<キープザチーム>
◆
「イシシッ! いいねいいね、死合いか。実にドラマティックでスリリング、サマー・フェスタのイベントマッチにうってつけだ」
エゴとヴィクトールが冒険者たちと衝突した頃、イディズとシオリたちもまた、戦闘を開始した。シオリは〈武士の挑戦〉を宣言し、ヘイトを引き受ける。その後方では、レンダリルがマイコニドを呼び寄せつつ〈ハートビートヒーリング〉をシオリに掛けて、いつもの布陣を敷いている。エゴの置き土産の〈ヘイスト〉の効果は上々だ。
イディズも初めて己の細身の剣に手を掛け、背中の薄い羽を小刻みに羽ばたかせた。
「そんじゃ、見せちゃうぜ――まずは、〈品定め〉だッ!」
刹那、蚊の飛び交うような不快な音が、何重にも反響されて一階の酒場を満たした。
「うぐっ!?」
違和感を訴えてうめきを漏らしたのは、シオリではなくレンダリルだった。はっとして振り返れば、彼の身体に〈ソーンバインドホステージ〉のような光の棘が絡みついている。彼のステータス画面には、〈追撃〉のデバフがはっきり映っている。シオリは舌打ちして、イディズに肉薄する。
「まさか、後ろにいる奴がいつも無事だと思ってるほど、新米じゃねえよなァ!」
イディズも加速して、シオリに鍔迫り合いを仕掛けてきた。狙った位置からわずかにずれて、彼女の大太刀の勢いが削がれる。いかにも蚊をモチーフとしたモンスターらしい、嫌な軌道がシオリの双眸に映った。
「あいにく、訓練は地味にやってるんでねっ! 〈フォルトレスヒット〉!」
シオリは日々の修練で身につけた新しいスキルを唱えた。〈フォルトレスヒット〉は自身に掛ける命中上昇バフだ。どんな攻撃だって、当たらなければ意味はない。ただでさえ搦め手が多い〈フォーカード〉において、それらのトリガーともなる攻撃の無駄打ちは許されない。シオリの選択は、堅実だった。
「〈飯綱斬り〉!!」
セルデシアに降り立ってから、何度この技に救われたか分からない。いっそぎざぎざとしたレイピアの切っ先ごと折ってしまうほどの膂力をもって、シオリは飯綱斬りを発動した。ダメージは入らない。だが、意味はある。鍔迫り合いのバランスが一気に崩れ、弾かれたイディズがバランスを崩す。だが、イディズはふわふわと自分の身体を浮かせて、衝撃を殺す。彼は飛び掛かってきた時とは比べものにならないほど、ゆるやかに羽ばたいて後方へ着地した。
シオリは歯噛みした。いつだってそうだ。確かに自分がラストアタックを決めることが多い。だが、それは仲間たちの力があってこそだ。自分一人で決めるには、タンクでは力が弱いということも承知している。それでも、このもう一歩が届かない時が、彼女にとって一番口惜しい瞬間だった。ギミックが邪魔をしているなら、なおのことだ。
「いい太刀筋だ。相手がオレじゃなきゃなぁ!」
イディズの攻撃は刺突だ。絶対に抉られてはならない点の攻撃。それを意識して、シオリは彼の攻撃をしのぐ。身を捻ることもあれば、大太刀で受け止める時もある。この瞬間でさえ、イディズのぎざぎざとしたレイピアの先端から、得体の知れない汁が滴っている。これが回復薬だと思うほど、彼女も脳天気ではない。
(おそらくデバフつき――食らわないにこしたことはない!)
わざと大振りに大太刀を振るって、イディズの追撃を振り払う。突剣から滴る液体にも触れぬよう、シオリは一気に踏み込んで間合いに再突入する。蚊の怪人の凶悪な笑みにも、今の彼女は怯まない。
「そんじゃ、どんどん行くぜ!」
防戦気味だったイディズが急に姿勢を前傾に変える。シオリには、臓腑を突き通すほどまっすぐ突っ込んでくるであろう、その軌道が読める。背後を見る。レンダリルも射線から離れている。大丈夫だ。シオリは力に逆らわず、受け流す構えを取る。
「これがオレ様の真骨頂よ! 〈イッチー・ストライク〉ゥゥゥ!!」
技の発動と共に、イディズの姿が掻き消える。それと同時に、予想通り直線の衝撃波が走り抜ける。〈ムーンライトヴェール〉を展開し、シオリはその攻撃を引き受けた。
彼女は刃から伝わる違和感にすぐ気が付いた。彼女のステータスに〈衰弱〉のデバフが音を立てて入り込む。だが、彼女が嫌だと思ったのは、そこではない。微量な衰弱など、むしろ『それ』に比べればさしたる被害ではない。
(こいつっ! 〈衰弱〉だけじゃ飽き足らずヘイトまで減らしてくるのか!!)
