第108話 宙飛の文化祭其の陸
僕、風見宙飛と勿朽実滝は隠し扉から続く階段を降りていく。
暫く進むと、開けた空間に出る。
「ここが、冬の間……」
実滝のその言葉に僕は反応出来なかった。冬の間に足を踏み入れた瞬間、僕は暗闇の中に巨大な何かが存在していることに気づいた。
それは頭から尾まで優に十メートルを超える巨大な霊獣だった。
「これが、玄武なのか……」
目を凝らすと、その亀の姿をした霊獣には同じく巨大な蛇が巻き付いている。亀は黒々とした体表に黒曜石のような甲羅を持ち、大蛇は漆黒の鱗で覆われている。その4つの目は全て閉ざされている。
玄武の巨体は円形の陣に囲まれており、動く気配は微塵も無い。しかし、その圧倒的な威圧感は僕らを萎縮させるには充分だった。
「本当に……存在したんですね」
暗闇に目が慣れて玄武の存在に漸く気付いたのだろう、実滝がそう呟く。
「取り敢えず、辺りを探索しようか」
僕の提案に実滝は黙って頷く。
僕は慎重に辺りを伺い、歩みを進める。
飾り気の無い黒曜石の壁を眺めながら少し進むと、僕はそれを見つけた。
(なんだ……座敷牢?)
僕は海馬の奥から噴き出そうとする記憶を必死で押し留めながら、壁に開いた空間に近づく。
すると鉄格子で封じられたその空間に人がいることに気づく。
(誰か閉じ込められている?)
座敷牢の中を覗き込むと、そこに居たのは白地に青い花柄の着物を纏った成人女性だった。
流華と実滝によく似たその顔は青白く、生気を感じられない。その肌の至る所に浮き出た出来物のような突起は、よく見ると爬虫類の鱗にも見える。焦茶色の髪は傷んでいたが、伸ばしっぱなしと言う訳でもなく良く整えられていた。枝のように細い腕には管が取り付けられ、その管は横の点滴台に伸びている。
「……勿忘、伯母様」
いつの間にか僕の横に実滝が立っていて、座敷牢を見ていた。
「彼女を知っているの?」
「はい。会ったことはありませんでしたが、間違いないと思います。勿朽勿忘、わたし達の母様の姉で、今代の勿朽家の巫女です」
鉄格子を握る実滝の指だけが、僅かに震えていた。
実滝の言葉を受けて僕は改めて彼女を見る。
勿忘の目は開いて僕らの方を見ているが、焦点が合っている様には思えない。だがその瞳と微かに聴こえる呼吸から、生きてはいる様だと僕は思う。
(いや、これを生きていると言って良いのか?)
廃人、その言葉が脳を過ぎる。
「流華さんはこれを知っているんだよね?」
「だと思います。姉は冬の間に入ったことがあると言っていましたから」
「……そう」
(こんな無情な現実を突きつけられれば、あんな性格にもなるか)
それがいずれ自分にも訪れるとなれば尚更だ……




