<セーフスタック>
「あれ、レンダリル?」
思考が八方塞がりになったあたりで、ふと、よく聞いた声がしたのでレンダリルは目元を押さえていた手を離した。目の裏はちかちかと痛く光っていたが、徐々にその銀髪と黒基調の服についた銀のスタッズが視界に映り始める。新しい服を着たヴィクトールだ、と認識するまでには数秒掛かったものの、レンダリルは眼鏡を掛けて、柔く表情を緩めた。
「ああ、ヴィクトールか。用事は終わったのかね?」
「ちょっと試着と運動で時間掛かっちまった。あんたこそどうしたんだよ。顔色悪いぞ」
どかっとベンチの隣に腰掛けてヴィクトールが覗き込んでくる。大丈夫だと手を向け、レンダリルは軽く首を横に振った。
「そんなことより、エゴが探していたぞ。ちゃんと連絡したかね?」
「やべ、忘れてた。ちょっと待ってろよ……あ、エゴ? ごめんな、相談に乗ってくれって言っておいて」
彼が念話を始め――彼は時々、念話と一緒に喋ってしまうことがあった――、意識を集中し始めた。その間、レンダリルはぼんやりと人の往来を眺めていた。そこに、懐かしい顔ぶれがいると気が付いたのは、すぐのことだった。
人の行き交う中で、ロティールが大量の調味料と食材を麻袋に詰めて抱えている。そこに、月夜とフィセットが合流して、談笑している。声を掛けてもよかったけれど、彼らは彼らで上手くやっているのならと、レンダリルは声を掛けなかった。ちらと月夜がこちらを見たような気もしたけれど、ロティールとフィセットは気付かなかったのか、ひとまず離れて行く。
「はーっ、スキル振りって難しいよな」
エゴとの念話を終えたのか、ヴィクトールが頭に手をやって、背もたれに身体を投げ出した。
「実際に戦ってみて、もう少し別の戦法をということもあるだろうから、じっくり向き合うしかないだろうな」
「だよなーっ! なあ、森呪遣いだって型はいくつかあるんだろ? シオリが言ってたんだよな。レンダリルは昔は型が違ったみたいなんだよねって。昔はどんなスキル組みしてたんだ?」
銀葉の大樹を見上げて問う彼に、レンダリルはどう答えようか迷って軽く唸った。下手に「あった」と言って苦労話をすればマウントになってしまうかもしれないし、かといって、迷わなかったでは嘘になってしまうからだ。彼は結局、ヴィクトールと同じように銀葉の大樹を見上げながら、ぽつりぽつりと言葉を発し始めた。ゲーム内のことなら、と。
「そう、だな。自分で全てなんとかしようとした。組もうと思えば、森呪遣いは自己回復だけして攻撃に手を回すことも不可能ではないから」
「具体的には?」
「鞭を持って移動速度を速めて、ダンジョンを走る。狙ったモンスターの集団の真ん中に飛び込んで、杖に持ち替えて、攻撃魔法を唱える。自己回復だけすればいいから、回復は最低限に留めて、後は全て火力に回していく」
「自分でヘイト引いて、自分で攻撃して、自分で回復するよう組んでたってことか?」
レンダリルは問いに相槌を打ち、答えていった。そして、その頃のおぼろげな記憶を辿った。アイテム目的か、レベル目的か、とにかく適正の狩り場に単身乗り込んで、そこにいる敵を片っ端から駆逐殲滅する。
ただ、それだけだった。セルデシアの今を思えば、意志なき機構と何が違うのかと思うような時代がそこにあった。
そういえば、自分はどうしてウィッチドクター型に変えたのだったか。パーティープレイを意識した型に変えた理由を、彼はすっかり忘れてしまっていた。それに思い当たって、レンダリルは言葉を止めてしまった。話を聞いていたヴィクトールは、ひどく難しい顔をして、首を捻る。
「それ、キツくないか?」
「きつい?」
ヴィクトールの質問に、レンダリルは理解が追いつかずに、一拍遅れて首を捻った。ほぼ棒読みだった。ヴィクトールも、そのあんまりにも鈍感すぎる態度に、不意を突かれたように瞬きをした。それでやっと失言だと気付いて、レンダリルは慌ててもたれていた背もたれから身を跳ね起こし、眼鏡の位置を直した。
