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ログ・ホライズン二次創作~フォーカード・バグフィックス!~  作者: mahipipa
幕間 フォーカードと停滞の季節
30/31

<ビターエクスペリエンス>

 アキバにおいて、いびつな形のフォーカード邸に、今日は冒険者たちが揃っていた。ヴィクトールもエゴも、もちろんレンダリルも、シオリの発表を心待ちにしていた。みんなでお手製のテーブルを囲んで、クッキーをお茶の共にして、平和な時を過ごしていた。

 シオリはほんのりと気恥ずかしげにリビングの壁際に立って、扉の方をちらちらと見ている。

「あー、えっと。もう知っているかと思うけど、フォーカードもいよいよファイブカードになる」

 うんうんと頷くエゴと、「もったいぶるなよ」と笑っているヴィクトール。それを、レンダリルは一歩後ろから見て、自分もドアが開いて五人目が来るのを楽しみにしていたのだ。

 蝶番が直されたばかりの扉が開く。一歩踏み出すサンダルと、ローブの裾が見えた。

 その男は杖を握り、爛々と目を輝かせて、フォーカードの家へ――レンダリルにとって約束された安息の地へ入り込んでくる。目深に被ったフードで顔は見えずとも、牙を剥いた男が手を伸ばしてくる。


「よう、蓮田くぅん? ちょっと用事があるんだけどいいかなァ?」


 そのフレンドリーに見えて、ひどく攻撃的な態度を、レンダリルは覚えていた。自分の天敵だ、と。



「――!!」


 蓮田理は。否、レンダリルは目を覚ました。布団から跳ね起き、しばらくはここが現実だと理解できていない様子で、右に、左にと視線を巡らせた。徐々に、彼の意識は彼自身の状況を把握していく。息が上がっている。額から頬までにじっとりとした冷や汗をかいて、手元を震わせている。


「は……。はぁっ、は……ぁ。ゆ、夢。夢、か……?」


 未だ、彼は早鐘を打つ胸に手を当てた。満足に呼吸さえできていないのだと気が付いて、深呼吸を始める。上下する胸が適切な空気に満たされて、ゆっくりと落ち着いていく。

 彼は手探りでサイドテーブルにある眼鏡のフレームを捕まえて、そのつるを耳に掛けた。ベッドから身体を引っ張り出して、彼は支度用の鏡を見る。そこには、明るい緑のフレームをしたアンダーリムの眼鏡があり、それを掛けた痩躯の男が立っている。破断した回路のような模様を持つ、法儀族の男だ。おしゃれやおいしい食事の余裕さえなく、目元に隈をしっかり付けた、瀕死の若者ではない。


(生きてる)


 演技の一切ない、恐ろしく淡々とした感想がレンダリルの中から滲み出た。秋の味覚や景色に目を輝かせる森呪遣いの足元で、日に日にその影は濃くなっていく。彼は、ぼんやりと自分の手を見た。魔法陣のできそこないのような模様が、そこにある。自ずと、問いが生まれてくる。

 自分は、いつからロールを始めたんだったか。


「ダリル、いる?」

「ん? ああ。いるぞ! 少し待ちたまえ!」


 我に返ったレンダリルは明るく扉の向こうのシオリに声を掛け、小走りに扉を開ける。

 だが、その一方で、彼は忘れてはいなかった。蓮田理は、内気な人間だ。そして、生きることに一切の希望を持っていなかった。今、死んだように眠っていたそれが、徐々に鎌首をもたげはじめていた。


 バルビレッジの騒動から明けて、しばらくの時が経過した。フォーカードはあれから、ちょっとお疲れ気味の雰囲気を呈していた。慣れないフレンドコールの山に、シオリに至っては寝込んでしまうほどだった。念話やフレンド申請の困ったところは、即座にブロックができないところだ。イズミにも逃げ込むことを考えたが、それは申し訳ないだろうと、あの後、彼女はしばらくこの拠点に引きこもっていたが、今日は元気そうだった。


