第119話 錬次の文化祭其の肆
混乱した俺、穂月錬次が牧野静汲を連れて行ったのは、辰巳訓練場の片隅にある剣道場だった。
俺が普段から利用している場所であり、人目が少ない場所として、ここ以外思いつかなかったのだ。
「ここが戸隠学園の剣道場か……錬次くん、今でも剣道やっているの?」
「ああ、学校の方針で公式試合には出られないけど」
「そうなんだ……でも嬉しい。錬次くんがまだ剣道を続けていてくれて。私も、もっと頑張ろうって思える」
「……静汲さんは今年、全国大会に出場してたじゃないか。充分頑張っているだろ?」
「でも、途中で負けちゃったし。そうだ、錬次くん。今から一試合しない?」
「試合? 今から?」
「公式試合の代わりって訳じゃないけど。それで私が勝ったら教えて、君たちの隠していることを」
(静汲の防具は……緋鞠先輩のでいいか、身長も静汲とほとんど変わらないし、どうせあの人ほとんど来ないし)
静汲の提案を断らなかった理由は自分でもよく分からない。彼女の真摯な想いに心打たれたのか、罪悪感を紛らわす為なのか……
(どちらにせよ、秘密を守るには勝てばいいだけだ……でも、勝てるのか?)
静汲と最後に戦ったのは一年半以上前、その時もそれ以前も、俺は彼女に一度も買ったことはない。
(でも俺だって強くなったんだ、勝機はある)
防具を着けた俺は道場の中央で静汲と向かい合う。
審判も観客も居ない。ここに居るのは二人だけ。
面の奥で彼女がどんな顔をしているかは分からない。それはこちらも同じだが、この時だけはそれが、ありがたい。
先に動いたのは静汲だった。流暢な足捌きで俺へと向かって来る。
「……っ!」
数合ほど打ち合った後、俺は困惑していた。
確かに静汲は強い、以前戦った時よりも格段に強くなっている。
しかし、その剣筋は昔のように真っ直ぐで、俺は労なく対処できた。
彼女の剣には、煤御先輩のような速さも、槌屋のような柔軟さも、村上のような嫌らしさも無かった。
(だから分かる、見える、読める)
俺はこの一年で、それほど強くなったのだろう。
(なのに何で、こんなに哀しい?)
「めえぇんっ!」
そこで俺は彼女の頭に面を叩き込む。それは奇麗に決まり、明らかな決着だった。
残心の姿勢を取る俺に対して、静汲は向き直りゆっくりと礼をする。
俺も静汲に向き直り礼を返す。
「本当に強くなったね、錬次くん。……私の方はこんな体たらくじゃ、君たちの隠し事を明かして貰う資格も無いね」
静汲は面を外しながら、悔しそうにそう言った。
「いや、話すよ。俺が隠していること、隠し続けて来たことを」