「あ、ああ。すまない。あまり、考えたことがなかったんだ。自分が……つらい、とか、きつい、とかは……」
これでは本当に意志なき機構と何が違うのか分からない。そう思って、レンダリルは肩を落とした。
「すぐ、忘れてしまうんだ。自分のことは」
そして、ぽろっと本音をこぼしてしまった。
「自分のことなのに、忘れちゃうのか?」
「う。いや、その、えっと」
レンダリルは不慮に続く不慮で、思わず片手で口元を覆ってしまった。視線を逸らし、口ごもって、今やっと、自分が思ったより疲弊していると気が付いた。あるいは、そう誤認した。疲れているから、誰も興味を持たないだろう自分のことなど話してしまうのだと。だが、律しろと思っても今日のメンタルはつるつると掴み所がなくて、歯止めが効かないでいる。
今度は、どっと冷や汗が出てきた。何を言っていいのか、彼は分からなくなってしまった。いつもはもっと饒舌に振り切れるはずなのに、目の前の年若い友人をいなすこともできずにいる。
しばらく様子を見ていたと思しきヴィクトールが動いて初めて、レンダリルは言い訳を思いついた。
「なあ、レンダリル、これ。覚えてるか? あんたが俺に渡したやつ」
でも、彼が取り出したものを見て、それを言うのをやめた。見せられたそのアイテムは、いつか彼に託した、招命の宝珠だった。彼の掌に収まる、きらきらとした小さな光の球。それを渡したことさえ、今の今まで忘れていたのだ。
「ずっと持っていてくれたのか」
「思い出したか? 俺、あれからインベントリ確保して、ずーっと持ってるんだぞ」
光をじっと見て、レンダリルは一生懸命、当時のことを思い出そうとした。渡した。確かに渡した。でも、その時に言ったどの言葉が、ヴィクトールを突き動かしているか分からなかった。だけど、彼はそれを手にしていて、しっかりとした意志でこちらを見つめている。
「ヒーラーが死ぬのはほんとにヤバいことだからってのもそうだけど、あんたはあの時、まだスキル回しだって分かんなかった俺に仕事を割り振ったんだ。あの時、俺は分かんなくてもやれることがあるんだって思えた。俺は、その仕事をまだ持ってる。俺の意志で」
宝珠をぎゅっと握りしめて、ヴィクトールは真剣に、力強く笑った。
「ぶっちゃけ、親父や母さんに会えなくて寂しいけど、だからってトレーニングとかサボるのかっこ悪いし。俺はやれることをする。だから、あんたもやれることをやりゃいいんだよ。最近、バイト詰めすぎじゃね?」
レンダリルは丸めかけていた背中をぽんと叩かれて、ずれた眼鏡もそのままに、きょとんとした。シオリもそうだが、何で働きづめなのを知っているのだろう、と。そんな顔をしていると、ヴィクトールは信じられないといった風で目を丸くして、身を乗り出す。
「まさか、あんたが金も使わないのに死ぬほど働いてるの知らないとでも思ったのか!? みんな心配してるぞ! あんた、さては仕事に没頭して自分の悩みごまかすタイプだな!?」
「えっ、いや、そこまでは」
「いーや! 絶対そうだ! 今日という今日は働くの禁止! ほら、俺たちの伏魔殿に帰るぞ!」
「パンデモニウムって私たちの拠点の名前かね!?」
「いま決めた。かっこいいだろ!」
手を引かれ、ほぼほぼ強引に立ち上がらされたレンダリルは、引っ張られるままに雑踏をゆく。さっき声を掛けそびれたフィセットたちがこちらに気が付いて、手を振っている。宝珠をしまったヴィクトールが手を挙げて、一緒になって拠点に向かって歩き始める。一歩後ろで、レンダリルは眼鏡を直して不思議そうに彼らを見た。そして、感情がやっとついてくると、眉を下げて笑んだ。
「君たちには敵わないな」
「だろ?」