「具合はどうだね?」

「うん、だいぶいいよ。明日ぐらいには、依頼を受けに行こうと思う」


 シオリはなんとなく弱々しく笑って、レンダリルから扉の方へ視線を移した。その目元の隈は元からであったけれど、レンダリルとしては心配のしるしだった。


「明後日ぐらいにしたらどうだね?」

「とか言って、ダリルは働きづめじゃないか」


 内心、言い当てられたレンダリルは少し焦った。視線を僅かに泳がせてしまったことを、後からしまったと思いながらも、彼はシオリに視線を向ける。実際、彼も人々とのプライベートな関わりから逃れるように、ただのバイトとして闇雲に働いていたのである。


「ダリルも休みなよ。いくら冒険者補正が掛かった身体だからって、そんな調子じゃ潰れちゃうよ」


 シオリは苦笑して、一つ、ため息をつく。


「私は昼寝するよ。強すぎる感情エモなんて、ない方がいいからね」


 ひらひらと手を振って、気だるげなまま、シオリは庭の方へと出て行った。きっと、日当たりのいいところでひなたぼっこをする予定なのだろう。レンダリルはそれを止めようとは思わなかった。彼女が彼女のやりたいようにやって、休めたら良いと。挙げかけた手を降ろし、目を伏せて、手の甲を軽くさすった。降り注ぐ陽の温かさとは裏腹に、彼はひどい冷えを感じていた。

 気分転換をしようと、レンダリルはそのままアキバの街を歩き出した。さすがに、あの騒ぎからは落ち着いて、自分たちはまたどこにでもいる冒険者に戻ることができた。人が自分に気付かずすれ違った時、寂しさよりも安堵が勝った。エゴから念話が掛けられた時も、彼は正直ほっとしていた。


《ああ、レンダリル? ヴィクトール見なかった?》

《そういえば今日は見ていないな》

《そっか。スキル再振りの相談を受けてたんだけど、アキバのタウンエリアにいないみたいなんだよね》

《見かけたら声を掛けよう。それでいいかね?》

《もちろん。助かるよ》


 念話はそれで終了する。エゴは無駄な雑談をしない。彼女は彼女で、文献のチェックなどを欠かしていないし、そもそも彼女の卓越した戦術に教えを請う冒険者もいるのだ。彼女は忙しい。無論、それにとやかく言うレンダリルではない。


(しかし、ヴィクトールか。確かにここのところ、あまり具合がいいとは言えない様子だったな)


 レンダリルは顎の辺りをさすりながら、ここ数日のことを思い出していた。出会った当日やイズミの出来事のあたりと比べると、ヴィクトールはほんの少しささくれていたと感じていた。彼が本来、高校生だということはシオリから打ち明けられていた。本人も、そのことをレンダリルに隠そうという風はなかった。このご時世で珍しいほど、良い家庭環境であることも。つまり、彼は父母を心から疎んじるような関係ではないということだ。彼の心境を表現する言葉を、レンダリルは知っていた。ヴィクトールは、おそらくホームシックなのだ。

 実際に、〈大災害〉が飲み込んだのは独り立ちした大人だけではない。その日、わくわくした気持ちでアップデートをした子どもたちも、等しくセルデシアに放り込まれたのだ。レンダリルだって、子どもの冒険者を見ないわけではなかった。彼らが少しでもいい生活をしていればと、祈るほかはなかったけれど。


(今日は誰も訪ねには来ていないし、バイトにだけ行こうか)


 むしろ、レンダリルのストレスを一番溜めているのは、知らない冒険者の案内依頼だった。彼はしばしば、冒険者たちの互助組織に顔を出している。そこで、冒険者の手伝いをしているのだ。が、彼の場合、依頼者の引きがだいぶ悪かった。彼を頼る者たちは大抵、アイテムのステータスとか、フレーバーとかを知りたがる。そして、彼はそれに答えるだけの知識を持ち合わせている。ついでに、パーティー内の雰囲気を良くする話術もだ。

