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第11話 玄冬氷筍

 又鬼ごっこを終えた翌週、勿朽流華(くちなりゅうか)の反応が冷たい。

 目も合わせてくれないし、露骨に避けられている。


(嫌われてしまったかもしれない)

 そんな僕、風見宙飛(かざみそらと)の懊悩を連れて、日々は過ぎていく。



 4月28日、木曜日。大型連休を控えた午後。


 実習を終えた僕は、今日こそはと勿朽に話しかけようとする。

 しかし、彼女の携帯電話の着信音が僕の行動を遮った。

 勿朽は携帯を手に、少し離れた場所へ移動する。


「……はい。分かっています」

 悪いことだとは思いつつ、僕はつい聞き耳を立ててしまう。


「明日の九時に山子亭(やまねてい)で。分かりました。はい、失礼します」


(誰かと待ち合わせだろうか?)


「……はぁ」

 通話後に漏れた勿朽の溜息は、悲嘆の念に包まれているように聞こえた。



 翌日の朝、僕は山子亭に来ていた。

 ここは玄武寮に併設されている学生食堂兼喫茶だ。

 朝食の時間帯は過ぎているので、人はまばらである。


 後ろの席には勿朽が座っている。

 位置的に、僕の姿は見えないだろう。


(これじゃまるで、後をつける不審者じゃないか……いや、言葉を選ばなければストーカーだ)

 いけないことだと分かっている。

 それでも、昨日の溜息がどうしても耳に残っていた。

 僕は自己嫌悪に浸りながら、珈琲を啜る。


(何やってるんだろ……波風立てずに生きようって決めていたはずなのに)

 そうしていると、勿朽のもとに一人の少年が現れた。


 黒い髪。小柄な体格ながら、妙な威圧感がある。

 僕はその姿に見覚えがあった。

 入学式の時、壇上で話していた生徒会長だ。

 玄冬氷筍(げんとうひょうじゅん)

 錬次曰く、『学園最強』。


(何故、彼が勿朽と?)


「遅くなってしまったね。待たせて申し訳ないよ」


「別に、分家の私が先に来るのが筋ですので」

 穏やかに言う玄冬に、勿朽が単調に答える。


「そんな卑下しないでくれよ。許嫁なんだ。できる限り対等でありたい」

 許嫁。

 勿朽の?

 玄冬の言葉に、僕は衝撃を受ける。


「まだ正式に決まってはいません。私が卒業するまで分かりませんよ」


「未だに納得していないようだね。強い雄探しは継続しているのかい? 玄冬家に比肩するような家柄は、なかなかないと思うけどね」

 期待外れ。

 前に勿朽が言っていた意味が、少し分かったような気がした。


「それなら、風見家ならばどうですか?」

 頭の奥で、何かが切れた。

 平穏だとか、関係ないとか、そういう言葉が一瞬で吹き飛ぶ。

 気づいた時には、僕は席を立っていた。


「風見くん⁉」


「誰だい、君は」

 驚く勿朽に対し、玄冬は泰然としている。


「風見宙飛。勿朽さんの級友です。それより、風見家ならば玄冬家にも比肩しませんか?」

 僕は彼を見つめる。

 家のことは、あまり持ち出したくない。

 けれど、そんなことに構ってはいられなかった。


「風見ね。五星風家(ごせいふうけ)の一つか……悪くはない。しかし、本人に相応の強さがないと、誰も納得しないだろうね」


「僕があなたに勝てば?」


「君がこの僕に? ただの一年坊が、この僕に勝てるとでも?」

 玄冬は苦笑する。


「やってみなければ分かりませんよ」

 動揺を必死に押し殺す僕と、余裕のある彼の視線が絡む。


「……いいだろう。決闘を受けるよ。でも、わざと負けるほど、この僕もお人好しじゃない。手加減は期待しないでね」


「ありがとうございます」


「三年生は無許可での私闘を禁止されているんだ。模擬試合として許可を取っておく。連休明けの放課後、丑寅訓練場でどうだろう?」


「分かりました。よろしくお願いします」


「では流華さん。もう談笑という雰囲気じゃないだろう。今回は失礼させてもらうよ」

 玄冬は薄く笑みを浮かべると、その場から去っていった。

 席には、僕と勿朽の二人が残される。


「……一体、何のつもり?」

 彼女が僕を睨んで言う。


「僕も、何がなんだか……」


「同情でもしてるの? 君には関係ないのに」


「同情じゃあないよ。ただ、勿朽さんが他の人と結婚してしまうのが嫌だったんだ」

 もう告白しているようなものじゃないか。

 僕は顔が紅潮するのを抑えきれない。


「……馬鹿じゃないの」

 勿朽の声は、怒っているようにも、震えているようにも聞こえた。


「自分の力も制御できない人が、敵う相手じゃあないよ」

 そう言って、勿朽は席を立ち、店を出ていってしまった。


 彼女の顔も赤くなっていたのは、僕の見間違いだろうか。

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