第32話 北琴ありす
「さて、羽妙之さん。あなたの言う通り、今年は備品の数が足りなくなるかもしれません」
会議の終了後。保健委員長は、部屋に残ったあたし、羽妙之楓にそう告げた。
保健委員長、北琴ありす。
今月の初めに、前委員長からその座を引き継いだ二年生である。
舛花色の長髪と切れ長の瞳を持つ彼女は、雅という言葉が擬人化したような雰囲気を醸し出している。
「理由として考えられるのは、前委員長が優秀すぎたことでしょうか。あの方の術のおかげで、備品の使用が抑えられていたのかもしれません」
北琴先輩は、静かに続ける。
「しかし、去年も同じような数量で足りていた以上、此方の一存で軽々に備品の数を増やすことはできません」
「で、ですが……」
あたしは反論しようとするが、それよりも先に北琴先輩が続けた。
「故に、私はこれから生徒会室へと予算交渉に参ります。羽妙之さん、貴女も付いてきてください」
「失礼します」
あたしと北琴先輩が生徒会室に入ると、そこにいたのは藤色の髪をした女性だった。
北琴先輩が公家の子女のような人なら、彼女は武家の子女のようだった。
凛とした雰囲気を纏い、こちらを見ている。
「おや、北琴さん。久しぶりだね。保健委員長に就任したそうじゃないか。……と、そこの彼女は?」
「ご無沙汰しています、風切先輩。こちらは保健委員一年の羽妙之楓さんです」
北琴先輩は、その女性にあたしを紹介する。
彼女が風切栞瑚。
又鬼ごっこで宙飛を打ち負かしたという三年生か。
「羽妙之か……」
「分家の此方たちが、五星風家の本家筋の方に無礼とは思いますが、この度は貴方にお願いに参りました」
あたしの苗字に反応する風切先輩に、北琴先輩は恭しく告げる。
「この学園の中では、僕もただの一生徒さ。家柄のことなんて気にしなくて良い。それで、お願いとは何かな?」
「ありがとうございます。生徒会会計であるあなたに、保健委員会の今期予算について陳情したいことがありまして」
そこで北琴先輩は、あたしの方を見た。
「羽妙之さん。説明をお願いできるかしら?」
「は、はい」
突然話を振られたことには多少戸惑ったが、あたしは保健委員会の会議で述べたことを、風切先輩にも話した。
「なるほどね、状況は理解したよ」
風切先輩は少し考え込む。
「あの女、いや緋毬元委員長の不手際には同情する」
一瞬だけ風切先輩の声に棘が混じった気がしたが、すぐに元の凛とした声で続ける。
「だが、生徒会会計として、その要求は呑めないな」
「な、なぜですかっ?」
「予算を必要としているのは、保健委員会だけではないからね。明確な根拠があるのならば兎も角、君の直感だけでは予算の増額は認められないよ」
「そんな……でも、」
「承知しました。それでは、失礼させていただきます」
なおも食い下がろうとするあたしを制して、北琴先輩は言った。
結局、何の成果も得られず、あたしたちは生徒会室を後にした。
「北琴先輩、なぜこうも簡単に退いてしまったんですか?」
「今の時点では、あれ以上話を続けていても、結論は変わらないからです」
「そんな……」
「故に羽妙之さん。風切先輩が言ったことを考えなさい。あの方は冷たく見えますが、融通の利かない人ではありません」
けれど、あたしにはまだ分からなかった。
風切先輩の言葉も、北琴先輩が何を考えろと言ったのかも。




