<アシストアタック>
◆
その頃、敵陣にも動きがあった。シオリたちの知らぬところで、一人の〈冒険者〉と一人のボスエネミーが遺跡の一室で向かい合い、安物のワイン片手に話し合っていた。
冒険者はぼさぼさの金髪を隠しもせず、味のしない料理を、何の感慨も持たずに貪っていた。
「イディズが落ちたか。善戦はしたようだがね」
最初にそのことを切り出したのは、ボスエネミーの方だった。男装の貴族のような出で立ちであるが、あちこちに細長い葉が飾られている。悪目立ちをするのは頭に咲いたアサガオに似た花だ。薄紫色をして、エネミーの頭に我が物顔で花開いている。
「チッ……盛り返すレベルの奴がいたか」
「どうする、バルビレッジ。冒険者が殺到するのも時間の問題だぞ」
バルビレッジと呼ばれた冒険者の青年は、忌々しげに雨の止んだ外を見ていた。
バルビレッジは、今となってはどこにでもいるヤマトサーバー三万分の一の冒険者だ。これといった名誉も富もない、ただ蹂躙されるだけだった存在である。
だが、彼に狂気をもたらしたのは、〈サブ職業〉の存在だった。〈妖術師〉である彼のサブ職業は〈農家〉である。いかにも地味なこれは、〈大災害〉を経て、冒険者に一つの可能性を与えた。
(いくら冒険者をとっ捕まえても育成速度には限界がある。まだアレは実らない。限界まで交配したんだ、収穫には早すぎる……)
すなわち、彼が得たのは農家が幾世代も掛けて行ってきた『交配』の力である。
バルビレッジは自分が植物そのものや、植物系モンスターを交配できることに気が付いた。気が付いてしまった。スイカスケルトンは、その尖兵でしかない。
「手駒はまだあるな? それで足止めする。頼めるか、クウシンサイ」
その交配に手を貸し、眷属を与えたのが、ボスエネミーであるクウシンサイとイディズ――サマー・フェスタの怪人たちだった。けれど、彼ら怪人は、イベントの仕様を熟知している。クウシンサイは、笑って植物製の首を横に振った。
「はっはっは、イディズがやられたとなれば、サマー・フェスタ装備は冒険者の手元にあるだろう。となれば、我々のスイカは『賞味期限切れ』だよ」
「なら、仲間になった冒険者でも、ゴーレムでも何でも使えばいいだろうが!」
「私に怒鳴っても状況は変わらんぞ。特定装備でしか倒せない我ら〈サマー・フェスタ〉のモンスターを選んだところは鋭いが、逆に言えば、それを突破できる相手に君は為す術がない」
興奮気味に机を叩いたバルビレッジに、クウシンサイは苦笑いをする。彼は空になったグラスを置いて、立ち上がる。
「ともあれ、足止めはしてみせよう。アレが完成すれば、状況は変わるかもしれんからな」
クウシンサイがマントを翻して部屋からいなくなった後、バルビレッジは一人でグラスを置いた。
この世界はどうせゲームだと思っているところはあった。さすがに何をしてもいいとまでは思わなかったが、自分の力を自分で使うことに躊躇いはなかった。
セルデシアに来た時から、植物は彼の味方だった。孤独を潤し、飢えを満たした。多くの冒険者が苦しんだ無味無臭の料理さえ敵ではなかった。早々に離れたアキバの噂を聞けば聞くほど、自分は生きて行けると思えた。
そして、ちょっとだけ欲が出てしまったのだ。この力があれば、案外、覇権はすぐ側に転がっているのではないか、と。実際に、バルビレッジは一騎当千の冒険者たちをイベントモンスターによって討ち取ったのだから、まったくの考え違いではなかったのだろう。
(さすがに甘かったんだろうな。だけどな、引けないこともあるんだよ)
バルビレッジもまた、立ち上がった。
――毎年同じことばかり。冒険者諸氏は退屈しないのだろうかと思ってね。
クウシンサイは、彼にそう告げた事があった。どうせエネミーと思ったが、案外、話は通じるものだった。クウシンサイとイディズには明確な知性があり、言葉にも苦労はしなかった。言われてみれば、アサガオも、蚊も、スイカも、夏を限りに消えるさだめのものたちだ。
彼らは秋の豊かさを知らない。退屈を紛らわすためにハロウィンのことを語ったら、大喜びして聞いてくれた。ブドウの紫の濃さも、カボチャの宿す鮮やかな橙も知らぬものたちは、愚かで、ほんの少しだけ愛しかった。
