第36話 上昇気流
「ここは接続詞だから……」
俺、穂月錬次は教科書を指し示しながら解説をする。
「はー、づっきーの説明は分かりやすいなー。俺っち、この問題は三回くらい読んだけど全然分かんなかったわ」
千峩が感心して言う。
(こいつは、こんな簡単な問いも分からないのに明るい奴だな……)
俺は、ぼんやりする頭でそんなことを思う。
「で、ここは? づっきー、聞いてる?」
(うるさいな、聞こえているよ。そこは……そこは、なんだったか)
俺は目を細め、なんとか教科書の文字に集中しようとする。
しかし、文字がぼやけ始め、視界がぐるぐると回り出した。
「錬次? 顔色、悪いぞ」
宙飛が不安げな表情を浮かべる。
「いや、大丈夫だ。ただちょっと、寝不足なだけだから……」
そう言って誤魔化そうとするが、急激に強い眩暈が襲ってくる。
次第に力が抜けていき、俺の身体は机の上にゆっくりと崩れていった。
「づっきー? 大丈夫かよ!?」
千峩の焦った声が遠くで響く。
意識が朦朧とする中、肩を掴まれている感覚だけがあった。
次に俺が目を覚ますと、白い天井が目に入った。
漂う消毒液の匂いで、ここが保健室だと理解する。
「あ、起きた?」
傍らから優しい声がした。
俺と同じ班であり、宙飛の従妹でもある、おかっぱの小柄な少女。
羽妙之楓が寝台の横でこちらを見下ろしている。
彼女の隣には、宙飛の姿もあった。
「羽妙之さん……悪いな、手間を掛けさせて」
「おそらく寝不足と貧血だね。根を詰めすぎだよ」
羽妙之は呆れたようにため息をつく。
「僕に散々忠告していた錬次が、同じことをしてりゃ世話ないよ。焦ってもいいことないって、言ってなかった?」
宙飛もため息をついて言う。
「試験は大事だけど、自分の身体もちゃんと考えなよ。倒れてからじゃ遅いんだってば」
「……分かってた、つもりなんだけどな。それで、千峩はどうした?」
「千峩くんは、錬次をここへ運ぶのを手伝った後、図書室に戻ったよ。今頃、涼たちに勉強教わってるんじゃないかな? 殺されていなければだけど……」
「そうか。そういえば、宙飛は最近どうなんだ? 一時期はかなり無茶していたけれど」
「僕もあれで反省したからね。楓に協力してもらって、健康的な生活を心がけているよ」
「羽妙之さんに?」
俺は羽妙之に視線を向ける。
「あたしの家は診療所だから、そういうことには詳しいの。穂月くんも、ついでに診てあげようか?」
「それは、ちょっと、羽妙之さんに悪いかな」
「何度も倒れて保健室に運ばれてくる方が迷惑だよ。そうだ、穂月くんの気が済まないのなら、あたしにも勉強を教えてよ」
「……分かった。そういうことなら、俺もお願いするよ」
そんな感じで、俺は羽妙之の指導の下、健康に気をつけながら勉学に励んだ。
彼女の指導は、論拠に基づいた合理的なものだった。
睡眠時間を削って詰め込むのではなく、時間を区切って集中する。
休むべき時には休む。
それは思った以上に難しく、思った以上に効いた。
(しかし、あの凄まじい色と匂いと味の特製飲料は、本当に飲んでいいものだったのだろうか?)
羽妙之さんも宙飛も平気で飲んでいたので、毒ではないと思うが……。
そのおかげかどうかは分からないが、最近はかなり集中力が増している。
結果、俺は期末試験では無事、学年一位を取ることができた。
千峩がどうなったのかは分からない。