見えてくる異質な建物も、今となっては温かな家だ。身体は引っ張られるままにしておいて、レンダリルは念話をバイト先に掛け、そっと休みを伝える。セルデシアのアキバは忙しいが、過労の人間を働かせるほど忙しくはない。自分にできることは、きちんと連絡をすることと、休養を取ることと。やっと自分を定めて、彼は背を押されるまま、拠点のドアをくぐるのだった。
◆
「どう思う?」
疲労困憊のレンダリルをベッドに寝かせたヴィクトールが、一枚の紙を提示しながら、一階のテーブルにつく。今日のテーブルはギルドマスターが不在の代わりに、特別ゲストが三人いる。イズミから来たフィセットと、その護衛である月夜とロティールだ。もっとも、ロティールは与えられたスイカを小動物のように食べているので、話には積極的に加わらないだろう。シオリは欠伸をかみ殺していたが、机の上の紙を見て、怪訝そうに目を細めた。
「何これ」
「レンダリルに書かせた問診票」
ヴィクトールが出したのは、レンダリルが日頃どのようなお疲れを抱えているかの問診票だった。「汚っ」とシオリの口から出るほどに、ヴィクトールの手書きの文字は、かなり荒々しく、見ようによっては達筆に近い。一方で、レンダリルの文字はかなり丁寧だが、いかにも仕事用ですといった風で、かえって無機質な印象を剥き出しにしている。シオリからすれば、その文字は丁度、彼が時々見せる眼差しのように感じられた。そう、彼が時々、ひどく無機質な面を見せるというのは、すでにフォーカードの面々も気付いていた。それが何故かというところに、今、踏み込んでいる自覚もある。
大人しく椅子で足をぶらぶらさせていたエゴもひょこりと身を乗り出して、問診票をじっと眺め始める。
「ん、レンダリルって冷え性だっけ」
「私も初耳。言ったらブランケットぐらい用意したのに」
シオリも、彼女の指摘に相槌を打った。肩こりなどはなく、眼鏡だが眼精疲労もそうはないらしい。だが、明確に身体が冷えると書かれていた。ヴィクトールも腕を組み、唸っている。
「今日、手を引っ張った時にさ、びっくりするほど冷たかったんだよ。外にいたからって、あんな冷たくなるかってぐらい」
「寝る時、毛布増やしてあげた?」
「大丈夫、ロールケーキにしてきた」
抜かりはないと、ヴィクトールは問いかけたエゴに強く頷いた。一方で、問診票を眺めていたフィセットが、ある一列を指差した。
「これについて、皆に心当たりは?」
シオリも、フィセットが指差した文面に一層、眉を寄せた。そこには、『思い出せない事項が多くある』とだけ、記されていた。
「あるはずの記憶が思い出せない、か」
プライベートを明かしてくれる相手ではないから、内容までは分からなかったけれど、彼女は記憶の想起ができないということについて、一つの心当たりがあった。だが、その心当たりと症例が噛み合わないことが、彼女の疑惑を膨らませる。
「冒険者の間で噂になってるよね。何回か死んでるとちょっとした記憶がなくなるっていうの。でも、私はレンダリルが死んだところは見た事ないんだよ」
「僕も忘れちゃった物事はあるかなとは思うけど、大したことじゃないと思うよ。レンダリルが死んだとこ見た事ないのは、僕も同じ。報告も受けてない」
「俺もだ。互助組織の手伝いに出てることもなくはなかったけど、死ぬほどのことは起きてないと思うぜ」
フォーカード全員の意見が一致した。『レンダリルは、大災害後に死亡した経験がない』。なのに、死亡した時の症状である記憶の欠損を訴えている。しかも、一つではない。明らかに、何かがおかしいのだ。彼は、死んだ時の症状を訴えている。もし、セルデシアの法則に従って彼が旧世界の記憶を失っているとしたら、どこかで死んでいなければ帳尻が合わないのだ。蘇生の対価を余計に払っていることになってしまう。どこでそのコストが発生したのだろうか。
――会った時に、もう死んでいたんじゃないか?