何のことはない。夏の怪物たちは、秋を見てみたかっただけなのだ。
縁が結ばれたとして、友情などは要らなかった。そこに、夏を超えたいものと、秋の実りを知るものが揃った。利害は一致していた。だから、バルビレッジは彼らの欲望を止めず、己の力を磨くために邁進した。
(どうせロクでもない連中が、俺を殺しに来る。俺だけじゃない。俺の築いてきた全て、俺の農園も、全部ぶっ潰しに来る)
それが、今のこのありさまだ。今に、怒れる冒険者たちは殺到するだろう。己の『間違った』行いを『ただしてやろう』と。『同じ退屈な』面をして。そう思うと、バルビレッジは無性に腹が立った。
「ふざけるなよ、雑草ども」
彼は呟き、拳を握る。我欲のために生きてきた。そのことに後悔はない。あとは、それが『通る』かどうかだけの話なのだ。
「ここは俺の農園だ。俺が刈り取り、俺が選定する」
永遠に終わらない夏の向こうを睨んで、バルビレッジはそう言い、踵を返して遺跡のより深くへと入っていった。夜は更け、やがて朝が来るだろう。天気の悪い日の朝焼けは、とびきり綺麗だ。バルビレッジに、冒険者たちにそんな日の目を見せる気はなかった。
◆
バルビレッジはNPCではなく冒険者かもしれない。それが、夜に船を漕ぐフォーカードたちの結論だった。レンダリルが吐いてぐったりと船縁に寄りかかっている以外は、不気味なほど上手くいっていた。朝焼けより早く、冒険者たちの進軍は行われていた。
「きょ、虚弱~……」
「急ピッチで回復作業してたからね、仕方ないかも」
ヴィクトールとエゴが心配そうに彼を見る。一方で、シオリはオールを手に、船の先に見える孤島を見据えていた。
作戦としては、こうである。まず、〈サマー・フェスタ〉装備を排出できるイベントの機械を船に乗せ、フォーカードが少数で乗り込む。次に、装備を取り上げられた現地の冒険者たちを探し、〈サマー・フェスタ〉装備を配布、連携を取って反旗を翻す。現地の冒険者たちが首を縦に振ってくれるかは分からなかったが、少なくとも、この騒動を終わらせるには、フォーカードだけでは無理だとシオリは思っている。何せ、相手はイベント装備なしでは倒せないモンスターを従えた〈冒険者〉である。規模から考えて、ボスエネミーも一人ではないだろう。シオリはただ、少しずつ始まる反逆の機会に、静かに胸中を燃やしていた。
「あそこに付けるよ」
海面を這うようにして、小舟は小さな砂浜に辿り着いた。四人はゆっくりと船を下り、件のガチャマシーンを引っ張り出す。これもアルヴの遺産という扱いなのか、自律して移動する様が何だか珍妙だ。
「いる、あそこ」
草むらに皆を誘導しながら、エゴが一点を指差す。そこには、割れたスイカ頭のスケルトンやら、精霊馬と思しきウリ科の生命体やらが、うろうろと索敵を行っている。四人は藪の中から、それらの動きを確認する。名前は、スイカスケルトン以外は〈人食い草〉や〈死血花〉など、フォーカードの誰かしらが見た事のあるものばかりだった。
「うわ、スイカだけじゃないのか」
「でも名前は知ってるモブのままだね。あのきゅうりの馬は〈人食い草〉だよ。外見だけ、かな。データはどうだろう?」
興味津々の様子で、エゴがモンスターを眺めている。シオリは、彼女が飛び出して行かないように、率先してヴィクトールが様子を見ていると気が付いた。彼らも彼らで、二階の時に何かあったらしい。
「ダリル、行けそう?」
「心配無用だ。だいぶ良くなってきた」
船酔いもだいぶ治まってきたレンダリルが、手をシオリに向けて大丈夫だと告げる。それではとシオリが少しずつ藪の中を先導しようと、軽く手招きをする。その時に、ふと、想定外の方から声が掛かった。
「おい、おーい、あんたら! 酔っ払いオオトラ亭にいただろ! 無事だったか!」
聞き覚えのある声で、フォーカードの面々を呼ぶ者がいた。はっとしてシオリがそちらを見るが、まだ正体が分からない。何度かきょろきょろして、ほんの少し目線を下にして、初めてそれが誰かを認識した。それは、酔っ払いオオトラ亭で事情を話してくれたドワーフ、センコウだった。
