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第22話 蛇に華

 5月28日、土曜日の午後。丑寅訓練場にて。

 僕、風見宙飛(かざみそらと)は一人、空を見上げていた。


 実家に戻った時に押し付けられた訓練項目や、楓に指南された柔軟、瑜伽ヨガも一通り終えた。

 さて、次は何をしようか。


「そうだ。今週は授業で隠密術について習ったから、その復習でもしようか」

 僕は昔から気配を消すのが得意だった。

 集中して力を抑え、息を殺す。


(上手くできているつもりだけど、確証は持てないな。そうだ、玄武寮に戻ってみようか)

 この時間なら、誰かしらいるはずだ。

 そう思い、僕は歩を進める。



 玄武寮へ戻る途中、何人か生徒を見かけたが、誰も僕に気づいてはいない。

 僕ごときに反応するまでもないと思っていた可能性はあるが。


(寮の中に入る前に、周囲を見てみようか。真神たちが訓練している可能性もあるし)

 そう思い、寮の裏手に回る。


 すると、林の前に一人の女生徒がしゃがみ込んでいた。

 焦茶の髪を後ろで一つに結んだ、その毛先が揺れている。

 勿朽流華(くちなりゅうか)だ。


(何をしているんだろう?)

 僕は気になって、忍び足で彼女に近づく。


「しまちゃ〜ん。可愛いなぁ、よしよし」


(えっ、何、何が起きた? 勿朽がこの猫撫で声を発したの?)

 さらに近づくと、彼女が誰に話しかけているのかに気づいた。


 体長は一メートルに届くかどうか。

 細い線のような模様が身体を走る蛇。

 シマヘビだ。


 そして、勿朽の顔も見える。

 うわぁ、すごく緩んだ顔をしている。


「痛っ」

 すると、シマヘビが彼女の指先に噛みついた。


「ふふっ、噛まれちゃった。あはっ」

 うっとりとした表情で、勿朽はそんなことを言う。


(……シマヘビは毒を持たない蛇だから、毒で錯乱しているわけではないはずだよな)

 動揺した拍子に、僕はジャリッと地面を鳴らしてしまう。


「誰⁉ って、風見くん? ……見てたの?」

 勿朽の顔は真っ赤だった。


(気まずい……動揺して気づかれて、何が気配を消すのが得意だよ)


「……」


「……」

 これは、見ていないと嘘をついても無駄だろうな。


「蛇、可愛いよね」

 沈黙に耐えきれず、そう言った僕を、彼女が睨む。


「……誰かに話したら殺すから」


「はい、了解です」




(やばい、超愛おしいんだけど)

 僕は自室に戻り、ベッドに突っ伏した。


「蛇と戯れる少女か……」

 記憶の隅に、何か引っかかりを感じる。

 しかし、それを思い出そうとすると、急に気分が悪くなってきた。


 厳重に封をしていた箱から、何かが漏れ出すような感覚。

 僕は無理やりに思考を沈め、眠りについた。



 それから一週間、勿朽に無視されて、真神に呆れられたのは言うまでもない。

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