<ファーマシスト>
「頼んだよ、ハーフアルヴ」
「任せとけよ。こういう時のカメレオンだぜ」
カメレオンの着ぐるみを着たまま、〈ミスティカルパス〉でヴィクトールが先行し、そこへシオリがエゴとレンダリルを連れて安全に移動する。そんなことを何度か繰り返せば、目的の遺跡までは無事に辿り着くことができた。森から突き出た尖塔は蔦にまみれ、元の形が鉄塔なのか石作りの塔なのか見当がつかないほどになっている。
「見張りは?」
「いないね……」
そろそろ敵方もこちらの行動に気付いているかもしれないと警戒していた四人だったが、入り口にスイカスケルトン含む夏野菜の怪物たちがいないと気付くと、首を捻った。ただ、シオリには納得できる理屈があった。
(見張りで倒すのは『面白く』ない、とかかねえ?)
イディズの件で確かなのは、相手にはある程度のショーマンとしての信条があるということだ。つまらないことはしない。巻き込まれる冒険者の本音はともかくとして、夏祭りを盛り上げるという一点では譲らない。となれば、見張りを置いていないというのも、彼女には頷ける話だったのだ。
「中で決戦しろというなら、受けて立つけどね。行こう」
なので、あまり躊躇せずに、シオリは遺跡の中へと足を踏み入れた。後から、残りの面子もついてくる。数歩歩けば、床のあるところは影になって、遺跡特有のしっとりした空気に満ち始めた。遺跡の中は、土の匂いが濃厚な、いかにも[自然]属性のモンスターが好みそうな環境だ。耳を澄まさなくとも、通路の両端からは水の流れる音が聞こえてくる。どうやら、水路が敷かれているらしいと、シオリはちらと道の端を見やった。
「マイコニドなら住みやすかっただろうな」
ヴィクトールがちらとレンダリルのカバンをみやる。その中にちゃっかり入って楽していた小柄なマイコニドが、居心地よさそうと判断するや否や出張ってくる。〈走り茸〉らしく、そのあたりを無造作に走り回る様を見て、安心半分、心配半分のシオリだが、マイコニドだって何だかんだレンダリルと協力してきた存在である。そこは信じて、しばらく好きにさせてやる。案の定、遺跡の中を歩いていれば、マイコニドは楽しそうについてくる。
「シオリ。あれ」
視界の端でくるくると踊るマイコニドをよそに、シオリはエゴが指差す方へ視線を投げかけた。果たして、そこには瓶の転げ出た部屋が一つあった。慎重に気配を察知していたエゴは、いないと判断して首を横に振る。シオリがそろそろと部屋の中へ入り込むと、そこにはいくつもの瓶とプランターが並べられていた。ヴィクトールが足早に近付いて、プランターの土に差し込まれていた札を眺める。
「うわあ、見ろよこれ……なす、きゅうり、トマト、こっちはズッキーニだ」
「ものの見事に夏野菜だね。セルデシアの植物もありそうだけど」
すでに中で生育されていたものは回収されたのか、エゴが覗いたプランターの中身は土だけ残してからっぽになっていた。プランターそのものも、歯抜けのような印象を与える配置だ。シオリは腕を組み、机の上に適当に散らばっていたメモを覗く。植物モンスターと野菜の組み合わせ、その結果の記録だが、どれもこれも×や△の印が付いたもので、これをしていた本人が苦悩していたことが窺えた。
「シオリ、少しいいかな?」
「ん、何?」
「これが何の瓶か、君は分かるかね?」
レンダリルはといえば、最後列で転がっていた瓶を拾い上げ、それをしげしげ眺めていた。その底に残った、何とも言えない不思議な色の液体。それと瓶の形状に、シオリは何となく見覚えがあった。とはいえ、少し記憶を辿れば、その正体もおのずと出てくる。
「これは……ひょっとして、『外見変化ポーション』の瓶!?」
シオリの回答に、レンダリルは「そうだよな?」という顔で、軽く底を混ぜるように瓶を振るった。
「なるほど、姿が変わった植物モンスターのからくりは、これかもしれんな」
彼がそう呟いたと同時に、ヴィクトールが「うわっ」と小さな悲鳴を上げた。がらごろと音がした方をシオリたちが見れば、中からはレンダリルが持っている瓶と同じタイプの瓶がごろごろと転がり出てきていた。軽く見ても、数十本はくだらない。一人で使うなら、一日一回使ってもあまりが出そうなほどだ。
人は失われた外見というアイデンティティを求めてそれを高値で取引する。なるほど、姿がおかしい怪物についての説明が、シオリの中でできあがった。
外見変更ポーション。この狂乱のさなかで皆が忘れかけていた『それ』こそが、猛威を振るっていたのだ。
「なあ、エゴ。料理するなら〈料理人〉みたいなのが要るよな。こういうことできそうな〈サブ職業〉ってあったっけ?」
「あるよ。多分、〈農家〉だ。〈遊牧民〉や〈狩人〉なら、モンスターを手懐けられるかなって思ってたけど、それだとこの交配のリストの説明ができないもんね」