「センコウ!」
「よう……お互い災難だったな」
苦笑いして寄ってくるセンコウは、もう身体じゅうぼろぼろの泥まみれだった。武器もないことから、シオリはすぐに彼がスイカスケルトンのリスキルに遭い、ここに放り込まれたと悟った。素早くレンダリルに目配せをして、彼の治療に当たらせる。その横から、エゴとヴィクトールがひょいと身を乗り出した。
「あんた、あん時の! 無事だったのか……」
「でも、あのスイカスケルトンにやられたんでしょ? 大丈夫?」
「ああ、でも、隙を見て逃げてきた……まさか、こんなところで小さな身体が役に立つなんてな」
センコウは軽く腕をさすって、苦笑いとは違う、困ったような笑みを見せた。アイデンティティを――本来に近い姿を取り戻したくてここに来たセンコウからすれば、ドワーフの身体が助けてくれるなど夢にも思っていなかったのだろう。傷が癒えると、やっと、彼はほっと息をついた。ヴィクトールは声を抑えて、彼に問いかける。
「こっちで何があったんだ? なぁ、逃げ出してきたって、どっちからだ?」
「ああ、何から話そうな」
急いた様子のヴィクトールを見て、センコウはひとまずと、フォーカードが来た浜辺へと移動を始める。一行は、そっと彼の後ろをついていきながら、彼の呟くような声に耳を傾ける。
「モンスターたちが、あの時に居合わせた冒険者をとっ捕まえてるのは知ってるだろ?」
「ああ。みんな、こっちに船で運ばれてきたんだろう?」
「そう。捕まえられて、縛られて、あれから俺たちは――」
シオリがそう相槌を打って、遠くに見える、今はがらんどうの船に目を細くする。センコウは力強く頷き、立ち止まって、こちらへと視線を向ける。
「畑仕事をさせられていたんだ」
「は?」
行為として理解はできるが、いざ言語として発されると飲み込むのが難しいケースもある。ヴィクトールはついそう聞き返して、すぐに「あ、ごめん」と謝った。センコウも「わかるぜ」といった風で、何度もゆっくり頷く。
「攫われて畑仕事させられてたなんて、オレだってわかんねえもんよ……だが、実際にそうだった。俺たちは、今までひたすら地面を耕し、指示されるままに畑に種を、水を、肥料を撒いた。で、収穫物は、この島の中央にある遺跡に回収されている」
「十中八九、スイカだよね」
シオリは唸った。エゴも、うんと頷いて、手持ち無沙汰に手を後ろに回しながらセンコウを見やる。
「こっちで君みたいに脱出できた人はいる?」
「いや、いたとしても連携が取れてねえ。何せ、おっと」
センコウの言葉が遮られたのは、島全体を揺らす地響きがあったからだ。遠くから巨大なスピーカーで太鼓の音を聞かせたような、ずっしりと重たい振動がシオリたちの骨を伝った。
「こんな風に、しょっちゅう地響きがする。よしんば逃げられたとしても、〈サマー・フェスタ〉装備がない以上、俺たちには嫌になるまで野菜どもにボコボコにされるか、大人しく農作業するかの二択しかない。さすがに、ここからリスキル地獄をもう一回なんて物好きは、いない」
休みなく働かされていたのは言うまでもない。シオリは、センコウのくたびれた様子を見て、他の冒険者たちにも思いを馳せた。今頃、スイカスケルトンの材料は、どんどん集められているに違いないと。エゴもそう思っているようで、シオリの隣から質問を投げかける。
「さっき、きゅうりの馬みたいなのがいたよね。あれも、最初からいた?」
「いや、最初にはいなかった。ただ、オレが脱走した時にはいたな」
「つまり、品種改良の真っ最中と見ていいかな……」
シオリはそう結論を出した。エゴも、それに同意を示す。つまり、スイカスケルトンは比較的そのままのイベントモンスターで、精霊馬は何かしら改良を加えて新たに産出されたモンスターなのだ。
「や、やばそう……」
ヴィクトールの呟きを否定するものは誰もいない。レンダリルも、森の真ん中にぴょんと突き出た遺跡の尖塔を見て、苦笑した。
「ところであんたら、その格好はもしかして〈サマー・フェスタ〉装備かい?」
「うん。持ってきたよ。あっち」
