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ログ・ホライズン二次創作~フォーカード・バグフィックス!~  作者: mahipipa
第三章 ギルド「ああああ」とMMOにおける"最害"なるもの
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序文:<セキュリティウォール>

 体調が悪い。ただでさえ朝に弱いシオリは、ここのところ最悪の気分で身体を起こしていた。サブ職業が領主になってからというもの、どうにも身体の冴えが損なわれているような気がしていた。

 何となく、肉体の内側――それこそ臓腑よりさらに中にあるものにべたべたと触られているような不快感が纏わり付く。

 最初は「俺のカースブレイドが!」なんて叫んでいたヴィクトールも、このところ朝は不気味なほど静かだ。

 エゴなどはじりじりと続く微熱と体調不良にやられて、ほぼ大部屋でグロッキーだ。レンダリルも体調は悪いはずだが、逆らうように書庫に籠もっている。否、具合が悪いのを見られたくないのかもしれない。マイコニドだけが、元気に冒険者たちの間を行ったり来たりしている。


「おいーす……」

「あー、おはよ……」


 身体を引きずるようにして部屋から出てきたヴィクトールに、シオリは重たい腕を持ち上げて挨拶した。シオリの今日の当番はイズミの街の見回りだ。だが、正直気乗りはしない。

 おかしいのはシオリたちばかりではなかった。


 ――おはようございます、領主様!


 顔なじみになった大地人の青年がそう挨拶した時、シオリは背筋が凍る思いをした。


 ――あれっ!? あっ、すみません!


 彼はすぐに謝罪をしたし、シオリ自身、彼を責める気持ちはなかったが、明らかにイズミの街はシオリたちを『領主』として認識し始めていた。

 料理や鍛錬をするなり、近隣の住民が「領主様のやることではございません!」と止めに来るのは、冒険者たちを悩ませた。


(最悪なのは私たちが出て行けないことなんだよな……山田とも連絡が取れないみたいだし……)


 加えて、イズミの街に『シオリたちだけが通れない』透明な壁が現れたのも、彼女を悩ませた。彼女たちは、イズミから出られなくなってしまったのだ。

 最初こそ壁の周りでぴょんぴょんして通り抜けようと足掻いていたエゴは、今となっては体調不良も相まって、ふりふりの服を着て大人しくしてしまっている。

 このサブ職業の異変について、シオリはマクスフィンたちと話をしたが、彼らに領主は付与されていなかった。

 プレイヤーであるはずなのに、NPCと同格の存在になってしまっている。言い知れぬ不穏さが、シオリの結わえた髪の毛あたりを這い回る。

 途方に暮れながらも、今日も彼女はアイギール邸の扉を開く。


「ああっ、だから、何度言えば分かるんだ! わたしだ!」

「いかに領主様といえど、領主様の許可がなければここを通すわけには……あれ?」

「何を言ってるんだ、わたしの顔を見忘れたか!」


 だからこそ、視界に映る金の髪に救いを見たし、最初、言葉が出てこなかった。私兵に取り押さえられて髪をくしゃくしゃにしたフィセット・アイギールが、その視線を合わせてくれるまで。


「遅くなった……とりあえず、館に通してくれないか」


 疲れ果てたフィセットは、その小脇に小箱を抱えていた。その小箱の上についた紋章を、シオリはどこかで見たような気がしたが、少なくともその時は思い出すことはできなかった。

 そんなことよりも、フィセットのサブ職業から領主が綺麗さっぱり消えていたことの方が、彼女にとって重大だった。







「……あー、領主より領主らしくなったな」

「ごめん。意外と着心地がよくて」


 フィセットの困惑気味の声に、すっかりドレス姿でくつろいでいたエゴが身を起こす。領主の帰還に、レンダリルも憔悴した様子で書庫から這い出てくる。ヴィクトールもまた、出てこようとするマクスフィンを押しとどめて、地下から飛び出してくる。

 使用人の用意してくれた味のない紅茶を口にしながら、シオリも椅子の背もたれに身体を預ける。今だけは、味のしない白湯同然の紅茶が有り難かった。


「本当に心配したんだぞ、フィセット! あーっ、無事でよかったぁ……!」

「すまない。心配を掛けてしまったな」


 ヴィクトールが敬称をつけるのも忘れて、身を乗り出すと、フィセットはどこか申し訳なさそうに微笑んで、眉を下げた。そうして、領主らしい凜とした眼差しを取り戻し、柔らかな唇を開いた。


「まずは改めて謝罪をさせてほしい。わたしは確かに街を守ろうとしたが、君たちを犠牲にするつもりはなかった。本当にすまない……」


 シオリはすぐに悟る。それはすでに、事情を把握しているものの目だった。


「話せる範囲で状況の説明が欲しい。あと、私たちにできること」


 なので、そのように話した。フィセットは目を伏せて、一度だけきゅっと唇を閉ざしたが、再び顔を上げて語り始める。


「わたしはある密命に赴いていた。だが、任務は失敗し、君たちに損害が出たと判断している」


 彼女はずっと大切に持っていた小箱を机の上に置く。ひょいとレンダリルが記された紋章を覗き込む。


「それはアイギール家の家紋かね?」


 頷くフィセットを横目に、じろじろとエゴがさらに箱を観察する。


「……そういえば、これ。見た事ある。銀行の印に似てる」

「あっ」


 シオリが声を上げる。彼女の中で曖昧だった記憶と記憶が線で繋がる。何せイズミはアイギール家の管轄だ。アイギール家の紋章は、旗や馬車など、街の中でも何度か見た事があった。なんとなく、見覚えのある印だなという印象だけが残っていたが、言われてみればプレイヤータウンでお馴染みの銀行の紋章によく似ていたのだ。


