<リマッピング>
アキバの街。最大級のプレイヤータウンであるここに、突如として冒険者が殺到したのは一ヶ月と少し前のこと。日本のエルダー・テイルのプレイヤーおよそ三万人が迷い込んだその日を、ひとは〈大災害〉と呼ぶ。けれど、大災害の後もセルデシアの時は止まることがない。今日も、アキバは生きている。
「うわ、やば……」
シオリは思わずそう呟いて、賑わう通りを見回した。はっきり言って、規模が違った。右を見ても左を見ても、必ず冒険者が視界に入るほどだ。強いて言えば比較的人に慣れているらしいヴィクトールが「懐かしいなあ」とぼやいたぐらいだ。今、フォーカードはおのぼりさんだった。
「これがアキバ……人すごい」
「露店の数やばいぞ。うーん、服とかもアップデートで増えたのかな……」
「よし、とにもかくにも情報収集だな」
めいめい興味を示すものはばらばらだったが、どれもこれも新鮮で冒険者心を刺激されたのは間違いないようだった。シオリも現状の最前線を知りたくはあったし、自分たちの身の振り方についても一考の余地ありとは感じていた。
このまま少数人数のフォーカードとして活動していくか、もしくはどこかに身を寄せるか。実際に、よくよく周囲を見ればギルドに加入しないかという呼びかけもある。やることがなくてオープンチャット同然で駄弁っている冒険者もいる。露店が建ち並んで、それぞれ自慢の逸品を出していたり、消耗品の販売を宣伝したりしている。
(うん。〈エルダー・テイル〉だ)
シオリにとって、アキバの第一印象は限りなく〈エルダー・テイル〉当時のものに近かったのだ。もっとも、冒険者たちから漂う混乱や疲弊、あるいはささくれ立った感情などは、さすがに看過できるものではなかったけれども。それでも、割と冒険者としてホームに近い感触が、確かに彼女の中にあった。だから、彼女が一番最初に心配したのは身の安全ではなく、ヴィクトールの懐事情だった。
「よし。それじゃあ、一端解散して自由行動にしよっか。ヴィクトール、財布事情は大丈夫?」
「沼地の王とナントゥルの件含めて、フィセットから結構貰ったしな。ちょっと露店見てくるぜ」
「助かるよ。エゴとダリルはどうする?」
「僕も欲しいものがあるから、店を見て回ってみるよ」
「都度都度イズミに戻るわけにもいかんだろう。私は見聞を広めるついでに、ギルドホールを見てこよう」
「決まりだね。じゃあ、陽が傾く頃に、〈銀葉の大樹〉で」
そういうわけで、シオリは自由行動と集合場所を言い渡すと、自分もまたアキバの街の散策に踏み出した。
そもそも、シオリだってイズミで単独行動をしなかったわけではない。村の警備などは大地人たちと一緒にやってきたし、一人で料理の確認をしたりもした。なので、これといった孤独というものは感じなかった。耳を澄まさなくとも聞こえる冒険者たちの喧噪。むしろそれが、自分を隠してくれて丁度いいぐらいだ。
人混みに紛れてシオリが向かったのは、まずはくいだおれ横丁だった。古今東西、今も昔も人間は美味い飯を求めるものだ。アキバでの食生活の算段が立つのかどうか、まずは確認がしたかった。
屋台村横丁から、くいだおれ横丁へ。ふらりと入り込んでみれば、調理の熱気と食事の湯気が、彼女を取り巻いて誘い出す。はっきり言えば、心配は無用だった。
(さすが大都市……あっちは串焼き、こっちはトマト煮が名物……おお、焼き肉店まである)
シオリは視界にいくつもの飲食店を見つけた。店の前には多くの人が並び、わくわくとした顔で順番を待っている。噂を聞けばハンバーガーショップがあったらしいのだが、残念ながらそれだけは見つけることはできなかった。
観察してみると、中には大地人と思われる人々も混じっている。大地人も、おいしいものは好きなのだ。ささやかな幸せを分かち合う様に、シオリはほんのりと心が温まるのを感じていた。
(これ並んでたら集合時間まであっという間だな。後でみんなで改めて来るか、テイクアウトができるならそうしようかな)
とはいえ、自分もやりたいことはある。営業時間だけ確かめて、シオリはその場を離れた。くいだおれ横丁の香りを背に、彼女は道を曲がって通り抜ける。
視線を遠くにやれば、アキバの面影が残る建造物が建ち並んでいる。が、そのほとんどは植物に呑まれているか、崩れるかしていて、本来のかたちを失っている。頬を撫でるそよ風だって、日本のアキバとは違う。そもそも、梅雨を感じさせないのだ。
