第124話 水晶体
手前、鹿深珪晶は燻っていた。
二学期に入って起きた二つの出来事が、手前の心を叩く。
一つ目は体育祭の攻城戦線。玄楡棟の司令室で三年生の先輩二人に、いいように翻弄されてしまったこと。
手前は優秀だと自負していたが、上級生相手には話にもならない、井底の蛙だと思い知らされた。
二つ目は文化祭の後、風見宙飛から聞いた話に由来する。
11月14日の月曜日、玄武寮虚宿室。そこで手前は、風見から相談を持ちかけられた。
「で、話っていうのは何だ? 真神は居なくても良いのか?」
そう風見に尋ねるのは黒髪の少年、傷代苅砥。彼も手前同様に、風見から頼まれたらしい。
「真神くんは委員会の当直に行っているよ。何というか、彼には話しづらくてね。真神くんは純粋すぎるから……」
そう答える風見に、傷代は頷く。
「純粋という点には同意だな。つまり今からする話は、そういうことなんだな?」
「うん、正直僕だけじゃ手詰まりなんだ。それで、僕の見てきたことを開示しようと思ってね。鹿深くんにはだいぶ関わらせちゃったし、傷代くんは何か知っていそうだから」
「手前が関わったというと、玄の間がらみ?」
「うん。……じゃあ話すよ。玄の間とその奥。そして勿朽流華、彼女について」
手前の問いに、風見は首肯して、そう続けた。
風見が話した内容は手前にとっても衝撃的なものだった。
玄冬氷筍と風見の決闘。玄の間で見つけた文章。冬の間に秘匿される玄武と勿朽勿忘。
「成程な、そんな事になっていたとは……」
話を聞き終えて傷代が呟く。
「傷代くんは何か知っていることはある?」
「多少はな。……どこから話すか。二人は、この学園の前身である戸隠塾が、何故設立されたか知っているか?」
「知らない、確か戸隠塾が出来たのは室町時代後期だっけ?」
「言われてみると謎だね。その頃は戦国時代で、忍びは各地の大名に仕えていた筈。それらを集めて育てて何になる?」
傷代からの問いに、風見と手前はそんな風に返す。
「戸隠塾は『四聖獣の封印』を維持するために設立されたんだ」
「「!!」」
傷代の言葉に、手前と風見が息を呑む。
「その昔、この日本には魑魅魍魎が蔓延っていた。
それを黄昏雲龍が大陸より連れて来た四聖獣をもって鎮めた。青春家、朱夏家、白秋家、玄冬家。今では四季家と呼ばれる家系の力を借りてな。
だが、そんな国を揺るがしかねない力を、時の為政者が“欲しがらない”はずがない。
利用されないためには、中立を保てるだけの目と手が要る。諜報と実働、その両方を担う共同体が。
そうして忍びの家系の子息を集め、育て、必要な地へ派遣する――戸隠塾が生まれたんだ」
「この学園にそんな起源があったとは初耳だね。同時に少し見えてきたよ、玄の間の書物に記された文章の背景が」
手前は、風見が先程話したことを思い出す。
黄昏より齎されたる玄武、亀蛇神二対一体の霊獣なりて玄冬のみで御す事叶わず。西の地に大蛇を封じる巫女有。玄冬、その末を娶り勿朽とす。以来勿朽の血流る娘を贄として蛇神を抑える事を成す。
「勿朽さんは四聖獣の背景については、そこまでは知らないようだった。いや、分家ゆえに敢えて知らされていなかったのかな?」
風見が静かに言う。
「でも、勿朽さんと玄冬氷筍は許嫁って話だったよね? 本家と分家の繋がりを強めるにしても、生贄にするつもりなら婚姻は不都合ね」
今時、側室なんて線は無いだろうし。そう思い、手前は疑問を呈する。
「結婚した後は、病死か何かで死亡を偽装でもするんじゃ無いかって、勿朽さんは言っていたよ」
風見が嫌悪を滲ませて言う。
「まあ、奴らならそれくらいのことはするだろうな」
傷代が詰まらなそうに告げる。
「傷代くん、他には何か知らない? 勿朽さんを助けられる方法、またはそれに繋がる情報を」
風見の言葉に、傷代は申し訳なさそうに首を振る。
「悪いな、風見。俺が知っているのはここまでだ。……だが俺なりに調べるよ。何か糸口が無いかを、な」
「風見くん、手前も微力ながら力を貸すよ。またいつでも頼ってくれ」
「ありがとう、二人とも」
そんな形で、この日はお開きになった。




