<ディスカード>
シオリとレンダリルに見送られ、エゴとヴィクトールは二階に転がり込んだ。握っていた手を離し、ヴィクトールは楽器片手に静かな二階を見回す。彼の瞳に、異質なものが映るのにそう時間は掛からない。
「うわ……あれか。よし、回収しようぜ」
開かれた扉の向こう、現代日本からすればカプセルトイが出てくるような大柄の機械が鎮座している。セルデシアでは明らかに異物なかたちを見て、ヴィクトールは前進しようとした。だが、しなかった。無様にもスイカの皮を頭に被った冒険者が二人、剣を引き抜いて扉の方からこちらを見ていたからだ。
(やっぱそうだよな。オレはって言ってたから怪しいって思ってたんだよ)
イディズは『オレは』と言っていた。だから、イディズ以外が妨害をしても、彼は嘘をついたことにはならない。ヴィクトールは舌打ちして、冒険者たちを睨んだ。階下では、もう戦闘の音が聞こえている。今更おめおめと戻る理由もない。
「悪いがここを通すわけにはいかねえぜ!」
「君たち、モンスターに媚びて恥ずかしくないの?」
「うるせえっ! 負けてひどい目に遭うぐらいなら、冒険者を裏切って甘い汁啜った方がいいだろうが!」
エゴの指摘にも、冒険者たちはにやつきを引っ込めることはない。それどころか、上がってきたのが両方とも子どもだと知れば、勢いづいているようにさえ見えた。
「スイカだけにな!!」
冒険者の片割れがそう叫び、早速距離を詰めてくる。
「お前等のギャグにはうんざりだ! 退け!!」
ヴィクトールも新調した楽器を手に、〈プレリュード〉を演奏しながら、自分も攻撃に移ろうとする。だが、それより早く冒険者の片割れの顔面に飛んだのは、光るメロンの玉だった。剛速球で突如飛んで来たそれは、冒険者の顔を真正面から捕まえて、現実世界ではあってはならない角度で吹っ飛ばす。
「ぐえ?!」
何が起きたか分かっていない冒険者の側を、メロンが転がって光の粒子となって消えていく。ぎょっとしたヴィクトールが隣を見てみれば、淡くきらめくメロンを抱えたエゴが何食わぬ顔で立っている。彼女は指先でくるくるとそれを回しながら、小首を傾げる。
「〈エイドロン・スタイル〉を見るのは初めて?」
〈エイドロン・スタイル〉。それは非力な付与術師が、自らの魔力で構築した幻影武器を纏う戦闘スタイルだ。〈パルスブリット〉はもちろん、デバフを強化する〈ネイリングカース〉と組み合わせれば、状態異常解除の阻止にも使える。完全封殺を好む、エゴらしい凶悪な戦法だ。現に、冒険者の片割れはまともに食らって起き上がれていない。
ヴィクトールはすっかり忘れていたのだ。エゴも、成長しているのだということを。
「そっか。じゃあ、君たち大したことないね」
「こ、このガキっ!!」
逆上したもう一人の冒険者がエゴに刃を振り上げた。でも、ヴィクトールだって、もうスケルトンに怯えていた新米ではない。エゴと冒険者の間に割って入って、下から楽器を振り上げた。
「死なすッ! 〈囚われた獅子のダージュ〉!!」
「ぐあっ……!」
竪琴がそうしてきたように、ギターも彼のスキル宣言と共に吼えた。遠心力と〈冒険者〉の膂力や技巧が加わったそれは、迷いなく冒険者の顎をカチ上げる。顎から脳天に向けて、ぎゃんと楽器の咆哮と共に衝撃が抜け、もう一人の冒険者もたたらを踏む。HPゲージを見れば、攻撃手二人で押し切れば圧勝できるというのは、ヴィクトールにだって理解ができた。
「たかがガキ二人に、負けてたまるかよ!」
それでも冒険者たちは起き上がってくる。エゴは自分の周りに幻影武器をくるくると回しながら、退屈を紛らわせている。やがて彼女は、わざと幻影武器を両手で抱いて、顎をさする冒険者に問いかけた。
「ねえ、まだやる? 初撃で練度や実力の差は見えたはずだし、僕らとしても、君たちとしても、長丁場は損する一方だと思うけど」
「うるせえっ、今更おめおめと冒険者側に戻れるかよ!」
「そう? この混乱なら、誰も責めはしないと思うよ。現に、最初に到着したのは僕たちなんでしょ?」
珍しく、エゴが饒舌に呼びかけている。吟遊詩人のヴィクトールは武器を構えたまま、二者の間で待機する。彼女は相変わらず表情を見せず、ただ棒立ちで冒険者を眺めている。
冒険者たちも、一度は互いに目を合わせた。やるか、やらないか、その瞳が揺れている。
(相っ当、キツい追い回され方したんだろうな。よく見りゃ、どっちもずぶ濡れだ)
まじまじ相手を観察する余裕ができたヴィクトールは、彼らの濡れた服や鎧を確かめた。粗末なブーツは泥まみれで、スイカスケルトンにどのような目に遭わされて来たのか想像に難くない。先の話し方からして、彼らを手駒として引き入れた者がいるのは間違いない。ヴィクトールの頭は、そのボスの座にイディズを収めてはいなかった。
「なぁ、あんたら。俺たちは四人で来た。残り二人が下でボスと戦ってる。今、降参してくれるんなら、俺はあんたたちを追撃するような真似はしない」