シオリは自分がかき集めたヘイトゲージが下がるのを感じていたのだ。武士はタンクだ。だけれども、敵視を維持するのが比較的難しいタンクだ。それを、イディズは分かっているかのように、敵視減らしという搦め手で狙ってきている。余裕ができていたはずのレンダリルとのヘイトの差が一気に縮まる。
タンクが倒れたとして、攻め手が倒れたとして、ヒーラーが諦めなければ建て直すチャンスはある。これを言い換えれば、実に簡潔な答えが出る。ヒーラーを蘇生させる手立てを失いきった時、パーティーは死ぬのだ。敵を殲滅できても次がない。全体攻撃で、ピンポイントの強攻撃で、消耗し続けて、死ぬ!
「あんたら〈冒険者〉のセオリーってのを、〈ボス〉のオレが分かってないとでも思ったかい?」
口吻の下で舌なめずりをしながら斬りかかってきたイディズに、シオリは怒りの眼差しを向けようとした。しかし、彼女は二撃目を耐えた直後、ほんの一瞬だけイディズの姿を見失った。
「っ……!!」
声なき悲鳴がシオリの喉を通り抜けた。1ミリにも満たぬであろうヘイトの数値の差。それが、今の二つで削り切られたのだと気付いた時、イディズの姿は光の茨に縛られたレンダリルの側にあった。もはや零距離に等しい。シオリは床を蹴って、一刻も早くイディズを追い払おうと吼える。だが間に合わない。イディズはもう身構えて、スキル宣言をしてしまう。
「おらおら、引っ張り出してやったぜ、ヒーラーッ!! 出し惜しみナシのショータイムだ――〈イッチー・ストライク〉ッ!!」
また目の前でやられる。シオリの中で、言い知れぬ恐怖が駆け抜けた。衝撃波をまともに食らったレンダリルは、悲鳴を上げることすらできず、腕を交差させたまま喉に息を詰めた。くの字に折れた痩躯が飛ぶ。ブーツの裏が床から浮き上がる。そのまま、光の茨が炸裂し、追撃の追加ダメージがめり込む。彼の元より少ないHPが、真っ赤になるまで減少する。その残り数値は、たったの5だ。その5も、〈衰弱〉で削り取られるだろう。オオトラ亭のテーブルごと吹っ飛んで、彼は背中から柱に叩き付けられる。
「っが――」
「ダリル!!」
いかにセルデシアの冒険者の痛覚が鈍いとはいえ、満タンから一桁まで削り取られたのだ。満足に息ができなさそうな彼を見て、シオリは胸を痛めた。けれど、レンダリルは手を僅かに動かした。悶え苦しむより、叫ぶより先に、彼は〈キュアブルーム〉で自らの衰弱を剥いだ。それから、やっと苦笑いをシオリに見せたのだ。
「はっ……はは、いやはや、こんなのを、毎度シオリに受けて貰っているのだ……頭が上がらんね」
「おーっと、思ったよりタフだな……っと、じゃ、死んでもらうぜ!」
イディズが意外そうな声を上げて、レイピアでトドメを刺そうとする。が、シオリが「させない!」と叫んで、割って入ってヘイトトップを奪い取る。不規則なその軌道を見ながら、彼女はイディズを食い止めることに専心する。レンダリルはシオリの視界の端でずるずると柱を背もたれにして、どうにか身を起こす。ふらつきながら、口から血を零しながら、うっすらと柔く、慈悲深く笑う。
「何、私は仲間を信じているとも。エゴも、ヴィクトールも、シオリも、今、この瞬間だって、みんなベストを尽くしている。なればこそ、私が真っ先に諦めるわけにはいかんのだよ」
「大人だしな」と、彼はシリアスな声で冗談のように付け足した。それはきっと、大人というより癒し手としての矜持だった。シオリがタンクとしての誇りを持つように、彼は最後列で皆を支えようとしている。HPの話だけではない。彼は、フォーカードの心を支えるヒーラーなのだ。時にステータスに関係ない、士気さえ持ち直してくれる。シオリは、それを見せつけられた心地がした。
ヒーラーは守られるだけの立場ではない。誰より死地に近い場所で、誰より長い忍耐を求められる境界線の番人なのだ。それを、自分は一瞬だけ忘れていたのだとシオリは恥じた。武士は、後ろに誰かいて初めて武士足りうるのだ。守る、守られるだけではないのだと。つい熱が入ると忘れてしまうと苦笑いしてしまった。