 結果、冒険者の間でついたあだ名が《おしゃべりコンパス》である。便利アイテム同然の呼び名は少々かわいそうということで、面と向かってそう呼ぶ人間はいない。だが、陰口は本人に伝わるものだ。レンダリルは他人と喋ることが、ちょっと億劫になってきていた。元から、蓮田理は人と喋らない人間だったのだから、当たり前だとは思っている。

 じゃあ、どうしてこんなロールを演じているのかと思い出そうとすると、記憶はどうにも曇ってしまう。その度に、どこからか、こおん、こおんと、宇宙の果てから聞こえてくるような、寂しい孤独の音が聞こえてくる気がするのだ。

 誰かに上空から呼ばれているような気がして、レンダリルは空に手を翳した。恐ろしい夢を見る以外に、自分は何か、変な夢を見ているような気がしてならないのだ。


(今日も聞こえる気がする。あの音だ)


 自分はそこに一人で立っていて、何かに呼ばれていると感じている。音の聞こえるままに歩いた先で、とても大切なものを見て、自分の中にある何かを置いて帰ってくる――。全てはぼやけているけれど、自分は毎日のように、そこに通って同じことをしているのだ。空を仰ぐと、無性に、その夢に見た何かが恋しくなってくる。地に足着ける森呪遣いなのに、妙な話だ。

 夢の正体なんて出てくるわけはないけれど、その一連の物寂しい感覚は、レンダリルの心をちょっと感傷的にさせるのだった。


(風がいっそう涼しくなってきたな……心が落ち着く)


 風は徐々に夏から秋の雰囲気を帯びてきている。銀葉の大樹も、風によく揺れて光っている。レンダリルは一人で待ち合わせのシンボルであるその根元に来て、ベンチに腰掛けた。秋は好きだった。落ち葉が色づいて、それとは対称的に彩度が下がっていく空が、ゆっくりと眠って行くような空気を持っているからだ。秋は彼にとって、休息の季節だった。


(季節は、移ろっている。間違いなく、時間が過ぎている)


 彼はバイトをしがてら、情報収集も行っている。気になるのは、リストにない技を使う者が出たとか、今まで無意味だった説明が効力を示してきたという噂話が出てきたことだ。

 この世界はなおアップデートを続けている。そう仮定すると、否が応でも見ねばならない一つの仮説がある。

 〈エルダー・テイル〉のパッチ当ては行われ続けている――すなわち、『地球でも時間は動いているのではないか』ということだ。元より世界に迷い込んで、はい元通りとはいかないと誰しも思ったはずだ。そして、セルデシアにおいて日が経つごとに、あるいは異変が発見される度に、それは目を逸らせないほどの形になって見えてくる。いくらセルデシアの一日が地球の一日より早くても、だ。

 ヴィクトールのように、当たり前の家庭がある者もいる。あるいは、エゴのように、死のさだめを目前として運良くセルデシアに転がり込んだ者もそこにいる。シオリのように、帰りたくなくても、己は異物だとセルデシアから去るための努力を続ける者も。そのいずれも、セルデシアの盤上から退けていないのである。

 アキバを駆けるあの腹ぐろ眼鏡の外記殿や、ミナミを統べる麗しの納言でさえも避けられない、動かしようのない事実。未だ全ては等しく羽ばたき続ける、家なき〈冒険者〉であった。


「……」


 それじゃあ、自分は? とレンダリルは背もたれに背を預けながら己に問うた。自分は、己の来歴を仲間たちに伝えていなかった。言う価値がないと思っているからだ。


 ――お前の人間性には何の価値もないんだよ。分かるか、蓮田くん。


 上司の言葉を思い出すと、吐き気がするほど胸がきしむ。ありていに言って、蓮田理は社畜だった。それも、かなりひどい環境に在った。ここに来る前、死に瀕した身体がそこにあった。破綻しかけた精神がそこにあった。このまま帰って元通りになるなら、誰にも気付かれず死ぬだろう。それでも帰るべきなのか。彼の中で思考は巡る。否、それは間違いなく帰るべきなのだ。自分も、セルデシアにおいては異物なのだから。


 では、地球で己は異物ではなかったのか? 異物と感じなかった日があったか? 生きていていいと思った日はあったか?