ぞっとする思いつきに、シオリはぶるぶると頭を横に振った。さすがに、それはあまりに極端すぎるし、合理的ではないと彼女は思い直す。ただ、彼の不審な点について、思い出すこともあった。彼女は、テーブルに両手を置いて指を組み、猫背気味に構えて口を開いた。
「エゴ、ヴィクトール。二人は、無形のナントゥルと対峙した時のこと、覚えてる?」
「あっ」と声を上げたのはヴィクトールだ。エゴも、そういえばといった顔で丸めていた背中を伸ばして瞬きをする。レンダリルがナントゥルを見て、異質な反応をしたのを、フォーカードの全員が覚えていた。
「そういや、前には居なかったんだよな。レンダリルは出てこないか不安だったみたいだけど」
「そう。ダリルは妙にナントゥルのことを気にするんだよ。心当たりがないけれど、何か引っかかるみたいな」
「よくわかんねえ不吉なモンスターだったから、もう会わないことを祈ってるんだけどな。そうもいかないかもしれないん、だよな」
ヴィクトールは再び背中を背もたれに預けて、頭の後ろに両手を組んで、そこに後ろ頭を置く。かすかにきしむ椅子の音が、静かな部屋の中にいやに響く。ロティールさえ、食事するのを止めて、フォーカードの面々を見比べている。
「〈大災害〉で、僕たちが地球からセルデシアに転移するまでの間――」
沈黙の中で口を開いたのは、エゴだった。彼女は〈学者〉らしい、好奇心と深謀に満ちた輝きを、紫の瞳の中に宿している。
「その、一瞬に。何かある可能性って、ある?」
「どきどきしながらトレーラーを見たところまでは覚えてる。でも、気が付いたらここにいたよ」
シオリも、ヴィクトールも、月夜やロティールも、己がここへ来た時のことを思い出して、それぞれに思考した。だけれども、シオリと違う答えを出せる者は、いなかった。
「そう。その『トレーラーを見て、ここに来る』までの間だよ。僕らからすれば、それは一瞬だったけれど、その一瞬に何かが入る余地があるなら。肉体が構築されていない、魂が剥き出しの瞬間があって、レンダリルに何かあったなら」
そこまで言って、エゴは一度、呼吸で胸を上下させた。
「僕はそれを突き止めるべきではないかなと思うよ」
地球のあずかり知らぬ法則にも、セルデシアの〈魂魄理論〉にも縛られぬ、その零コンマいくつにも満たぬ瞬間。そここそ、冒険者の誰もが覚えていない瞬間だと、それをエゴは努めて冷静に指して、皆を見回した。
「無形のナントゥル――あれは、おそらく元からこの世界に在ったものではない。君たちと同じように、どこからか現れた存在の可能性が高い。一筋縄では行かないはずだ。それこそ、またあの黄金の羽根ペンを使うことになるかもしれん」
エゴの仮説に答えたのは、巻き込まれた〈冒険者〉ではなく、元からここにいた〈大地人〉のフィセットだった。彼女は言葉をひとつひとつ選ぶ様子で、ゆっくりと唇に言葉を乗せていく。それを見た月夜が、組んでいた腕をほどいてシオリを見据えた。
「この際、なんでイズミの領主サマがそんなこと知ってるかは置いておくよ。その辺のことは、どうせ焦らずとも分かることだからね。これからアンタたちがどうするかの方が建設的じゃないのかい?」
「正直、決めかねてる。相手の目的も何だか分かんないしね」
シオリは意外と早く答えと理由を出せた。月夜も予想していたのか、黙って言葉の先を促した。シオリは目をテーブル側に向けてから、改めて顔を上げる。
「今は、少し休暇が欲しいかな。この頃、アキバで結構働いてたから。ダリルもかなり詰めてたみたいだし」
「休暇なあ。旅行でも行く?」
何気ないヴィクトールの言葉に、シオリは「旅行」とオウム返しをして、想像してみた。とはいえ、彼女もセルデシアの土地勘がそこまであるわけではない。ウェストランデ以西に詳しいわけでもない。
「イコマはどうかね?」
そんな中で聞こえた声は、寝ているはずのレンダリルのものだった。はっとして、シオリたちは階段に視線を向ける。軽く手を挙げて挨拶をするレンダリルは、ぱっと見はいつも通りだ。