「何千回でも引き裂いてみせるがいい。私は『しぶとい』ぞ!」
だから、レンダリルの渾身の叫びはシオリの叫びでもあった。ふみだすゆうきがシオリに満ちた。しんじるこころが彼女の背を押した。痛いのも怖いのも嫌いだけど、彼女は狼牙の武士で在り続けられるのだ。シオリは、イディズの喉元に食らいつくように、大太刀を収め、居合いの構えを取った。
「盛り上がってきたじゃないか。よ~し、そんじゃ、もう一発キメていくぜいくぜェェッ!」
イディズが再び〈品定め〉を行おうとした、その時。階段を駆け下りてくる、荒々しい足音が聞こえた。
「うおおおおお! 退け退け退けぇ!!」
「ヴィクトー……ル?」
その声に聞き覚えがないはずがない。シオリも、レンダリルも、その心強い声に顔を上げた。だが、そこにあるはずの輪郭は、どうにもヴィクトールではない。
「うちにあんなのいたっけ!?」
シオリが悲鳴を上げる。階段を駆け下りてきたのは派手な色合いのカメレオンの着ぐるみだった。ところどころに施されたラメ生地が目に痛く、歩く度に動眼ががちゃがちゃ音を鳴らして右に行ったり左に行ったりして、焦点の定まっていない感じである。それが今、階段を駆け下りて、イディズに向き合ってギターを鈍器代わりに構えている。
「残念だったな、ガガンボ野郎……俺たちは簡単にやられたりしないんだよッ! なんだてめーっ! 笑ってるんじゃねえっ!」
巨大な剣を半歩引いて構えるかのごときカッコイイポーズを目にして、シオリとレンダリルはしばらく固まった。イディズといえば、その異様ないでたちに馬鹿笑いをしている。
「シオリ、レンダリル。間に合ったよ、これ!」
その後方からエゴの声と同時に、二つのきらきらとしたアイテムエフェクトが投擲される。シオリはそれを装備を手にして、即座に『装備』した。ぱっと輝くエフェクトに包まれれば、彼女の見た目が変化する。
「……カメレオンになってない?」
「うん。大丈夫、似合ってる」
自分の背中に回り込んで飛び込んできたエゴに、シオリは問いかける。彼女が着るのは黒地の裾に赤い火花の模様が付いた浴衣だ。大太刀が一層映えるが、それをシオリ自身は気付けない。エゴが嬉しそうに呟いて、初めて笑みを見せた。
一方のエゴは、幻影武器のメロンを手に、真夏の白いパレオを纏っている。どうやら、〈サマー・フェスタ〉装備はいくつかあるらしい。あのカメレオンの着ぐるみは、間違いなくネタ枠だ。
「意地になってないかね、若人。浴衣のがかっこいいぞ。変わってもいいんだぞ」
「カメレオンもかっこいいだろうがッ」
「君がいいんならいいんだがね!? ま、まあ、ともかくだ……ごほん」
カメレオン姿のヴィクトールにすごまれたレンダリルも、受け取った〈サマー・フェスタ〉装備を身につける。彼はシオリと同じエフェクトの後、緑をベースにした掠れたストライプの浴衣に姿を変える。下駄の履き心地を確かめ、どこからともなく扇子を取り出し、ぱっと広げて口元を覆って咳払いをする。その扇子を鳴らして閉じ、彼はその先端をイディズに差し向けた。
「諸君ッ! まずは害虫駆除といこうじゃないか!!」
アンダーリムの眼鏡が光る号令に〈ギルド:フォーカード〉は、いよいよもっていつも通りに陣を敷き、いつも通りの戦いを開始した。
「いやぁ、最ッ高! オレ、今すっごい楽しいぜ! あんたらを一番の客にしてよかった!」
「そうかい? 何せ、私らはおんなじ手札のおんなじ四枚だ。一人でも欠けちゃ、成り立たないのさ」
喜色満面で牙を剥くイディズに、シオリは居合いの構えを取ったまま、じりじりと間合いを詰める。そのすぐ後ろで、エゴが魔法のタイミングを伺っている。そうして、鏑矢の代わりに蚊の羽根が擦れる音が響くと、また状況は動き出した。
「やれやれ。揃っちまったんなら、こっちも残りカードは全部切らねえとな!」
イディズは両腕を広げて、一層羽根をかき鳴らす。不快な蚊の音を何重にも重ねたその地獄のハーモニーが、フォーカード全員の身体を揺らす。
