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第16話 笹舟理界

 昼食を終えた後。

 ぼく、雷哉は笹舟理界と図書室に来ていた。


「それで、何で図書室に来たんですか?」


「貴様は電光石火の原理を知っているか?」

 ぼくの問いに、笹舟先輩がそう尋ね返してくる。


「ええと、身体に電流を流して反応速度を高める術ですよね。神経回路は電気信号だから……」


「そうだな。だが『電気を流す』というより、神経が出している信号の時機を上書きする、が近い。では、神経の電気信号がどう生まれるかは知っているか?」


 それは電流を操作して……いや違う。

 大抵の人は、そんなことできないはずだ。


「分かりません……」


「理論を学ばなければ成長は望めないぞ。何事も理解することが重要だ」

 確かにそうだ。そういえば、風見や傷代もよく専門書を読み漁っている。


「だから、それを学ぶために図書室に」


「ああ。今から私が、神経の仕組みを叩き込んでやる」




「まず神経系の基本構造から始めよう。神経系は中枢神経系と末梢神経系に分かれている。中枢神経系は脳と脊髄からなり、末梢神経系は脳や脊髄から出て全身に広がる神経だ」


「はい」


「神経細胞、つまりニューロンは、電気信号を伝達するための基本単位だ。ニューロンは細胞体、樹状突起、軸索から構成されている。樹状突起は他のニューロンからの信号を受け取り、軸索を通じて電気信号を送る」


「なるほど」


「電気信号の正体である活動電位は、ニューロンの膜電位の急激な変化によって発生する。安静時のニューロンは内側が負に帯電しているが、刺激を受けるとナトリウムイオンが流入し、膜電位が正に変わる。この脱分極が活動電位を生じさせ、信号が軸索を伝わる」


「ふむふむ」


「ニューロンの電気活動を制御するためには、イオンチャネルの働きを理解する必要がある。イオンチャネルとは、イオンが細胞膜を通るための通り道だ。ナトリウムチャネルが開くと脱分極が起こり、カリウムチャネルが開くと再分極が起こる。これにより、活動電位が形成される。ここまでは大丈夫か?」


「全然大丈夫じゃないです」


 いや、むり。

 無理だって。

 そんな、のべつまくなしに説明されても分かるわけがない。


「ふん。ならば、貴様の頭に入る形に作り直す」


「……お願いします」


「まず、ニューロンとは電気信号を伝えるための細胞だ。それには、ナトリウムイオンとカリウムイオンという陽イオンが重要となり、どちらも正の電荷を持つ」


「通常の状態では、ナトリウムイオンが細胞の外に多く、カリウムイオンが細胞の中に多く存在する。これを分極状態と呼ぶ」


「それなら、少し分かります」


「よし。ニューロンが刺激を受けると、細胞膜のナトリウムチャネルが開いて、ナトリウムイオンが神経細胞内に流れ込む。これで細胞内が一時的に正に傾く。この状態を脱分極と言う」


「刺激を受けたニューロンが脱分極する」


「そしてすぐにカリウムチャネルが開いて、カリウムイオンが外に出ることで、再び細胞内が元の状態に戻る。これを再分極と言うのだ」


「そして再分極。なるほど、ナトリウムが入ってきて、カリウムが出ていくんですね」


「そうだ。この脱分極と再分極の過程が、電気信号、つまり活動電位を生み出す」

 笹舟先輩は、そこで一度本を閉じた。


「ただし、適当に電気を流せばいいわけではない。神経には信号を発生させる条件がある。電光石火で難しいのは、そこだ」


「……そこまで考えないと駄目なんですか?」


「当然だ」

 当然なんだ。

 ぼくは少しだけ、兄さんが遠く見えた。




「むっ、もう閉館か」

 蛍の光が聞こえてきた。

 その音で、ぼくは脳が焼き切れそうな錯覚から戻ってくる。


「ここまでだな。明日の放課後も空いているか?」


「はい、空いていますが」

 笹舟先輩の質問の意図は分からないけど、ぼくはそう答える。


「訓練場で待っていろ。次は実践だ」

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