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ログ・ホライズン二次創作~フォーカード・バグフィックス!~  作者: mahipipa
第四章 サマー・フェスタと災厄の農園
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<ギフト>

 ぼろの船から下りたフォーカードを待っていたのは、冒険者たちの歓声と、敗北した一人の悪役だった。周囲は勝利に盛り上がり、夏らしい賑やかさを取り戻している。


「チッ……結局、こうなるのかよ」


 果たして、ずぶ濡れのバルビレッジはシオリたちの前に引っ立てられた。彼のした行いからすれば当然の報いであったが、冒険者たちは彼を殺してアキバ送りにしようだとか、そんなことは言い出さなかった。


「どうした。好きなだけ殺せよ。負けた相手の扱いなんて、そんなもんだろ」


 砂浜に砂まみれで座り、居心地が悪そうに目を背けるバルビレッジは、ひょっとしたらヴィクトールぐらいの年齢の、どこにでもいる〈妖術師〉だった。


「殺さないよ」


 シオリはすっかりぼさぼさになってしまった頭を掻いて、鼻からため息を吹き出した。そうして、アイテムインベントリから、三つのアイテムを取り出して、まず二つ、バルビレッジに譲渡した。


「これは――」


 バルビレッジは、目を見張って、それを受け取った。ぎざぎざの細身の剣と、アサガオの護符。それは夏の怪人たちの忘れ形見である突剣〈モスキートバイト〉と護符〈モーニンググローリー〉だった。

 彼の目が左右に揺れたのを見て、シオリは彼と同じ目線になって、しゃがみ込んだ。頭を撫でるなんて真似はしない。それは、上から下にすることだ。対等に、厳しさをもって、彼女は語る。


「あんたは勝手に作った農園の主として、人を足蹴にしてアイデンティティを得ようとした。それは許されることじゃない。だが、あんたの持っていた戦力は、破壊しつくした。あんたは、元通りの冒険者だ。だから、これ以上、あんたを叩くなんてことはしない。そうしたら、第二第三の暴君が生まれるだけだ……とは、そこのドルイド殿の進言を元に考えたことなんだけどね」


 ちらと、シオリは横目でレンダリルを見た。冒険者たちのフレンド登録で手一杯の様子で、あたふたと動き回っている。

 バルビレッジは、しばらく突剣と護符を見て、鼻で笑ったような、途方にくれたような、そんな声を漏らした。


「は……。こいつらを殺しておいて、よく言う」

「それを咎める権利は、あんたにあるよ。バルビレッジ」

「するかよ。どうせ、夏は超えられない連中だった。遅かれ早かれ、別れは来た。その時が、数日早まっただけだ」


 彼は素直ではないらしい。殺しておいてなんて言葉を聞けば、バルビレッジが少なからず怪人たちを愛していたのは、シオリにも十分に分かった。それでも、彼らは夏を超える、その打算で手を組んだのだ。彼らには彼らの関係があり、到底、自分が口出しできるものではないと、俯いた。


「そうだね。全部、夏の馬鹿騒ぎさ。スイカも、きゅうりも、アサガオも、そのままじゃ秋には持ち越せない」


 だが、一つまだ、渡していないものがある。彼女は俯くのをやめて、三つ目のアイテムをバルビレッジに手渡した。その掌の上にある、黒い、大きなアイテムを見た時、彼の青い瞳が今までで一番大きく揺れた。

 シオリが最後に与えたのは、クウシンサイを倒した時にドロップした、大きなアサガオの種だった。どんな花が咲くかも分からない、未知の種だ。


「『でも、種を残すことはできる』。そうやって、眠って、起きて、季節を巡って、またアサガオは咲くんじゃないかって。小学生でも知ってるよ」


 唇を引き結んだバルビレッジは、しばらく黙っていた。けれど、両手でその種を包み込んだ。怒りと、悲しみと、それ以上の〈農家〉としての慈しみを持って、種を砕かぬよう、祈るように額に押し当てた。


「俺は爪弾き者だった。世の中、クソだ。強い奴が当たり前のように弱い奴を蹴散らして、弱い奴は弱い奴で薄汚い手を使って強い奴をこき下ろす。肥料にすらならねえクソしかいねえ……お前等も、そうだ。信じられるかよ。まして、こんな右も左も分からねえ異世界で、誰を信じろってんだ」