「これぞイディズ様の究極最強最悪絶望の贈り物!! 〈M. I. R〉!!だ!!」
「スキル名嫌すぎるだろ!」
『部屋の中に蚊がいる』。そんな絶望のタイトルがついたスキルを、ヴィクトールはギターをかき鳴らして即座に抵抗する。
(レンダリルはこっちの維持で限界だ。〈自己蘇生〉を持ってるだろうけど、死なせたくないっていうのが私のエゴなら――)
即座にシオリは向きを変えて、レンダリルを守る位置に立ち、飛んでくるエフェクトを叩き斬る。
「〈叢雲の太刀〉!!」
全員に羽音が行き渡り、エフェクトが弾ける。抵抗できなかったエゴとシオリについたのは〈衰弱〉のデバフだ。しかも書かれた数値は相当に大きい。容赦なく張り付く大ダメージのデバフに、スキル宣言をした後、シオリは頬を引きつらせる。
「つくづくタンク泣かせのエネミーだな!」
「蚊は引き付けただけじゃ倒せないのは当たり前だろ? イシシシッ!!」
〈再行動〉を行使したイディズが踏み込む。毒液垂れる細剣を細やかに振るって、シオリの急所を抉ろうと襲いかかる。衰弱のおまけがついた強烈な〈イッチー・ストライク〉の衝撃を受け止めて、HPを減らしながら牙を剥く。稼いだヘイトが端から削られる。後ろで戦線を維持しているレンダリルが額に汗を浮かべている。
「レンダリル、〈キュアブルーム〉のリキャストは……」
「春を待つオスタラの貴婦人よ、慈悲深きあなたの――」
焦ったヴィクトールがレンダリルを見るが、詠唱のキーワードを見抜いて「五秒弱!」と呟いて、すぐにイディズへ視線を戻す。予想通りの速度で魔法が届いて、シオリの〈衰弱〉が解除される。戦線は、完璧に維持されている。けれど、再びシオリとレンダリルのヘイトゲージが競り合い始める。
「ほらほら、どうした! また後ろのヒョロガリに飛び掛かっちまうぜ」
「いや、心配無用だ。さっきはちょーっとびっくりしたがっ、私とて策を持ってきていないわけではない! 例えば、〈パシフィケーション〉だとか……」
(あ、やっぱりさっきのヘイトトップはびっくりしたんだ)
シオリはヘイトを下げる魔術を唱えた彼の方へ目を向けなかった。だから、宣言と、自分の背中から渦を為すように吹いた追い風を見るだけだ。舞い散る緑の木の葉が過ぎ去れば、ヘイト順位が正しく並ぶのを視認できる。ヘイトアンダー最下位まで逃げれば、イディズはなるほどねとにやつく。
「〈カムフラージュリーフ〉とかな!」
「ってなわけで、死んでもらうぜ!」
追い風に背を押されたヴィクトールが、ギターを構えてイディズを脳天から張り倒そうとギターを振り下ろす。
「〈囚われた獅子のダージュ〉ッ!!」
十八番のダージュが音の波を立てて、イディズに直撃する。だが、それでもイディズはまだ倒れない。レイピアを軽く振るって、ヴィクトールを牽制する。その後ろから、いつの間にか移動したエゴが、人差し指を向ける。
「〈アストラルヒュプノ〉からの……〈パルスブリット〉!」
「うおっ……!?」
さすがのイディズも、エゴの渾身の魔法からは逃れられなかったらしい。そのステータスバーに、〈放心〉と〈重篤〉が表示され、背中から羽根を狙うように光の球をぶつけられている。ついに、イディズがよろける。その一瞬を、シオリは見逃さなかった。それを正面に捉え、息を吐いて、〈フォルトレスヒット〉を唱え、居合いの構えを取る。ヴィクトールがそれに合わせてギターをかき鳴らし、叫ぶ。
「アンコールだ! やっちまえ、シオリ! 〈マエストロエコー〉!」
「〈飯綱斬り〉ィッ!!」
衝撃波を伴う抜刀の一撃。渾身のそれがイディズの腹に叩き込まれる。鎧を通して意外と柔い腹の感触があった。
「ごあぁぁっ!!」
正真正銘、演技なしのイディズの悲鳴が轟く。〈マエストロエコー〉が乗った強烈な一振りで、あと少しのところまで追い詰める。再び躍り出たヴィクトールは、もはやヤケクソでギターを振り下ろす。元より火力の低いこのメンバーは、全員が死力を尽くさねば勝てはしないと、彼らはもう知っている。