 そう思うと、首を縦には振れなかった。少なくとも、ここにいれば死なずに済むのは確かだ。『異世界転生』だと言い訳して、逃げるだけの事情を自分は持っている。それをこそ、行使すればいいのではないかと思う自分がいないわけではない。自分はやっと、生きていていい場所を見つけたかもしれないのだ。


(それでもだ。私はそれを行使しない。断じて)


 レンダリルは静かに空を仰ぎ、眼鏡を外して、手に額を押し当てた。救いは求めなかった。仮にその救いが許されるとして、その席に腰掛けるのは自分であるべきではないというのが彼の結論だった。

 死ぬなら、せめてまっとうに。それを過労死というかたちで通すという欺瞞が通るとは思えないが、それでも死を正当化できる状況で死ねば、希望のない未来に目をやらず、世間からも見逃してもらえるような気がしていたのも確かだ。空っぽになりかけていた器が変に満たされ、活動している違和感が、冷えになって身体を包んでいる。生きているという事実に対する違和感が凄まじい。

 地球で生まれたくせに、自分がよそもののような絶望を抱えて生きてきた。人間はみな、こうなのだろうか。ならば、皆は、どうやって折り合いをつけているのだろう。そう思うことの方が多かった。今になって、ロールの裏側に押しとどめていたそれが、徐々に蘇ってきている。隠していたつもりはなかったのに、気が付いたら隠していたのだ。大人として、彼は自身を不健全だとさえ思っている。だから、酔っ払いオオトラ亭で三人にああ言ったのだ。暗に、私のような未熟で不出来な大人に、無理に付いてくる必要はない、と。


 ――ああ。死ぬのなら、ちょっとぐらい、古巣を、覗いてから……。


 ならば、大人しく力尽きて死ぬべきであった。なのに、過労の高熱で早退したあの日。いよいよ『ただしく』使い潰されて死んだだろう日に、彼はそう思ってしまった。熱が下がって目を覚ました時、ノウアスフィアの開墾がリリースされることを思い出した。どうせ死ぬなら、ちょっとぐらい昔を思い返してから死にたいななんて、朦朧とした頭で思ってベッドから降りてしまった。会社に入る前、スキルをウィッチドクター型にしたままだったし、なんて言い訳をして家のパソコンを開いてしまった。

 もう生活感すら忘れられて久しい、がらんどうの部屋。その中で、パソコンだけが、かろうじて『仕事以外の蓮田』を覚えていた。そして、それは彼に一つの呪いと祝いを与えた。蓮田理という存在を、〈大災害〉を経由してレンダリルと定義しなおし、セルデシアに逃がしたのだ。

 今思えば、それはとんでもない間違いではなかったのか?


「……っ」


 じりっとした頭の痛みと、焦燥感が駆け抜けていった。眉を寄せて、レンダリルは小さくうめく。地球から放り出されて、セルデシアに着地するその間に、何か重大な出来事があったはずなのだ。思い出せそうで思い出せない。ただ、すれ違いざまに肩をぶつけてしまった人に謝り損ねたような悲しみが、彼の胸中を駆ける。この頃、これを覚える間隔は短くなってきている。まるで、身体の底に冷えた塊があったことを思い出すような、そんな発作のような感覚が。


(でも、今は生きている。まだやることはある。だから、それはいい。そんな、『おれ』のことは、どうだって――)


 レンダリルは己の胸中に吹く地吹雪に見て見ぬ振りをして、指先までかじかんだ身体を弛緩させた。彼は気が狂いそうな正気の中で、シオリたちが帰るすべを探していたが、一向にその出口は見えないままだった。

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