第111話 宙飛の文化祭其の玖
「勿朽さんは、残される者の気持ちを考えたことがあるの?」
少し考えた後、僕、風見宙飛はそう切り出す。
「何のこと?」
僕から突然そんな問いを向けられた、勿朽流華は怪訝な顔をする。
「君の自己犠牲は自己満足に過ぎないって言っているんだよ」
「随分と勝手な事を言ってくれるね。あなたに何が分かるの」
「分からないよ、君は何も教えてくれないからね。だけど、そうやって全て自分で抱え込むことは良く無いと思う」
「無関係のあなたに教える意味は無いよ」
「僕はそうだろうけど、実滝ちゃんは無関係じゃ無いだろう?」
「……実滝は本当に良い子なの、捻くれて薄汚れた私と違って。だから知らなくていい、知らない方がいいの」
流華の瞳から一雫の涙が溢れる。
「そんなこと彼女は望んでいないと思うよ」
僕はそれに気づかない振りをして続ける。
「だから、分かったようなことを言うのをやめて。実滝の事だって何も知らない癖に」
「そうだね。だから、直接訊いてみよう」
そう言って僕は隠していた携帯電話の画面を流華に示す。
「っ!?」
それを見て驚愕する流華。
画面には『勿朽実滝』の名前と、通話時間が表示されていた。
「入って、実滝ちゃん」
僕の言葉を受けて部屋の外で待機していた実滝が入室する。流華は押し黙ったままそれを見る。
「お姉ちゃん……もう一人で背負い込まないで。何もできないかもしれないけれど、わたしもその痛みを背負いたいの」
「実滝……」
姉妹の間で交わされる感動的な光景に僕の心は動かない。淡々と言葉を紡ぐ。
「さっき希望を煽った責任を取れるのかって、訊いたよね」
「風見くん、何を?」
困惑を隠しきれない流華が呟く。
「もし、流華さんが希望を抱いて宿命から逃げるようなことがあれば……流華さんと実滝ちゃんを僕が殺すよ。そうすれば最悪の事態、実滝ちゃんが人柱になる事は防げるだろう?」
「「!!」」
「希望を煽った責任、を取らなければいけないからね」
流華の顔が一瞬で硬直した。瞳の縁が震え、唇を噛みしめる。実滝はその場で止まり、姉妹は互いに目を見交わしたまま言葉を失う。
時間そのものが、ぎゅうと圧縮されたような沈黙が落ちる。
「……冗談、でしょう?」
流華の声は掠れていた。怒りでも悲しみでもない、凍りついた呟きだった。
「冗談じゃあ無いよ。実際それが一番簡単なんだ、僕にとってはね。勿論そうならないように手は尽くすけど、もしもの場合は……躊躇しない」
僕は淡々と答えた。声には揺らぎがない。
「私たちのことを差し引いても……そんな封印を台無しにするような真似をすれば、世界中を敵に回すことになるよ」
「別に構わないよ。元より世界が味方に思えたことなんて無いし」
だったら敵に回ろうがどうでもいい。
「………」
「………」
「………」
しばらく沈黙が場を支配する。それを打ち破ったのは実滝だった。
「お姉ちゃん、風見さんを信じてみようよ。きっとそんなことになる前に解決策を見つけてくれるって。それにどうにもならなくなった時には……その時には、わたしはお姉ちゃんと共に死ぬ覚悟はあるよ」
実滝が決意の籠った目でそう言う。
「どうして、私たちのために君はそんなことをするの?」
流華は波打つ瞳で実滝を見つめていたが、大きく息を吐いて言った。
「別に君たちの為って訳じゃないよ。……そうだね、マクガフィンみたいなものかな?」
「マクガフィン、物語を動かすためのきっかけ……私じゃなくても良かったってこと?」
「誰でも良いとは言わない。けど、自分以外の動機付けが必要だっただけ」
「それなら少し理解できるかな……」
そこで流華が目を瞑る。
「分かった、私の負けだよ。しばらくは…足掻いてみる」
十秒ほど間を置いてから彼女はそう続けた。
「お姉ちゃん!」
実滝が目尻に涙を溜めて、姉を呼んだ。
「三年後の11月30日、私の19歳の誕生日に継承の儀式は行われる。もしその時に私が怖気付いたら、風見くん……ちゃんと私たちを殺してよ」
そこで流華が僕を見据えて言った。
「ああ、約束する」
こうして僕は決意する。
こんな不甲斐ない約束を果たすことのないように。
そして――もし、その時が来てしまったなら、決して躊躇わないように。




