<戦囃子>
「ああああぁっ! またスケルトンじゃん! また人死にじゃん! 呪われてんのか畜生!!」
雷鳴の中に、ヴィクトールの絶叫が響き渡る。かくして、サマー・フェスタのモンスターと冒険者の壮絶な鬼ごっこが始まった。とはいえ、最初のうちはへらへら笑っている生存者もいた。死ねばアキバの大神殿に戻るのだから、むしろラッキーとさえ思い、諦めてスケルトンの前に出た者だっていた。
それがいかに甘い判断だったか、彼らが思い知ったのはすぐのことだった。リスポーン地点はアキバの大神殿ではなく、この漁村の中央にあるぼろの神殿だったのだ。
「い、いやだあっ! スイカ頭に殺されるなんて馬鹿げて――ぎゃああっ!!」
「おかしい! モンスターがリスキルとか頭おかしい!!」
反省の挟まれる余地などない。あるのは死だけだ。逃げ遅れた冒険者がスイカスケルトンに取り囲まれ、死ぬまで叩かれて死ぬ。助けに向かった者も当然死ぬ。そして死ぬと、リスポーン地点で待ち構えていたスケルトンたちに捕まって、死ぬまで殺される。最後には心が死んだ者から身ぐるみを剥がされ、漁村の彼方にある船に投げ捨てるように乗せられる。どこぞへと連れて行かれて、誰一人帰ってきていない。
これが、廃屋でじっとして観察したシオリたちの得た情報だった。
「情報を整理しよう」
小脇に抱えていたマイコニドを降ろして、小声でレンダリルがシオリたちに呼びかけた。ずぶ濡れの身体もそのままに、四人は額を寄せ合って、漁村をうろつくスケルトンに気付かれぬよう声を殺して話し合う。
「モンスターがリスキルとか最悪すぎるってのは、まあ、同意する……」
「そう。あのスイカ被ったスケルトンとかスイカ頭のスケルトンとかは、明確に僕らを殺しに来ている」
これは四人の意見が一致した。スイカスケルトン――見た目に差異もあるが、四人はそう呼ぶことにした――は異様に統率が取れているのだ。無論、冒険者だって千差万別とはいえ、モンスターに対処する術を持っている。なのに、手も足も出なかったのには、シオリに心当たりがあった。
「過去のイベントの仕様通りなら、サマー・フェスタの限定装備を着てないとダメージが入らない」
「ああ、冒険者が反撃してたのに狼狽えてたのはそれか」
「レンダリルはサマー・フェスタやってなかったの?」
「うむむ……最近のイベントには疎くてなあ」
困った様子で眉を下げ、レンダリルは頬を掻いている。「爺さんかよ」とツッコミを入れるヴィクトールを見て、シオリはやっと自分の心ががちがちに冷えていたことに気が付いた。息を吐いて、改めて事態に向き直った。
「で、サマー・フェスタ装備を持っていない冒険者は狩られて、リスポーン地点でリスキルされてる。つまり、リスポーン地点はこの漁村になってるってことだけど、心当たりある? こんなとこに大神殿なんてないよね?」
「……〈テケリの廃村〉」
シオリが訊ねたところ、とある地名をレンダリルが呟いた。ヴィクトールが楽器のチェックを終えて、身を乗り出す。
「って、何?」
「中国サーバーにある古代の街だ。廃村全体がレイドエリアになっていてな……リスポーンも廃村内で行われていたはずだぞ」
「なるほど、つまりここ全域が今はレイドエリア扱いってことか。事態が収拾するまで、外に出て助けを求めるのは難しいかもね」
エゴは窓から雨の降りしきる外を睨んだ。その向こうに、リスポーン地点であるぼろの教会がある。サマー・フェスタ開始から結構経ったが、援軍が来る気配はない。締め出しが行われていると予測していいだろうと、シオリは口を引き結ぶ。だけど、このままでは埒があかない。