 奥歯を噛みしめて、夏の熱狂から弾かれた孤独そのままに、バルビレッジは涙声を絞り出した。目元を見せないのは、彼の意地であるように、シオリには感じられた。


「でもな、こいつらは信じたんだよ。そんな、クソみたいな俺の、へたくそなハロウィンの話を。あんたらに何が分かる」


 怨嗟の言葉に似た響きに、ありったけの優しさを込めて、バルビレッジはそう言うのだ。そうして、アサガオの種を手にしたまま、ふらりと立ち上がった。


「あんたらに、何が分かる……俺たちの、俺たちだけの関係を」

「分からないよ。あんたたちの関係は」

「それでいい。知ったかぶるより、ずっとマシだ。俺は一人で行く」


 その拒絶は、バルビレッジの輪郭をいっそう際立たせた。彼は孤独ではあったが、自分の足で立っている。突剣と護符を荷物に加え、愛しい隔意を抱えたまま、バルビレッジはいつか、クウシンサイの時にしたように、マントを翻した。シオリは、彼を引き留めようとはしなかった。


「もう行くのかい?」

「顛末は俺が自分で伝える。俺の行く末を、勝手に決めるな」


 彼は、円卓会議に実質、自首をする形でアキバに向かうようだった。逃げればいいのにとシオリは思うけれど、きっとその律儀さが、クウシンサイとイディズを夢中にさせたのだろう。バルビレッジは、なんだかんだ、誇り高い男だった。


「分かった。じゃ、気を付けて」

「ただ、これだけは言っておく」


 穏やかに見送ろうとしたシオリに、バルビレッジは数歩歩いてから振り返って、そう言った。その青い瞳や鼻の頭がほんのり赤らんでいるのを、シオリは言わずに黙っている。


「今後、あんたらの前に、あんたらの善意を食い物にするやつが絶対に現れる。忘れるな。最悪な奴は手段を選ばない。小学生のガキでも、知ってる」


 彼は、一体どういう人生を送ってきたのだろうか。そんなことを感じさせるような別れの言葉に、シオリはただ、苦笑いを見せた。バルビレッジは誰にも押されたり、蹴られたりすることなく、一人で歩いて行った。

 そのほんのり煤けた背中を、ひょっとしたら人は孤高というのかもしれなかった。でも、結局シオリは何も言わず、その背中が別エリアに移動するまで、静かに見送った。それを邪魔する者も、また、誰もいなかった。


「うわっ! 何、フレンド申請!?」


 しばらくバルビレッジのいたところを眺めていたシオリは、飛んで来たフレンド申請に驚いて目を丸くした。おそらく、見守ってくれていた冒険者たちが、頃合いと見て送ってくれたのだろう。ひとつひとつの申請を受けて、シオリは念話へ意識を向ける。


《やあ! 今回はありがとう! 本当に助かっちゃった!》

《一時はどうなることかと思ったぁ。かっこよかったよ!》

《お疲れ様!》

《最高最高最高!》


 さすがに一人一人に返答をすることはできなかったが、大抵、それはお礼や労いの言葉だった。できるだけ感謝を告げて、シオリは急いで残りの面々と合流しようと、飲めや歌えやの騒ぎを続ける酔っ払いオオトラ亭へと駆けていく。古びた両開きのドアをきしませて開けば、シオリからすれば膨大な量のフレンド登録が飛んでくる。


「来たぞ! 今回の英雄っ!」

「いよっ! 総大将!!」

「あ、あはは……」


 べろんべろんに酔っ払った冒険者たちを見れば、しんみりとした空気も吹き飛んで、シオリの笑みは引きつった。乾杯をせがむ人々の合間を抜け、どうにかこうにか彼女は用意してもらった特等席へと辿り着く。エゴはドロップ品のスイカをかじっていたし、ヴィクトールは渾身のポエムを披露して得たばかりの友好関係に自らヒビを入れていた。レンダリルはといえば、すでに大量のフレンド登録と念話をさばいているのだろう。死んだ目で机の木目と見つめ合っていた。


「スイカは大きいと大味になるって聞いたけど、そうでもないよ」

「そっかぁ。後で食べよっかなぁ」


 マイペースを保ったエゴの声を聞けば、落ち着くというものだ。改めて念話に少しずつ対応しながら、シオリは背もたれに身体を預けた。今までの疲れがどっと出るような思いだった。到底、食事をしようという気にはなれなかった。


《ねえねえ、みんなまとめてうちのギルドに来ない?》

《おれを入れてファイブカードにしようぜ! な!》

《シオリさん! ファンクラブ作りました! 公認してください!》


 感謝の言葉は一言で終わるが、積極的な勧誘やギルドの参加希望はそうも行かない。既にパンク気味のシオリは、「あー、うー」と言葉にならない言葉を発し始めている。


「ああああっ、捌ききれない捌ききれない! メッセージ拒否どれだ!?」


 ついにヴィクトールからも悲鳴が上がり始めた。だが、勝利の熱狂は、そんな突っ伏した彼の悲鳴も飲み込んでしまう。


《調子に乗るなよ、弱小ギルド》

《フィニッシュだけ取っていい気になるなよ、雌狼》


 しばらくすれば、酔っ払ってタガの外れた冒険者からハラスメントも飛んでくる。バルビレッジの忠告も、真剣に考慮した方がいいかもしれないと。シオリはぐるぐると回る目で天井を仰ぎながら、「人やだ……おうちかえりたい……」と、弱々しく唸った。一体、誰に視線を向ければいいだろうと悩んだ末に、彼女はレンダリルに視線を向けた。彼は、シオリが見ていると気付いたか、無機質な目でテーブルを見るのをやめて顔を上げる。それはいつか見たシステムを睨む時の顔だったが、もういつも通りの柔和な顔だった。