類似しているが、まったく違う場所。シオリはアキバの街並みに、そうした感想を抱いた。
「おい、猫被ってんじゃねえぞ! どうしてくれんだ、ぶつかったのはお前だろ!」
「ん?」
そんなシオリの耳に、ふと、風の音や街の喧噪ではない剣呑とした声が届いた。街の中で戦いを起こせば衛兵が飛んでくる。一ヶ月と少し経ったのだから、今更そんな下手を打つプレイヤーはいないだろうとは思ったシオリだったが、気になって声のする路地裏の方をひょいと覗き込んでみた。
「せめて喋ってくれよ! もう俺どうしたらいいのー!」
「にゃあ……」
「すりすりすんなよぉ! 猫か!!」
見れば、大柄な金髪のヒューマンが小さな猫人族をどやしている。猫人族は怯えてしまって、縮こまっている。どこか田中商店の時のデジャヴを感じながらも、シオリはそれとなく割って入って、血の気の多そうな冒険者を見上げる。
「何があったか知らないけど、そんな大声じゃ謝れるものも謝れないよ」
「何だ何だ、こいつの関係者か? 見てくれよ、これ!」
関係者ではないが、シオリは男の指差すままに服をのぞき見た。何か液体をこぼしたのか、立派なシミができあがっている。
「あ、ああー……これは」
「こいつとぶつかってつまづいて、材料ぶちまけちまったんだよ。関係者ならせめて材料取ってきてくれよー、もー、急ぎなんだよ……」
「にゃぁ……」
猫人族の方はといえば、申し訳なさそうにはしているのだが、どうしていいのか分からない様子で自分と相手を見比べている。ステータスをチラ見してみれば、レベルもかなり低い〈神祇官〉の〈冒険者〉だ。和装に身を包んではいるが、どこからどう見ても猫が服を着て二足歩行をしているとしか表現できないいでたちである。名前欄には「和解」とだけあった。それが、このプレイヤーの名前らしい。
対するヒューマンの男性は「だんでりお」と記されている。おそらく由来はダンデライオン。つまり、たんぽぽだ。腰には細身の剣が二振り下げられている。〈盗剣士〉のようであった。こちらも、レベル20に満たない初心者である。
「私はこの子の関係者じゃないし、つまづいたのはそっちのうっかりだと思うけど。どれぐらい急ぎなの?」
「すぐ! 先輩待たせてるんだよ……うー、またドヤされる……」
ヒューマンの男の方はがしがしと頭を掻いて、今にもストレスにくじけてしまいそうな有様だ。双方にとって不運な事案のようである。シオリはため息をひとつついて、和解に手招きした。和解は鳴き声を上げながら、とことこと寄ってくる。シオリはしゃがみ込んで、和解をまじまじと観察する。
「にゃーん」
「……」
「にゃ?」
(まさか……これは、猫ロールプレイ!!)
シオリは雷に打たれた心地で和解を凝視した。ノウアスフィアの開墾で巻き込まれた冒険者は全て人間。つまりプレイヤーである。間違いなく、中には人間が入っている。だが、目の前の和解は猫で通そうとしている。シオリとてエルダー・テイルをやりこんできた側だ。ロールプレイヤーの存在は知っていたが、猫は初耳である。
是非ともロールプレイヤーのレンダリルを呼んでこの猫と和解したい気がしたが、彼は確かギルドホールも見に行くと言っていた。エゴやヴィクトールなら飛んで来てくれそうだが、彼らも自分たちの買い物がある。
「で、その材料、どこで取れるの? まさかレイド級のものを素手で持ってたわけじゃないでしょ?」
悩んだ末に、シオリはだんでりおにそう声を掛けた。すると、彼はしきりに頷いて、アキバの郊外を指差した。
「〈スモールストーンの薬草園〉だ。あそこの〈蜂妖精〉に散々いたずらされながら、やっと取ってきたんだぞ……」
「すぐそこじゃん。あー、えーと……そう、水透蜜?」
「そう! それ! それを調合テストに使うんだよ」
「いくつ要る?」
「三つぐらい……かな」
大地人相手にクエストをしてきたシオリであるが、なるほど現状を考えれば冒険者同士でこうしたことが起こるのも普通だなと、手持ち無沙汰に和解の頭を撫でながら頷いた。〈料理人〉が記憶を頼りに手料理をすれば味のする料理ができる。となれば、他のサブ職業でも同じこと――手作業をすれば何かしらの新しいアイテムが作れる可能性があると考えていいはずだ。だんでりおの先輩は、おそらくそういうことを考えているのだろう。