フォーカードのいでたちをセンコウは、そう問いかけた。それにはすぐエゴが応えて、いそいそと藪の中を移動し始める。浜辺はもう目と鼻の先だ。モンスターに会う事もなく、五名は無事に浜へ戻ることができた。出迎えるのは、船から出て砂場に佇む、あの銀色のガチャマシーンだ。
「これ? 本当に?」
「本当本当」
エゴに押され、さすがにセンコウも戸惑ったようだったが、背に腹は代えられないと、ガチャを回す。ほどなくして、軽い音と共に出てきた装備を彼は身に纏った。無事、浴衣が出てきたようで、彼も真新しい衣服に「おお」と歓喜の声を上げている。
「浴衣か、悪くないな?」
「着ぐるみは?」
「着ぐるみはちょっと……」
かっこいいのにとぼやくのはヴィクトールばかりである。
「センコウ殿、ちょっと頼みがあるんだがね」
とはいえ、衣装に喜んでいる間も惜しい。それを分かってくれたのか、レンダリルが作戦を切り出した。それを聞いていたセンコウは、手頃な枝で浜辺に絵を描き始める。それは、島全体の大まかな地図だった。彼はいくつかの区画を記して、枝の先端でそこをつつく。
「オレはもちろん乗るが、冒険者は一箇所に集められてるわけじゃない」
「別々に離れて農作業をさせられているわけだね?」
「そうだ。でもって、材料のことで察してるかもしれないが、あっちもあっちで何か考えがあるらしい。時間が経てば、ロクなことにならないだろうさ」
シオリは固く頷いた。先ほどの遠雷のような音が、無関係だとは到底思えない。問題を起こした側は、この状況を時間稼ぎにして何かを企んでいる。つまり、時間を掛ければ掛けるほど、こちらに不利な『切り札』が出されるかもしれないということだ。
「それを貸してくれるなら、急いで配ってくるぜ」
センコウの指差す先にはガチャマシーンがあった。ひどい目にあってなお前に出る。そんな彼に、ヴィクトールはそっと呼びかける。
「逃げてもいいんだぞ?」
「ここまでされて逃げる奴に冒険者なんているかよ」
「じゃあ、決まり。センコウがみんなに〈サマー・フェスタ〉装備を配っている間に、僕らが真ん中の遺跡に行って、状況を把握……可能なら、諸悪の根源を撃破する。そして――」
「おーいぃ、待ってくれぇ!」
そこまでエゴが言ったところで、不意に別の方から声がした。シオリが何だろうと、声のした海辺の方を見る。見て見れば、ぼろの小舟で一生懸命漕いでくる、見慣れない冒険者二人の姿があった。もっとも、それはシオリが知らないだけで、ヴィクトールとエゴには縁のある冒険者だったのだけれども。
「あ! お前等! 逃げたんじゃなかったのか!」
「バカ野郎、ガキに死ねって言われて逃げられるかよ!」
「そうだそうだ!」
到着したのは、あの時に二階でやりあった冒険者たちだった。彼らは怯えながらも、逃げずに立ち向かう選択肢を取ってくれたのだ。彼らは浜につくなり、海辺に飛び出して、急いでシオリたちのところへ合流する。
「彼らは?」
「ん、ちょっとした知り合い」
エゴは小さく笑んでそう言うだけだったけれども、シオリだって猫の手を借りたい状態なのは違いなかった。なので、彼女は深くは問わなかった。同じギルドだからって、同じ人間関係とは限らないなんて、もう分かりきったことだったから。まして、彼らも、自分たちにできることはないかないかと追いかけてきてくれたのだ。追い返す理由はどこにもない。
「そう、蓋を開けたらレイドだった時が一番怖いしね」
言いかけたことを言い切って、エゴは空を仰いだ。この場の全員が、ひりつき始めた空気に覚悟を決める。最悪の場合、レベルも装備もばらばらの面々でレイドに挑まねばならないかもしれないのだ。迅速に、しかし慎重に、夏祭りがこれ以上の馬鹿騒ぎにならないよう立ち回らねばならないのだと、誰もが分かっていた。
「それでは、頼みたいことがあるんだがね――」
レンダリルが首肯して、素早く割り振りを開始する。その間にも、再び地鳴りが空気まで揺らす。〈サマー・フェスタ〉装備の配布はセンコウと冒険者たちに任せて、フォーカードは敵陣の真っ只中である、廃墟を探索すると名乗りを上げた。
「よし。それでは、『農民一揆』と行こうじゃないか」
決戦前の最後の探索が、今、かすかな藪を揺らす音と共に始まった。




