第122話 榎根本慈雲
その日の放課後、俺様、破竹灯篝は白虎寮女子区画にある慈雲の部屋、奎宿室を訪れていた。
(今更、慈雲の部屋に入ることに対する気後れはないが、他の女子がいるとなると話は別だな……)
女子部屋は二人ないし三人の相部屋なので、慈雲以外の誰かがこの部屋に住んでいるのは間違いない。
(慈雲は誰と同じ部屋だったかな?)
「いるか? 慈雲」
ノックしてそういうとすぐに扉が開いた。
「もう来たんだ、篝くん」
「呼んだの、お前だろうが」
「そうだね、まあ入りなよ」
部屋に入った途端、俺様の顔が引きつる。
部屋には慈雲の他にもう一人、御影紫苑がいた。彼女は俺様を見ると軽く頭を下げる。
(御影が同室だったのか。まぁそのことは別にいい)
問題は御影ではなく、この部屋の惨状だった。
部屋の左側、おそらく御影が使っていると思われる範囲は綺麗に片付けられている。
しかし右側、慈雲が使っている範囲は……混沌だった。
脱ぎ散らかされた服、捨てられた菓子の包装、何だかよく分からない機器の部品。
床が見えないほどにそれらの物体が積まれていた。
(昔から片付けの出来ない奴だったが、ここまでじゃあ無かった)
多分、親の監視が無くなったことでタガが外れたのだろう。
(いや、一応の自制はあるのか?)
しかし、まるで見えない壁でもあるかのように、乱雑な範囲は部屋のぴったり中央で途切れている。
(でも、この女もどうなんだ?)
そう思い、俺様は御影をうかがった。
「何ですか?」
彼女は部屋の惨状に何も思っていないのか静かに本を読んでいたが、俺様の視線に気付くと冷やかな目で尋ねてくる。
「……いや、お邪魔します」
「どうぞ」
御影は俺様の言葉にそう答えて本に視線を戻した。
「さっ、篝くん。勉強を始めようか」
「慈雲、その前にいいか?」
「うん?」
「部屋を片付けろ……いや、いい。俺様がやるからしばらく待っていろ」
慈雲に任せていたら何時間かかるか分からない。俺様はここに来た目的も忘れて、黙々と片付けを始めた。
一時間後、ようやく床が見えるくらいには片付いた。
片付けはほとんど俺様がひとりで行なった。慈雲も手伝おうとはしたが、ほとんど役に立たなかった。
「いつもすまないねぇ。少し休む?」
「いやいいよ、まだ本題にさえ入っていねぇんだから」
「そっか、じゃあまずは篝くんの苦手科目について分析しようか」
慈雲はノートパソコンを開いて、何やら操作する。
「これが篝くんの成績だね」
そして慈雲はパソコンの画面をこちらに示す。そこに映っていたのは、俺様の中間・期末学力試験の点数や順位だった。
「それって公開されているわけ、無いよな?」
「うん、ちょっと先生のパソコンに侵入して覗かせてもらった。大丈夫、証拠は残していないよ」
「相変わらずだな、ハッキングなんてそんな簡単に出来るもんじゃねぇだろ」
「この学校のセキュリティはそこまで強固じゃないから、ヌルゲーだよ。そんなことより貴局の成績のことだ。うわっ、家庭科以外全滅じゃないか。理系科目は当局が教えられるけど、文系科目はどうしようか……」
「無理すんなよ、出来なかったらそれまでだろ」
「そうだ! 御影さん。いいかな?」
そこで慈雲は、清掃中もずっと我関せずと本を読んでいた御影に呼びかける。
「何……?」
「文系科目の指導をお願いできない? 御影さん、得意だったよね。もちろんお礼はするよ。具体的には、篝くんがご飯を作ってくれるよ」
「勝手に話を進めるな。別に、飯くらいならいいけどよ」
「……いいよ。その代わり破竹灯くん、私に……料理を教えて」
御影は本に栞を挟み、俺様たちを見て言う。
「料理? 俺様にか?」
「うん、私も破竹灯くんみたいに美味しい料理を作れるようになりたい」
「しょうがねぇ、先に頼んだのはこっちだしな。それくらいなら教えてやる」
「ありがとう……」
「よかった、学年3位と4位に教えてもらえば何とかなるかもよ。僅かに希望が見えてきたね」
確かに御影も慈雲も毎回、学力試験の上位陣として掲載されているくらい成績が良かった。
(それなら、何とかなるのか……?)




