第21話 うたい去りし花
5月25日、水曜日の放課後。
あたし、羽妙之楓は当直のため保健室に来ていた。
部屋に入ると、焦茶の髪を後ろで一つに結んだ少女が、椅子に座って文庫本を読んでいた。
同じ保健委員の一年だったはずだ。まだ話したことはないけれど、見覚えはある。
彼女も今日の当直なのだろう。
そう思って、あたしは声を掛けた。
「初めまして、あたしは羽妙之楓。今日はよろしくね」
本を閉じ、彼女は顔を上げる。
蛇のような吊り目が印象的だった。
「……私は勿朽流華。よろしく……」
勿朽。
……なるほど、この子が宙飛の想い人か。
「何?」
じっと見ていると、彼女がこちらを睨む。
整った顔をしているのに、不機嫌な表情がすべてを台無しにしていた。
「あなたのことは少し聞いていてね。風見宙飛はあたしの従兄なの」
「風見くんの? ……ねぇ、彼は一体何者なの?」
「何者って?」
「いきなり氷筍さんに決闘を挑んだと思ったら、負けても心が折れていない。それに氷筍さんの背後を取ったあの技、防がれはしたけど、確かに彼の意表を突いた」
あたしも、決闘のことには驚いた。
あたしの知っている宙飛は、あまり人に興味を持たない少年だったはずだ。
「正直なところ、宙飛くんのことはあたしもよく分からないよ。宙飛くんは自分のことは話したがらないから」
「五星風家の一角と氷筍さんは言っていたけれど、それが関係しているの? そもそも五星風家って何?」
「……五星風家は、血に神を宿す家系、らしいよ。あたしの家も一応、五星風家に属してはいるけど、分家だから詳しくは知らないの」
そこまで言ってから、あたしは少し考える。
「でも、家はあまり関係ないと思う。たぶん宙飛くんは、勿朽さんのために必死に努力したんだよ」
「そこが一番分からない。どうして私なんかのために、そこまでするの?」
「好きな人のために何かしたいっていうのは、自然なことじゃないかな。勿朽さんは、宙飛くんをどう思っているの?」
「……別に、何とも思っていないよ」
勿朽さんは一瞬目を見開いた。
けれどすぐに、いつもの不機嫌な表情に戻る。
「それは、ちょっと可哀想だよ」
「……羽妙之さん」
勿朽の声が、少しだけ低くなる。
「ありもしない希望を魅せるのは、残酷なことだと思わない?」
そう告げる眼差しは、拒絶というより、諦めに近い冷たさを湛えていた。
その奥に、どんな過去が眠っているのだろう。
あたしは何も言えず、ただそんなことを考えていた。