「つまり、私たちは酔っ払いオオトラ亭の二階にあるだろう、サマー・フェスタ装備を取らないといけないわけだけど……それぞれの意見を聞きたい。私はこれを突破するアイデアがまだ思いつかない」
彼女は勇気を振り絞って、問うた。最初に手と共に声を上げたのはヴィクトールだ。
「俺が〈ミスティカルパス〉で酔っ払いオオトラ亭まで行く」
「ハーフアルヴの移動スキルか。んー、距離が足りなくない?」
「う。そこはリキャストまでちょいちょい逃げながら……」
「うーん、でも、逃げ切れる目はあるよね。まず一つ」
エゴはヴィクトールの覚悟も受け入れた上で、次のアイデアを練る。彼女の視線の先にいるのは、窓越しにスイカスケルトンを監視し始めたレンダリルに向く。
「レンダリル。何か見えることない? 移動そのものにヘイト上昇はないと考えて、最悪ヴィクトールに飛んで貰うことになるかもしれない。僕は、もっと安全な方法がある方なら、その方がいいな」
「確かに私はこの手のイベントに参加したことはない……ない、が」
レンダリルは水滴の付いた眼鏡越しに、じっとスケルトンを睨んでいる。彼の呼吸が深くなる。窓に霜がつきそうなほど白い息が吐き出される。その視線の先で、冒険者が襲われて逃げ回っている。だが、助ける余力はない。それは一時しのぎの救いでしかないのだ。シオリは彼の答えを待つ。
「ダメ元だ、やろう。パッシブも宣言したら効果出んかなー……さて、〈リテンティブメモリ〉の加護あれかし」
彼は祈りの句の代わりに、小さくそう唱えた。それが何か、シオリもスキルリストだけで知っている。ちょっぴりステータスが上がるおまじない程度のパッシブだが、おそらくレンダリルがアテにしたのはそこではない。〈リテンティブメモリ〉のフレーバーだ。
フレーバー曰く、それを持つものは『セルデシアの設定に詳しい』ことが文面で保障されるのである。それが効果を発したか否か、ややあって彼から返答が来る。
「サマー・フェスタ装備がなければ無理なのは変えようがないとして。そも、スケルトンは聴覚感知タイプではなく、視覚感知タイプだったはずだ。しかも、視野はかなり狭い。あれも同じではなかろうか」
返事もせず、エゴが彼の隣からスイカスケルトンを観察する。それの頭がこちらを向きそうになって、二人は一気に引っ込む。スイカスケルトンは、また冒険者を探すように歩き出す。
「シオリ、すまないが酔っ払いオオトラ亭の方を見てくれないかね。ここからの最短距離を知りたい」
「了解。それは私の領分さね」
そうした死線をかいくぐるルート取りは、狼牙族の得意分野だ。シオリも豪雨の中、窓から慎重に宿屋の方角を見定め、ひとつひとつと街角を経由するイメージを持つ。どこにもスイカスケルトンはいるが、リスポーン地点ほど多くはない。
急ごしらえの地図にシオリは説明しながら羽根ペンを走らせる。ヴィクトールも〈ミスティカルパス〉の切り方を考えているのか、地図を凝視している。残るはエゴとレンダリルだ。二者は念話で相談しているのか、話をしない。
「目が悪いんなら、どうにかしてごまかせないかな……」
最終的に唸りながら声を上げたのは、ヴィクトールだった。だが、それこそがエゴの脳内LEDに明かりを付けたようだった。彼女はくるっとヴィクトールの方へ振り向いて、雷鳴を背に、それはそれは花が咲くような笑みを見せたのだ。
「試してみる? 僕、いいこと思いついたかも」
承諾しつつも、シオリは苦笑いした。得てして、付与術師の「いいこと思いついた」は、最高に冴えていて最悪にろくでもないものであると、もう彼女も分かっていたからだ。