とはいえ、〈蜂妖精〉はすばしっこく、低レベルの冒険者では当てることさえ一苦労だ。彼と和解では、少々分が悪い相手だった。首を突っ込んでおいて、どやされるまで放置しておくのも気の毒だと、シオリは眉を下げた。
「一緒に来てくれたらいいよ。こっちも集合時間があるんでね」
「関係者じゃなくても助けてくれるのか!? た、た、たすかるー! 急ごう、今すぐ行こう! さ、急ごう!!」
「にゃ!」
シオリがそう提案すると、猫と人は顔を見合わせて、首がもげそうになるほど頷いた。ちょっとしたおせっかいであったが、それで繋がるささやかな縁というものもある。彼女はこれも何かの縁だろうと、二人を連れてスモールストーンの薬草園へと向かうことにした。
◆
さて、その頃、戦闘用の装備を新調し終えたヴィクトールはといえば、衣服を売る店を眺めていた。ショーウインドウなんて気の利いたものはないが、いくらかの急ごしらえのマネキンに服が飾られている。そこに添付されたチラシに、彼は興味を示していたのだ。
「オーダーメイド……材料持ち込み可……」
衣料店は、現代風のデザインの服をいくつも打ち出している。ヴィクトールの中にいくつもの夢想が巡った。
白木健は一応、呪われし詩人ヴィクトール・フリートベルクという体を取っている。だから彼のサブ職業は呪いの物品を取り扱える〈カースブレイド〉だし、できるだけ衣服は黒でキメてきた。片目隠れのヘアスタイルも結構気に入っている。その身体に見合ったおしゃれというものに焦がれるのも当然であった。
(で、でもなー……稼ぎが安定してない状態で無駄使いはなー……!)
しかし、ヴィクトールは貧しさを知る冒険者であった。下手に出費して、情報集めの資金や食べ歩きの費用さえないようでは格好がつかない。そのような設定で動くからには、そのような振る舞いが求められるわけで、今、彼は葛藤していたのである。
「何してるの?」
「おわっ!?」
そんな彼の背後から声が掛かる。びっくりして飛び退るヴィクトールの視界に、さらさらとした銀の髪と紫の瞳が見えた。エゴだ。すでに買い出しを終えたらしく、不思議そうにヴィクトールを見上げている。
「な、なんだエゴか……びっくりさせんなよ」
「そんなつもりじゃなかったんだけどね。ごめん」
「いや、いい。いいもんあったか?」
エゴはこくこくと頷いて、一つの笛を見せた。ヴィクトールの目からすれば、それは素朴な木製の笛にしか見えない。首を捻ると、エゴは笛を鞄にしまいながら口を開く。
「ほら、これから陸路であちこち行くことになるかもしれないし。荷馬車の笛、交渉して買ってきた」
「あー、マウント呼ぶ笛か! それは助かる!」
「でしょ?」
「さすエゴ」
つまり、エゴが買ったのは乗り物だ。ある程度の荷物の積載ができて、陸路を少し楽にしてくれる。それでも、徒歩よりはずっと良いと、ヴィクトールはぐっと拳を握った。そうすると、エゴも真似をするように、拳を握った。
ヴィクトールは今までのことを思い出す。思えば、エゴとそこまで深く話をしたことがない。そんなべたべたするチームでないのは知っているが、折角だし親交を深めようと決心した。
「なあ、エゴ。もしよければ、俺とちょっと散歩しないか?」
「ん? いいよ。どこ行きたい?」
「あー、どこでもいいか? エゴ、あんまり人混み好きじゃなさそうだけど、何したい?」
「人混みが嫌いなわけじゃないよ。でも、ジャンク品が拾えるならそういうところに行ってみたいかな」
「ジャンク品か……そういや、旧アキバ駅ってのがあったな」
視線を上の方に向けて、ヴィクトールは遠目に見える駅を見た。わずかに現代のアキバ駅の輪郭を残すそこは、モンスターこそ出ないが採集場所やダンジョンアタックの練習としてはもってこいの場所だ。彼も、一番最初はアキバ駅をうろついてダンジョンの感覚を確かめたことがあった。
「いいね。行こっか」
エゴは賛同してくれた。驚きというよりも、好奇心に満ちたきらきらとした瞳だ。彼女はしきりに首を縦に振って、追従の姿勢を取る。エゴは斜に構える態度も多いが、こういう時は最年少らしく素直だなと、ヴィクトールもしみじみするところがあった。
二人は、旧アキバ駅に向けて一緒に歩き始めた。
「なー、エゴ。エゴって割と思い切りいいけどさ、年からすりゃ普通の小学生だろ? 何で?」
「僕、浮浪児なんだよね」
「浮浪児!?」
