第113話 涼の文化祭其の壱
おれ、折霜涼は悩んでいた。
というのも目下、彼女である御影紫苑と喧嘩中だからだ。
発端は、おれの失態にある。10月26日、彼女の誕生日をすっかり忘れてしまったのだ。週末に迫っていた学園対抗戦に気を取られていたのだが、そんなことは言い訳にならない。
あれこれ仲直りのために画策してはみたものの、その全てが逆効果にしかならず、二週間以上経った今でも、絶賛喧嘩継続中である。
11月12日土曜日、戸隠学園文化祭一日目。
おれは憂鬱を募らせながら一年白虎組の模擬店である四川料理喫茶で働いていた。
幸い店はかなりの盛況であり、おれは御影との確執を考える暇も無いくらいの目まぐるしさで、配膳と下膳を繰り返していた。
「ありがとう、給仕さん」
そんな中、ある女性客に礼を言われる。聞き覚えのあるその声に客の姿を確認すると、おれは危うく素っ頓狂な声を上げるところだった。
「あんたは……」
そこに居たのは、くすんだ黒髪をフードの下から覗かせた、二十歳ぐらいの女性だった。
朝槻依陽。確か、そんな名前だったか。遡ること八月、彼女は筑波山にて肉芝仙という妖に襲われていた。
「久しぶりだね、折霜涼くん」
「!!」
絶句する。おれは彼女に苗字を名乗った覚えがない。あの時は錬次も宙飛も、おれのことは『涼』と下の名前で呼んでいたはず。
「なんでここに? それにどうして、おれのことを……」
「ここでは人目が多すぎるね。話をする為に場所を移したい。仕事が終わったら、此処に来てくれるかな?」
彼女はそう言って、紙片に戸隠学園校舎の地図を記し、おれに渡した。
「……」
おれはそれを黙って受け取る。
「待っているよ」
朝槻は席を立つと、会計を済ませ去っていった。
おれは呆然として、その姿をただ見送る。
周囲では食器の音と客の笑い声が相変わらず飛び交っていた。




