第117話 錬次の文化祭其の弍
牧野静汲。歳は錬次の一つ上、つまり燐峯と同い年。燐峯と錬次の姉弟と同じ小中学校に通っていた幼馴染。
栗色の髪を高い位置で纏めた、凛としたその姿は実直な彼女の性格をよく映している。
中学校では錬次と同じ剣道部に所属して、三年生の時には主将と部長を兼任していた。
副将だった燐峯と、剣道に限って言えば互角以上の実力を牧野は持っていた。県の代表常連であり、錬次も彼女に試合で勝ったことは無い。
しかし彼女の血筋は笠間藩藩主の末裔、それ以上でもそれ以下でも無く、勿論忍びの世界とは何の関わりもない。
「いらっしゃいませ、牧野さん。久しぶりですね」
「以前みたいに『しずねぇ』って呼んでくれないの?」
俺、穂月錬次の言葉に牧野は意地悪そうな笑みで答える。
「っ! いや、それは流石に……高校生にもなって」
「でも、『牧野さん』じゃ、ちょっとよそよそしくて悲しいよ」
「静汲さん、これでいいですか」
「ふむ、まぁそれくらいならいいかな。それと敬語も禁止」
「……分かったよ」
チラリと周りに目を向けると、羽妙之と深林坊がにやにやと、こちらを窺っているのが見えた。
(後で、絶対に揶揄われるな……)
そんなことを思いながら、俺は静汲を席へと案内する。
案内した席は、学園の倉庫から引っ張り出してきた年代物の机と椅子だった。
確かにこの喫茶の雰囲気とは合っているのだろうが、そんなものを飲食店で使っていいのかと考えるが表情には出さない。
「どうぞ、お冷やです」
とそこで給仕をしている縹色の髪をした男子生徒が、冷水の入った湯呑みを静汲の席へと運んで来た。
「ありがとうございます」
しかし、古い机だから足場が安定していなかったのだろう。静汲が湯呑みを掴もうとすると、それは倒れ、机の下に落ちてしまう。
「危ない!」
とそこで、給仕をしていた男子生徒は反射的に足を差し入れ、落ちてきた湯呑みを甲で跳ね上げ、そのまま宙へ浮いたそれを片手で掴んだ。
「えぇぇ……凄い、ほとんど溢れていない」
驚愕する静汲を他所に、俺は彼に叫び出したい怒りを覚える。
水が溢れないはずだ、彼は咄嗟に忍術で水を操作したのだ。
「ま、まあ体育会系の高校だからね、こういうことが出来る奴もいるんだよ」
そんな言い訳をしながら、俺はその男子生徒をキツく睨む。
しかし彼は薄く笑んだだけで、反省の色は見せなかった。