シダーウッドを纏った〈キュアブルーム〉の風が、衰弱のデバフを拭い去り、追い風となる。
「チッ、こんなちゃちなデバフで動きが鈍るんじゃ、蚊の名折れだぜ……ぐあっ!?」
イディズのHPはあとわずか。彼はデバフを解除する動きに入る。だが、それを許さないものがいる。光輝く竹槍が、その身体を刺し貫き、解除したデバフを容赦なく張り直す。さっきと変わらぬ位置で、まるで防御の姿勢を見せないエゴが、親切心のような笑みでイディズを指差している。
「それ、通ると思った? その甘さ。嫌いじゃないけど……〈ネイリングカース〉もあげる」
「こ、の……ガキ……!!」
幻影武器に串刺しにされたまま、イディズがエゴを睨む。牙を剥いた笑みを見せるが、エゴは分かっていてその場を動かない。なぜなら、ヘイトトップはシオリのものだからだ。彼女はただただ指を差し向けて、付与術師の凶悪なそれを唱えるだけだ。
「悪趣味な夏祭りもおしまいだよ。〈ソーンバインドホステージ〉」
「げっ……イシシッ、ならば!」
今の今までデバフを塗り続けたイディズの身体に、光の茨がまとわりついた。それでもなお、それは降参の意志を示さない。死亡ギリギリの位置から〈イッチー・ストライク〉をシオリにぶつけようとする。
「一度受けた技を、通すと思うなぁぁぁッ!」
狼の咆哮を上げ、シオリは〈刹那の見切り〉を宣言した。ダメージを極限まで防ぎ、タンクとしての役目をまっとうする。だが、一手足りない。イディズの攻撃を防ぎきったシオリは、まだリキャストタイムの最中だ。エゴも攻撃をしたばかりだ。ヴィクトールもバフの維持で動けない。イディズの口元に、勝ったという笑みが見えた。
だが、光の茨を砕き、炸裂させたのは、武士の抜刀でも、吟遊詩人の歌でも、付与術師の魔法でもなかった。
ひゅんとしなる音を鳴らして飛んで来たのは、鞭の――癒し手の〈通常攻撃〉だった。
「あがっ……!? あががががぁぁっ!?」
さすがに通常攻撃で殴られるとは思っていなかったのだろう。イディズは間抜けな声を出した。もちろん、攻撃は攻撃だ。それすなわち、エゴが仕掛けた〈追撃〉が起動するということだ。がんじがらめになった光の茨が音を立てて弾けると、イディズの最後のHPが削りきられる。その下品に輝く鎧が砕け、蚊の口のようなレイピアが宙を舞う。シオリは大太刀を構えたまま、それが動き出さないかだけに意識を向ける。
「我々の火力は低い。そんなこと、私も百も承知だとも!」
風を切って、鞭の先端がレンダリルの手元に戻る。彼は、ギルドマスターらしく堂々と立っていた。
「っは、まさかヒーラーの通常攻撃でブッ飛ばされるなんざ、いくらなんでもシブすぎだろ……!」
光の粒子が溢れ始める。イディズは死ぬ。それは確信となって、シオリをその場に踏みとどまらせた。これから死にゆくボスエネミーは、膝をつき、しかし、笑っていた。
「だけどな、オレが死んだところで痛くもかゆくもねえぜ! 計画ってのはまだまだ続くのさ!」
「あっ、こら! 情報ぐらい落とせよ!」
ヴィクトールがギターを持ったまま、前に一歩踏み出すと、イディズはにぃっと最期の笑みを見せた。心から祭りを楽しんだものだけがする、最高の笑みだ。
「どうしてもってんなら、『バルビレッジ』を探しな……へへっ、あばよ! 最高の夏祭りを過ごしなッ、冒険者!!」
その捨て台詞をもって、イディズは光の粒子として消滅した。ボスエネミー特有のちょっとだけ派手な死亡エフェクト。手向けの花は、それだけだ。
あとは漁村の中の雨が止んで、曇天に戻る。それが、漁村の支配が弱まった証拠だった。
「……はぁ」
シオリは詰めていた息を吐いて、大太刀を拾い上げた。イディズのいたところには、あのぎざぎざのレイピアが刺さっている。手にしてみれば、それは〈突剣モスキートバイト〉と、ドロップ品であることをステータス画面で名乗っている。それがイディズからの返礼と思えば、何とも彼女は奇妙な思いを抱えた。
フォーカードは、『中ボス』を撃破した。その事実が胸の中に広がるまで、フォーカードの四名は、しばし佇んだ。