「そうだね。僕も、説得に手を貸してあげる。今の妨害にも目をつむるよ」
「頭にスイカ被らなくても済むように手配するぜ。メロンの追撃もなしだ」
言うまでもない。エゴは冷静に、戦闘の頭数を増やそうとしている。ヴィクトールは冒険者をまっすぐ見据えたまま、ギター片手に吟遊詩人のよく通る声で説得を続けた。もちろん、それだけではない。エゴの胸元にひっそりしまわれたペンダントのことだって知っている。彼女の今の装備は人の心と心を寄り添いやすくする〈共感のペンダント〉だ。相手への説得は、データとしても保障されているというわけだ。
「でも、俺たちの罪を帳消しにしたとして、そこからどうしろってんだ。勝ち目があるのか?」
一歩たじろいだ冒険者が、剣を下げようとするが、完全に下げるまでは至らない。もう一人の冒険者も、剣を収めるか否かで迷っている。決定打が足りないと、ヴィクトールは肌で感じ取った。
「提案は二つあるよ」
エゴは淡々と告げて、奥に光る機械に視線を移す。
「一つはもちろん、そこの〈サマー・フェスタ〉装備を持って、一階に降りること」
「もう一つは?」
「〈サマー・フェスタ〉装備を持つまでは同じだよ」
冒険者がそう問うと、やはり、エゴは淡々と告げる。
「そして、そこにいる冒険者に〈とどめを刺す〉」
「……は?」
それを聞いたヴィクトールは、自分の背筋がすっと冷たくなるのを感じた。否、エゴの言っていることは分かるのだ。〈サマー・フェスタ〉装備があれば、外にいるスイカスケルトンたちに対処できるようになる。つまり、協力しながらも自由の身になれるということだ。だが、その強さの証明と自由へ至る最短ルートを、彼女は『デスポーンして暴れてきてもいいよ』と定めているのである。
今までエゴを見た目で侮っていた冒険者二人は、初めて彼女を恐れた。淡々と最高効率を要求してきた、同じ国の少女に。ヴィクトールも、きっと戦慄していた。
「勇気があるなら、君も自害していいよ?」
彼女は、不思議そうに首を傾げたまま、そう追い打ちをかけた。もしかしたら、ヴィクトールは初めてエゴの危うさというものに気付いたかもしれなかった。確かに、〈冒険者〉にとって死とはそこまで重いペナルティではない。だが、死とは。そんなに軽いものではないはずなのだ。例えセルデシアで何度も蘇ることのできる、自分たちであっても。自分の言っている『殺す』や『死なす』とは、明らかに違う『死なせる』が、目の前に提示されていた。
「エゴ、それ――」
マジで言ってるのかと。言葉は続かなかった。
「わ、分かった! 分かったから……おれたちが悪かったよ。この状況をひっくり返す覚悟もないのに聞いちまって……お前も、それでいいか?」
震える声で言ったのは、冒険者たちの方だった。彼はスイカをぶつけられた瀕死の冒険者を見て、震える声で問いかける。そして、その冒険者も、潤む目を伏せて頷こうとした。
「っ、それでいいのかよ」
ヴィクトールは、なけなしの勇気をもって踏み出した。彼らに死んでもらうのが、自分たちにとっても安全で、最高効率を出せるのは分かっていた。それでも、今のエゴの提案を通すのは間違っていると、顔を上げた。
「別に死ななくても、エリア移動ならできる! もうずぶ濡れだし、服がどうのとか言うわけでもないだろ!」
そうして、窓を指差した。外は相変わらずの雨模様だ。冒険者たちの悲鳴も、リスポーン地点からいよいよ聞こえなくなってきた。逃げ出したって、彼らは孤独なままだ。でも、それでも。
「死ぬよか、マシだろ」
そう言い切ってしまえるほど、ヴィクトールは平和な世界の善良な魂だった。
冒険者たちは、じりじりと下がった。そして、片方が〈サマー・フェスタ〉の装備を引っ掴んで、よろけながら窓から飛び出した。残りの一人も、軽く頭を下げて、続く形で飛び降りていった。彼らの着地の音は、雨音の彼方でかすかにしただけで、どこへどう走っていったのかは、もう分からなかった。
「ごめん」
彼らが飛び降りてから、ヴィクトールはエゴに謝った。彼女はやっぱり何でもない様子で、魔力をほどいて幻影武器を片付け、小走りに機械へと歩み寄った。彼女はしゃがみ込んで、機械についたハンドルを回す。それもカプセルトイを出す機構とそっくりだ。回す度に、がらがら、がらがらと音を立てて、中の装備を掻き回している。
「それから、ありがとう。甘いのは自覚してるんだけどな」
「いいよ。彼らが逃げ出しても稼いでも、僕らに不利になることはないから」
エゴがハンドルを回し終えれば、かたんとアイテムが落ちてくる音がする。ヴィクトールはその無防備な小さな背中を見て、小さく息をついた。彼女はいつだって、自分たちに最高の結果を出そうと努力してくれている。だからこそ、白木健もまた、魂に刻まれた方向性を手放してはならないのだと、そう深く思うのだった。
「おいしそうな提案をしただけなんだけどね」
「いや、いまのはだいぶ死の味付けだったぞ」