「どうするかね?」

「どうする、って……」


 その真意が単純に分からなくて、シオリは困惑気味に声を上げた。レンダリルは、賑やかな酒場を見回す。その視線を追えば、みんな、こちらを見て笑みを見せている。少なくとも、この状況を見て孤独だとは誰も思わないだろう。シオリだってそうだった。


「ここで大型ギルドに入れば、君たちは孤独ではなくなるだろう。より名声を稼いだり、秘宝級のアイテムを手にすることだって夢ではない」


 「ああ」と、シオリは納得し、改めて目の前のドルイドを見た。それは確かにそうだった。四人で肩を寄せ合う必要は、もうどこにもないのだ。きっと、皆は自分たちを受け入れてくれるだろう。窮屈な思いをせずとも住むだろうと、彼はそう言っているのだ。

 それに最初返事をしたのは、エゴのスイカを食む音だった。しゃくっと小気味よい音を立てて、彼女は果肉を頬張っている。少しして咀嚼を終え、彼女は口を開く。


「僕はパス。みんなとじゃなかったら、きっとギルドなんて作らなかったよ」


 彼女らしい、スマートでシンプルな答えだった。それを聞いたヴィクトールが、背もたれに身体を預けたまま、気のない声を上げた。


「俺も。正直、ギルドとかわかんないし。みんなに着いてくよ」


 分からなくても、自分の意見をきちんと告げる。ヴィクトールらしい誠実な回答だった。シオリは二人の意見を聞いて、ほんの一度だけ自問し、レンダリルに向き直った。彼は優しく、自分たちを見守ってくれている。自分たちより一回り大きい、大人の眼差しで。


「このぐらいの小規模ギルドが一番居心地がいいし、というか、大規模ギルドは怖いし」


 自分だって一応は大人なんだけどなと、疲れた唇の端を持ち上げて、彼女はこう結論付ける。


「とりあえず、今は静かな場所に行きたい……ダリルはどう?」 

「私かね? こういう時に最適な言葉があるから、それを使おうと思う」


 「ふふふ」と笑ってみせるレンダリルを見て、シオリはさりげなく立ち上がる構えを取った。対応に疲れてきたヴィクトールも、スイカを食べ終えたエゴも、同じように、四人だけに伝わるような姿勢を取る。

 だいたい、こういう時のレンダリルは、特別しょうもなくて、そこそこセンスのいいことを言ってくれるのだ。


「『こんなところに居られるか! 私は部屋に戻らせてもらう!』」

「まったくだよ!」


 シオリは逃げ出した。ヴィクトールも、エゴも、レンダリルも、揃って宿の個室に走り出した。やんややんやとお祭り騒ぎの酒場を抜けて、すれ違う人間も気にせず階段を駆け上がろうとした。


「おーっと、忘れ物だぞ!」

「何かねーっ!?」


 けれど、一度だけそれを止めた者がいる。喧噪に飲まれていた小柄な身体は、間違いなくセンコウのものだった。浴衣を羽織って、快適そうに椅子に腰掛けている。


「暴君の忘れものさ。あんたらが受け取るのが筋だろ。餞別だ! 持っていきな!」


 放り投げられた小瓶を、レンダリルが受け取る。それは熱狂に置き去りにされた一つの〈外見変更ポーション〉だった。どうやら、バルビレッジが使わなかったものが残っていたようだった。


「ありがとうな。オレ、今回のことで、もうちょっとこの身体でいたいなって思ったからさ! あんたらも頑張れよ!」


 センコウは、にっと笑って手を挙げる。その身体は、前よりもずっとのびのびとしていて、胸もしっかり張られていた。

 身体が『しっくり』来たのなら、それが一番だと。挨拶もそこそこに、フォーカードの面々は一本のおたからを手に入れて、個室に駆け込んだ。その後も、フレンド登録は長いこと鳴り止まなかったけれど、夜は更けて、朝が来る頃には、もうお祭りの終わりが見えていた。

 冒険者たちは、終わる夏を懐かしみ、帰路につく。夏が来れば秋が来る。その実りを横から刈り取らんとする者がいるかどうかは、まだ、誰も知りはしなかったのである。

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