第2話 乱気流
僕、風見宙飛が戸隠学園に入学して一週間が経った。
幸い、忍具の取り扱いなどに関する忍術の授業については、どうにかこなせた。
ただ、交渉術や対話術の授業だけは壊滅的だった。分かっていたことだが、僕に陽忍の才能はないらしい。
それは兎も角、本日も忍術の授業の時間がやってきた。
「これまでの一週間で、お主らの実力はある程度理解した」
4月11日の月曜日。戌亥訓練場に集まった、僕ら一年玄武組の生徒の前で担任の巌倉先生が白い髭を撫でながら言う。
「そろそろ実戦形式の授業を始めようかの。お主ら上を見ろ」
巌倉先生の指示に従い、生徒たちの視線が一斉に空へ向く。
その瞬間、足元で乾いた音がした。
「「「!!?」」」
何の変哲も無かった地面が突如変形して、僕らに襲いかかってきたのだ。
「実に素直な奴らじゃな。忍びとしては、ちと物足りん」
「っ……!」
瞬間的に後ろへ退くことで、僕はこれを回避できた。
過剰なまでの臆病さと、上を向けと言われたら下を向きたくなる捻くれた性格。その二つのおかげだろう。
僕以外の生徒達の周りを隆起した岩が隙間なく覆い、身動きが取れない状態となる。
「ほう、二人も逃れられた奴がいるとは」
いや違う。先生の視線の先に、もう一人いた。
傷代苅砥。烏の濡れ羽色の髪に病的な白い肌を持つ少年だ。
彼は回避しただけでなく、即座に巌倉先生へ向かって行く。いつの間に取り出したのか右手に持つ鎌を振り翳した。
いくら刃を潰した訓練用の鎌だろうと、まともに喰らえば怪我では済まない程の勢いで発せられた攻撃は、巌倉先生に当たることはなかった。
「ちっ」
地面から迫り出した岩の壁に攻撃を防がれた傷代は、舌打ちをする。
「風見、手伝え」
唖然としていた僕は傷代の言葉を受け、巌倉先生へ駆け出す。が、先生に繰り出す忍者刀の一撃は当然のように岩の壁に阻まれる。
防ぐだけでなく、その岩壁は僕らを飲み込もうと迫る。
しかし僕にとって回避はお手のもの。岩を避けてまた忍者刀を振るう。
同様に攻撃を避けた傷代も鎌を見舞う。即席の挟撃はまたしても巌倉先生の岩壁に防がれた。
攻撃を防がれたら回避する。そしてまた攻撃。そんなことを僕と傷代は続ける。
しかし、何度目かの踏み込みで、緊張の糸が切れた。
(まずい、これは避けられない)
足を滑らせた僕に岩が迫る、その時だった。制服を後ろから引っ張られる。
後方に飛んだ僕の髪を、岩の先端が掠める。
「拙いけど、時間稼ぎ感謝するよ」
振り向くと、空色の髪に三白眼を持つ少年、鹿深珪晶が僕の制服を掴んでいた。
「確かに捉えた筈じゃが、どうやって抜け出しおった?」
巌倉先生の問いに鹿深が肩をすくめる。
「こんな岩、時間さえあれば崩せるね」
鹿深が何をしたのかは分からない。
ただ、彼が閉じ込められていた筈の場所には、粉々になった岩が散乱していた。
「二人は巌倉先生の気を引いてくれ、俺が仕留める」
傷代も一度退き、僕たちに合流する。
その時、僕たちは一斉に巌倉先生の方を見た。
「面白い、儂も少し本気を出すか」
いくつもの岩が浮き上がり、形を変えて、一箇所に集まっていく。
現れたのは、岩で構成された鎧竜と思しき骨格だった。大型馬に匹敵するその体躯は中がスカスカであるにも拘わらず、圧倒的な存在感を放っている。
岩の鎧竜は勢いよく球形の尻尾を振り翳す。
間一髪で僕たちは散り散りに回避するが、鎧竜は僕に狙いを定めてまた尾を振りかぶった。
その刹那で僕の思考が加速する。
(怖いな、だけど……『人』じゃあなければやり過ぎることは無い)
覚悟を決めて僕は左手を前方へ突き出す。
直後に巨大な竜巻が鎧竜を包み込む。
風が、僕の恐怖に食いついたように膨れ上がる。
竜巻が消えると、鎧竜はガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。
「やった……」
そう言った瞬間、僕は地面に膝をついた。
靄がかかったように、視界がぼやける。
薄れゆく意識の中で、僕は自分の口角が少し上がっていることに気づいた。