さらっと告げられる衝撃的な身の上に、ヴィクトールは目を丸くした。エゴは何でもないといった様子で、首肯をもう一度する。
「じゃ、じゃあ、どうやってエルダー・テイルに?」
「その辺にポイ捨てされてたジャンク拾ってきて、こう」
「ネットと充電は!?」
「その辺のフリーwifiと充電OKなとこから」
組み立てるジェスチャーをして、エゴはヴィクトールを見上げた。なるほど、道理で倫理にそぐわない行動に対しても躊躇がないと、彼は今までのエゴの応対に納得した。
「『悪い大人』も結構いたけどね。ああいうの」
エゴはふと、道先でたむろする冒険者を指差した。いちゃもんを付けられるのが嫌でヴィクトールはその手を下げさせたが、きっちり視線だけは向ける。『悪い大人』と評された冒険者は、初心者からアイテムをぶんどって、ヴィクトールたちが到達する前に、その場を後にする。初心者たちもがっくり肩を落としてついていく。悪徳冒険者の搾取だ。ヴィクトールはやるせなくなって、唇を引き結んだ。未だ、治安が悪いところは悪いのだ。
「ああいうことする奴に天罰が下ればいいのに」
「それは世界公平仮説だよ」
「せかいこーへーかせつ?」
「世界の良いことと悪いことはバランスが取れてるって思ってる考えのこと。そんな簡単じゃないよ」
ヴィクトールは文字通りに舌を巻いた。この浮浪児を称する少女は、今はそうでも昔は結構いいところの子だったのではないだろうか。そんな予測が彼の中に浮かぶ。けれど、どっちにしろ今は同じフォーカードの仲間である。頼りになることには間違いないと、彼は頭を振っていくばくかの妄想を追い払った。
「ただ、それでも、世界は均衡でありたいなとは思ってる……ぐらいには、思っててもいいかもね」
エゴが歩く度、白いワンピースの裾がなびく。ヴィクトールはその僅かにシニカルさを含んだ微笑が、まなうらに焼き付くのを感じていた。この世はどうしたって不公平だけれど、それでも、皆が理不尽を望んでいるわけではない。どこか煤けたエゴがそう言ってくれる。それは、白木健にとってささやかな救いだった。
二人は一緒に歩いて、旧アキバ駅の中へと進んでいく。道中では、まだ異世界生活に不慣れな冒険者たちが、先輩のレクチャーを受けている。構内を歩く彼らとすれ違いながら、二人は何となく転がっているがらくたを拾い上げ始めた。何に使うか分からないネジやバネ、意思なき機構の残骸と思しきプレート。半導体っぽい何かや、うち捨てられたぼろの工具。なんとなく形になりそうなものが集まり始めると、二人してついついはしゃいでしまう。鞄が少しずつ重たくなるのと反比例して、二人の間に軽く話せる空気が流れ出す。
「何かこれ貝拾いみたいだな」
「海って見た事ないんだよね」
「まじ?」
「まあ、そんな遠出できない身分だし」
「そりゃそうだなあ……じゃあ、今度どっか行くか。死ぬほどあるだろ、海……っと」
約束というには軽いやりとりをしたあたりで、ヴィクトールはかなり小型の意思なき機構を発見した。愛玩用だったのかもしれない。武器もついていない、小さい足をわきわきと動かして歩くようなタイプだ。動力が撃ち抜かれているが、ケーブル自体は特に問題がなさそうだと、ヴィクトールの中で〈アルヴの追憶〉が囁いた。
(ん?)
それはすぐに忘れてしまうような、わずかな違和感だった。だが、間違いなくヴィクトールは『アルヴ的に考えて』この機構は直せると感じたのである。
「どうかした?」
「ああ、いや、これ。いけるんじゃないか?」
小型の機械をがらくたから抱っこするように引き抜いて、ヴィクトールがエゴに見せる。エゴもいろんな角度から眺め始める。その目がきらきらしてくるのを見ると、ヴィクトールも脈ありだと分かるようになってきていた。
「いいね。持ってていい?」
どうぞと差し出せば、エゴは小さな意思なき機構を抱いた。熊のぬいぐるみを抱いているような雰囲気に、ヴィクトールも和んで表情を緩める。おみやげは十分に集まったと、パンパンになった鞄を撫でる。
「とはいえ、家探さないとなあ……」
「郊外にまだ物件残ってないかな」
「ハウジングはエンドコンテンツだから人気ありそうだよな。よし、レンダリルのとこに合流するか!」
エゴと並んで、ヴィクトールは旧アキバ駅から外へと戻ってゆく。学校や家のことを思えば寂しくはあったが、白木健はそのかすかな感情に背を向けるように、レンダリルへと通信を送ったのだった。