「こらこら、寝てろよギルマス!」
「おかげさまで十分温まったとも。ありがとう。それに、客人が来ているのにギルドマスターだけ休むわけにも行かないだろう」
「それはそうだけどさあ」
なんだかんだ世話焼きなヴィクトールが立ち上がって、レンダリルを止めようとするが、彼はするりと自分の定位置に座ってしまった。言い出せずにもごもごと口元を動かし、ヴィクトールも渋々腰掛け直す。その一方で、シオリは二人を眺めながら、イコマという土地がどこにあったか思い浮かべていた。
「イコマってウェストランデだよね?」
シオリの答えに、レンダリルは頷いた。イコマといえば、〈霊峰イコマ〉のお膝元であり、〈符術師〉たちのメッカとしてヤマトでも有名な土地である。だが、それ以上に重要な事柄がある。そこまで考えて、シオリは「ああ」と改めて声を上げた。
「確かに〈イコマ山岳神殿〉は大地人の観光地だ」
「そう。イコマといえば、霊峰に参拝する客の門前街だ。ここのところ、皆良くない案件に当たって疲れているように見えるし、厄落としついでに思い切って遠出してみるのはどうかと思ってな」
アキバから離れてみる。実際、それはシオリも考えなくはなかった。確かに自分たちはアキバを中心として活動する〈冒険者〉ではあるが、だからといってアキバに縛られる理由はない。現に、丁度良い居場所を求めてウェストランデとイースタルを往来したり、荒れるススキノまで行く〈冒険者〉は存在するようである。
これが円卓絡みの人間ならば、そうそう赴けはしないだろうけれど、自分たちは政治的立場にない。おそらく、エゴもそこまで考えたのだろう。うんと頷いて、皆を見回した。フットワークの軽さは、少数ギルドの特権だ。
「ウェストランデ側の冒険者や技術がどういう感じなのか、実感する良い機会かもしれないしね。僕は賛成」
「んー、まあ住みやすければ住むのもアリかなとは思うぜ。どっちみち、立場としては自由な方だし、適当にぶらついても気分転換にはなりそうだ」
笑顔を取り戻したヴィクトールは伸びをした。実際、伏魔殿のトンチキ間取りで額を集めて話し合うよりは、よほど良い結果が得られるようにシオリにも感じられた。彼女も椅子に座ったまま軽く身体をねじって、息をつく。みんな、確かにお疲れだったのだ。
「それなら、そっちはしばらく休暇ってことで。こっちはアキバで変な動きがないか見といてあげるよ」
「ありがとう、月夜」
「難しいことは分かんないけどさ。とりあえず、マクスフィンが満足するようなレシピを持って帰ってきてくれよ!」
ロティールも期待してくれているらしい。旅行の合間も、目を向けてくれている友人がいるなら頼りになると、シオリは素直に礼を告げた。月夜はちょっと悪ぶっていた顔を引っ込めて、照れて視線を逸らす。倉庫に立てこもった時はどうなるかと思っていたが、彼ら彼女らは少しずつ、セルデシアでの暮らし方に慣れ始めているようだった。
「じゃあ、決まり。何日か準備は必要だろうけど、気楽に行こう。ダリルは早めに寝てね」
「分かっているとも。おやすみ、シオリ」
「ん、おやすみ」
堅苦しい会議はおしまいだ。苦笑いするレンダリルに釘を刺して、シオリも席を立つ。フィセットたちも立ち上がり、今日はアキバの宿に宿泊すると言って伏魔殿を出て行く。
「……」
解散間際、シオリは己の足元を見て、足の裏に繋がっている影に視線を伝わせてみた。何もあるわけではない。けれど、自分たちの足元の下の下には、あの青く輝く鉱石が光っている。
そこに、まだあいつはいるのかもしれない。そう思えば、あまり楽観的な態度は取れなかったけれど、そんな心の強ばりをほぐすのも含めての旅行計画だ。うーんと伸びをして、彼女は自室へと歩いて行く。
さすがに、もうそれを止める者はどこにもいなかった。あとはもう、嵐の前の静けさのような、穏やかな夜が、どこまでも夢の中へと続いているだけだった。




