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第23話 折霜涼

 おれ、折霜涼(おりしもりょう)は悩んでいた。

 遡ること四月。同じ班となった御影紫苑(みかげしおん)という少女に、一目惚れしてしまったのだ。


 漆黒の髪。雪のように透き通る肌。紫色の瞳。どこか陰のある雰囲気。

 そして、静かに本を読む姿。そのすべてに、おれの心は高鳴った。


 御影に近づきたいがためだけに、彼女と同じ図書委員にまでなった。

 普段ろくに本など読まないというのに。

 しかし、二ヶ月近くが経過しても、何の進展もない。



 6月4日、土曜日。おれは戌亥訓練場に来ていた。

 横では、組み手を終えた風見宙飛(かざみそらと)が息を切らして転がっている。

 最近の宙飛は、暇さえあれば訓練場にいる。

 おれも付き合わされ、さきほどまで組み手をしていた。


「涼、最近お前、何か変だよ?」

 おれが中空を眺めていると、宙飛が上半身を起こした。

 くすんだ白髪に覆われた死んだ魚のような目で、こちらを見据える。


「え? そんなことないよ。おれはいつも通りさ」

 宙飛の言葉に、おれは動揺する。

 彼の言う通り、最近のおれは御影のことが頭から離れず、集中力を欠いていた。


「相変わらず嘘が下手だね。何があったんだよ?」

 宙飛は、おれの言葉に納得しない様子で首をかしげた。

 彼の視線は心を見透かしているようで、冷や汗が背中を流れる。


(誤魔化せそうにないな。観念して全部話すか)

 おれは訓練場隅の芝生に座り込み、話し始めた。


「実は……」




「なるほど。何もできないのは辛いよね。微力ながら力を貸すよ」

 語り終えると、胡座をかいた姿勢の宙飛がそう言った。


「本当か、ありがとう宙飛!」


「僕も散々協力してもらっているから、お互い様だよ」

 宙飛は少し考えるように空を見た。


「そうだね。やっぱり、好きな本の話とかで親しくなるのが定番じゃない? いや、僕が言っても説得力ないけど」

 そういえば、こいつも読書家だったな。

 中学生の頃も、休み時間はいつも一人で本を読んでいた印象がある。


「まあ、僕が勿朽さんに読んでいる本の話をしたら、『そんなことしている暇があったら修行でもしたら?』って言われたけどね……」

 そう続けた宙飛が、肩を落とす。

 ……こいつも報われてほしいな。


「しかし、本の話か……でもおれ、普段から本とか読まないし」


「書を取れよ……それで何で図書委員になろうと思ったんだ。涼って昔から、無駄に行動力があるくせに臆病だよね」

 宙飛は嘆息して、呆れたように言う。


「それはその通りだな。でも、宙飛にだけは言われたくはないよ」

 おれは思ったことをそのまま言う。


「それもそうかな? ともかく、図書室に行こうよ。お前でも読めそうな本を見繕ってやるから」

 そう言って、宙飛は立ち上がる。


「それは助かるが、『お前でも』って言葉は余計だ」

 おれも立ち上がり、そう答えた。

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