エゴはレンダリルから小瓶を受け取り、ヴィクトールの足元の小瓶も片手で拾って見比べ始めた。そうしてそれをメモだらけの机の上に並べ始めた。
「これだけ試行したんなら、『想像以上に無茶が利く』ってこと、気付いてもいいのにね。交雑種だらけになっちゃうよ」
ちょっとだけ背伸びしたような物言いをして、エゴは唇を尖らせた。シオリも、レンダリルも、ヴィクトールも、そのことについに思い当たって、「あー」という落胆とも、悲しみともとれる声を上げた。
「そうか……そうだね。これが通るんなら、冒険者の姿をした怪物を紛れ込ませたり、モブの姿をしたボスを放てたりが、簡単にできちゃう。それって、冒険者の信用も、大地人の信頼もなくすことだ」
シオリは確信した。すなわち、この事態を引き起こした底の底にあるもの。それは、〈大災害〉の軽視なのだ。これができるなら、これもやっていいだろうと、イベント報酬とイベント仕様そのものを巻き込み続けた結果がこれだ。〈冒険者〉は、条件さえ揃えば、とんでもない結果を出してしまう。それこそ、〈魂魄理論〉で測れば死にきった死者を蘇らせることだって、できるかもしれないのだ。そしてそれはきっと、大地人たちの、この世界の倫理に沿いはしまい。
そして、フォーカードは、大地人の死者蘇生が冒険者の手によって為されることを知らない。
秋へ。ハロウィンへ。
彼らの眺める机の片隅にあるメモが、ほんの少し、冒険者と知性あるボスエネミーの足掻きを教えてくれるだけだ。
「駄目だよ、それは」
敵方にも、理由はあるかもしれない。それでも、これは残念ながら命の冒涜だった。失敗作が全て、彼らの腹の中にあったとしても、だ。もっと簡単なことだ。〈緑小鬼〉も〈大地人〉も生きている。規模は違えど、それを冒険者という権能の暴力で、勝手に混ぜ物にしているのと同じなのだ。セルデシアがそんな改竄を許容してしまう一方、〈冒険者〉はそれがやれてしまうという証明がある。これは、思ったよりも深刻な話だ。
「私たち余所者が、軽率にやっていいことじゃない」
シオリは、唸るように呟いて静かに目を伏せた。誰も、彼女に反論はしなかった。
「それなら、止めるしかないだろ。どんな事情があるにせよ」
ぱしりと掌と拳を打ち合わせて、ヴィクトールが部屋の出口へ視線を戻した。彼の真剣な声色に、異を唱えるものもいない。フォーカードの面々は、さらに遺跡の奥へと歩き始めた。
「……バルビレッジという人が主犯で、ボスエネミーがそれに協力してる。その理由は後で探ればいいけれど」
地下に降りる階段へとシオリが足を踏み出した時、声量を落として喋ったのはエゴだった。彼女は導くように壁にぶら下がった灯りを見上げ、また階段の奥へ視線を向ける。シオリは先導しつつも、後列の会話に意識を向ける。
「今回、あのインクの怪物はいないと見ていいかな」
「あいつはもう倒しただろ?」
「そうだけど。ヴィクトールだって、手応えがあったって感じたわけじゃないでしょ?」
「そう言われると、まあ、そうだな。今回のボスエネミーだってそうだけどさ、みんな鮮やかっていうか、個性があるじゃん。あいつだけ、それがぽっかりない感じで気味の悪いエネミーだった」
ヴィクトールがきょろきょろしながら、エゴの側で足音を立てている。今回は姿を見せていないそれに、シオリも少しだけ思いを巡らせた。確かに、あの一戦だけで片付いたというのは、あまり実感が沸かないのも本当だった。あれは単なる新規実装ボスではなく、もっと、何か自分の想像もつかない存在だったのではないだろうか。そう思うのだ。でも、今それを語るのは違うだろうと、彼女は少しだけ目を伏せて、すぐ顔を上げた。大太刀の柄に手を触れて、目の前にある扉、その先に集中する。
「行こう。まずは、目の前のことからだよ、ダリル」
地下室への突入前のささやかな会話が終わる。たった一人だけ、レンダリルだけが黙ったままだったのを、シオリは分かっていた。
地下室の扉を押し開けたシオリがまず耳にしたのは、流れる水の音だった。大部屋の両端に、今までの通路の端から流れてきた水が集まって、広い流れを作り出している。しかし、そんな風景は、ずらりと壁際で並んでいるスイカスケルトンに比べれば、そこまで脅威には感じない。それさえも、天井からぶら下がる遺構の光の下にある、巨大なからくりのゴーレムを見れば霞むものだ。金古美の構造物を光らせて、静かに佇んでいる。
その肩に座し、日光浴をするかのように魔人クウシンサイはあった。目を開けば深紅の瞳が、シオリたちを睥睨する。尖った牙をにやりと剥いて、それは声を発した。
「ようこそ。冒険者の諸君よ、待ちわびたぞ」
