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第17話 電光石火

 5月9日、月曜日の放課後。

 授業を終えて、ぼく、雷哉は丑寅訓練場に来ていた。


「まずは昨日の復習だ。神経伝達で最も遅れが生じやすい場所はどこだ?」

 笹舟理界がぼくにそう問いかける。


「ニューロンを繋ぐシナプスです。神経伝達物質の放出、拡散、受容体との結合に時間がかかるので」


「そうだな。故に、そこに生じる遅れを短縮すれば、劇的な速度上昇が期待できる。電気信号を直接、次のニューロンに伝える。これが電光石火の基本だ」

 ぼくは笹舟先輩の言う通りに、電流を操ろうとする。


(シナプスの遅れを短縮する。いわば近道する感覚。うーん)


「……できません」


「当然だ。人体にいくつシナプスがあると思っている。一朝一夕で身につくものではない」


「……では、どうすれば?」

 途方もなさに、ぼくは弱気になる。


「まずは身体の一部分からだ。そうだな、右手の神経で試せ」

 そう言って、笹舟先輩はぼくの右手を掴んだ。


「えっと?」


「前にも言ったが、私は生体電流を読むことができる。貴様の体内を奔る電気信号の様子を逐次観察して、私が修正点を返す。これが一番手っ取り早い」


「はい、いきます」

 そんな感じで、ぼくは彼に師事して訓練を続けた。




 授業が終わると、訓練場や図書室で教わる日々。

 ぼくは理論と実践を繰り返す。


 右手の指先だけが勝手に跳ねる日もあった。

 短剣を握り損ねて落とす日もあった。

 電流が強すぎて、腕全体が痺れて動かなくなる日もあった。


 それでも笹舟先輩は、厳しくも真摯に、ぼくと向き合ってくれた。

 一度、何故ここまでしてくれるのか疑問に思って訊いてみた。


「先輩が後輩に優しくするのは当然のことだ」

 笹舟先輩は、素っ気なく答える。


「それだけじゃない気がします」

 ぼくがそう言うと、彼はこちらをじっと見て続けた。


「劣等感に押し潰されないためには、進み続けることが必要なのだ」


「笹舟先輩にも、そのような経験があるんですか?」


「……昔な。だから同情したのも確かだ」

 この先輩、見た目は怖いが実は良い人なのかな。


「風紀委員長は非常に厳格な人と聞いていたので、意外です」


「ふん、真面目な生徒に厳しくする意味はあるまい」

 そんなものだろうか。


「ところで笹舟先輩、師匠と呼んでいいですか?」


「断る」

 即答だった。

 少しも迷いがなかった。




 ぼくが笹舟先輩に教わって、二週間が経った。


「電光石火!」


「だいぶ形になってきたな」

 笹舟先輩が距離を詰め、金色の十手を駆使して猛攻を仕掛けてくる。


 ぼくは電光石火によって加速された右腕の動きで、それを捌く。

 右腕だけが先に動く。

 身体の軸が遅れて、足がついてこない。

 それでも、十手の軌道だけは見える前に弾けた。


 彼の攻撃を右手の短剣でなんとか捌き終えると、ぼくの身体は限界を訴えてふらついた。


「はぁ、はぁ……」

 疲れもある。けれど、それ以上に身体中の打ち身が痛む。


(この人、ぼくが動けるようになったら、容赦なく打ち据えてくるんだもん)

 そんなぼくを、笹舟先輩は粗雑に、だがしっかりと支えてくれた。


「よく頑張ったな。今は右腕のみだが、次第に全身の末梢神経に対して電光石火を使えるようになるだろう」


「は、はい」


「後は自力で精進しろ。私が教えられるのはここまでだ」


「ありがとうございました!」


 こうして一応だけど、ぼくは電光石火を修得した。

 劣等感はまだある。

 だけど、それでも気分は悪くなかった。

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