か形を変えた末、鍵穴からガチャリと音が聞こえた。
「おぉ」
風見が驚嘆の声を漏らす。
ざくろに至っては拍手をしている。
その様子に手前は硝子玉を元の球状に戻し、嘆息する。
「行くよ」
扉を開けると、その奥には地下への階段が続いていた。
底冷えするような不気味な気配が、下から這い上がってくる。
ここから先は、明らかに生徒の立ち入る場所ではない。
そう分かっていても、退屈はもう好奇心に変わっていた。
底冷えするような不気味な気配に一時逡巡するも、それから未知の地下へ一歩を踏み出した。