クウシンサイは立ち上がり、軽やかに跳躍してゴーレムの前に着地する。貴族を真似てマントを翻し、ゆったりと一礼をする様は、イディズとは違ったいやらしさがあった。だが、それゆえにあの蚊の怪人の仲間であると、誰の目から見ても明らかなのだ。
「我が名はクウシンサイ。〈サマー・フェスタ〉はお楽しみ頂けているかな?」
「ばっちり堪能したぜ。よくも散々引っかき回してくれたな。次はてめーが耕される番だ!」
カメレオンの姿でギターの首を持ち、胴を向けてヴィクトールが吼えた。魔人はその滑稽な姿を見て、それはそれは満足した顔で笑う。
「クウシンサイ殿。私はレンダリル。このギルド、フォーカードのリーダーだ。念のため訊かせてくれ。そちらの目的は何だね?」
「言うまでもなく、夏祭りを盛り上げることだとも。そこに嘘偽りはない」
レンダリルがその後ろから、静かに問いかける。すると、クウシンサイは迷わず、そう応えた。悪びれもしないその素振りに、シオリは大太刀の柄を握る。
「もっとも、少々手荒になってしまったことは申し訳ないとは思うがな。我々とて、冒険者を殲滅したいわけではない」
「君たちからしたら、あくまでも僕らに刺激的な夏を提供したかったってことだね。ちょっと刺激的というには大事になったけど」
「まさしく、その通りだッ! いやぁ、参ったな、あっはっは!」
エゴの問いかけにも、また、魔人は堂々と頷き、笑いさえした。シオリも、ヴィクトールも、レンダリルも、ため息をついた。悪意がないならなおのこと、はた迷惑な魔人である。だが、悪意がないからといって事態があっさり収束するわけではない。それはきっと、冒険者も、魔人も分かっていた。
「話が通じるなら、ここで手打ちにしたいところだが。どうかね?」
それでも、レンダリルは最初から武力を振り上げる真似はしない。ここは、エゴも同じだ。彼と彼女が交渉を持ちかけた時、クウシンサイは興味に目を光らせた。
「先に調停を取るか。して、諸君等の要求は何かな?」
「バルビレッジという冒険者を知らないか。この事態を招いたと思われる冒険者だ」
「バルビレッジ。バルビレッジかあ」
「我々フォーカードは統治組織に加入している者ではない。よって、彼を処罰する権利はない。ただ、彼の行いは非常に危険だ。安易にモブや植物を掛け合わせて新種を生み出すことについて、知性ある植物の君も分かっていないわけではないだろう。止めねばならん」
「うんうん。うーん、分かるとも、分かるとも……」
レンダリルの言葉を聞きながら、クウシンサイはわざとらしく自分の頭に咲いた花をいじって、考える仕草をした。それから、その場で一歩、二歩、回るようにゆっくりと歩き、改めて冒険者たちに向き直った。
「確かに、私はバルビレッジを知っている。頭がいい妖術師だ。それに、話も分かる。冷静に見えて熱くやんちゃなところが玉にキズだが、我らの協力者に違いない」
「それなら――」
クウシンサイはそのレンダリルの踏み込みを防ぐように、しーっと指を立てた。冒険者たちがそれで黙ったのを見ると、小声で「ありがとう」と言って、頭の花の位置を直した。
「その協力者が、覇権を取りたいと言ったなら、我ら〈サマー・フェスタ〉の怪人は喜んで協力しよう!」
彼はばっと手を挙げた。その途端、水路の奥から植物の蔦が押し寄せ、地下室の扉を覆い尽くす。スケルトンたちはめいめいに武器を取り、がしゃがしゃと己の乾いた骨を鳴らし、交渉の決裂に歓喜した。かくして、クウシンサイは冒険者へと不敵に笑いかける。
「我らは彼に、ハロウィンのお礼をしていないのだよ。隣にありながら、我らがたどり着けぬ季節の祭りの話。涙が出るほど怖い話の数々……ああ、胸が躍るようだった!」
恋をした貴族は、きっとこう語るのだろう。仰々しく、しかし熱と優しさをもって、クウシンサイは掲げたままの手の指を鳴らす。鎮座していたゴーレムから、スチームと起動音が聞こえてくる。金古美の金属が擦れる音に、シオリは息を呑んだ。何せ、これから彼女が抑えなければならないだろうゴーレムは、人の何倍も大きいのだから。
「私は、否、我ら〈サマー・フェスタ〉に連なる者たちは、バルビレッジの悪しき友として、ここで王道を砕く! できねば潔く散るまで!」
彼の背後で、ゴーレムが拳と拳を打ち合わせる。スケルトンたちは、今にも冒険者に飛び掛かりそうなほど勢いづいている。その渦中で、それは盛りのいのちを叫ぶのだ。
「改めて、我が名を語ろう。我が名はクウシンサイ! 〈サマー・フェスタ〉の殿にして、最後の王なるぞ!」
轟音を上げてゴーレムが吼える。スイカスケルトンたちは頭を揺らし、いよいよフォーカードの方へと殺到し始めた。すでに陣形を整えていたシオリたちは、ただ、その軍勢を迎え撃つだけだった。