「にわかに信じがたい話だと思うが、聞いてほしい」


 フィセットは人払いの仕草をした。私兵たちが訝しんだので、ヴィクトールも真似て同じ仕草をする。そうして、部屋は五人だけになる。


「この世には記録ログが存在する。一冊の巨大な本だと思ってほしい。例えば、君たちが沼地の王を倒した時、件の記録には君たちの名が刻まれた……君たちが世界からより認識された、ということだ」

「……」


 レンダリルの顔がにわかに険しさを増す。シオリは彼がこの間話していたシステムのことを思い返しているのだろうと判断ができた。


「それは随分と大層なものなんだろうけど、実在してるのか?」


 勇気を出したヴィクトールが言葉で一歩踏み出すと、フィセットは唸った。


「実物が存在するのではなく、概念的なものだ。ただ、そこに記された鳥という定義に『土に住んでいて肉食だ』と書き加えれば、鳥はそのようなものになってしまう」


 それを聞いたエゴが腕を組む。


「触っていいものなの?」

「森羅万象の記された存在ゆえ、本来は絶対に触れてはならないものだ。だが……何者かが、触れた」


 シオリは軽く目を見開いた。今しがたのログを、仮にレンダリルの言うデータベースだと仮定して、それを欺くものとは何か。

 強いてシオリたちの中に存在することばで記すならば、それは不正者チーターだ。

 本来ならば追放(BAN)されて然るべきなにかが、世界を構築する法則の側に潜んでいる。そして、それは偶然か狙ってか自分たちに牙を剥き、サブ職業というログを狂わせた。

 フィセットの言葉は、セルデシアにそういった現実と虚構の狭間が存在するということを意味していた。


「それ、この世界の誰もが知ってること?」


 エゴの問いかけに、フィセットは首を横へと振った。


「じゃあ、それを知っている君は何者?」

「……あえて表現するならば、この世界の一端を担う『太祖』の言葉に遠縁として連なるものだ。此度はわたしの失策ゆえ、赦しを得て、このような説明に至ったまで。どうか、全てのことは内密に頼む」


 この場にいる誰もが、太祖という言葉に聞き覚えがなかった。だが、フィセットの後ろには何か巨大なものが繋がっているという認識は、誰も言葉を交わさないのに共有できていた。

 そしてそれについて、誰も問わなかった。それこそが、秘密を守り、誰でもないフィセット・アイギール個人に加担しようという冒険者四名の総意だった。


「では、領主殿。その不具合の解法について問おう」

「分かった」


 ずっと黙っていたレンダリルが口を開くと、フィセットは封がされていた小箱を開いた。中には赤のベルベットが敷き詰められ、中のものを傷つけぬよう、細心の注意が払われているのが見て取れた。

 姫のように守られていたのは、一本の羽根ペンだった。羽毛一つまで黄金に輝き、赤い宝石がはめ込まれている。

 ステータス画面を介して見れば、それは《記録者の羽根ペン》と記されていた。そっとエゴが箱ごと羽根ペンを持ち上げて観察する側で、フィセットは真剣な声色で語る。


「様子見を拒むのであるなら、こちらから修正するほかはない」

「それで修正できるのかね?」

「然るべき場所に訪れて、然るべきことばを記せば」

「……」


 レンダリルはエゴに視線を移した。シオリもまた、彼女を見た。彼女は他の皆に視線を向ける。好奇心と未知への恐怖で、迷っているようだった。

 シオリ自身は最前列に立つということを考えて、持つべきではないと身を引いた。

 ヴィクトールも自信がないのか、腕を組んだまま唸っている。

 だから、持つかどうか決めるのは、もうエゴとレンダリルしかいなかったのだ。


「エゴ。誰かの記録に触れるというのは、とても危険で、責任の付きまとうことだ」


 彼女に対し、口を開いたのはレンダリルだった。彼は、彼女をまっすぐと見て、真摯な声色で語る。


「その責任が重いのなら、私がやろう。どうするかね?」


 問いかけに対し、エゴは即答はしなかった。彼女はゆっくりと、言葉を選ぶ。しかし、レンダリルから一度も目を逸らさない。


「……僕は、僕にできることは何でもやりたいな。間違うこともたくさんあるけどね。ダンスのステップなんか特に間違えて、いつも転んじゃうんだ」

「知っているとも」

「だよね?」


 ドレスを纏ったまま小箱を持つエゴは、いつも通りの繊細な輪郭を保ちながら、どこか王侯貴族のようなきらびやかさを湛えていた。その美しい紫の瞳が、レンダリルの眼鏡の奥にある、緑の瞳を見つめ返している。


「だから、僕らが間違えそうな時、君の直感が何かを告げる時は迷わず言って。体調が悪くて迷惑掛けたくないからって、書庫で寝てたら内緒話もできないでしょ?」

「おや」


 エゴはレンダリルに微笑んだ。彼は何だか想定外のことを言い当てられて、目を丸くしている。シオリから見ても不思議な魅力を湛えた笑みのまま、彼女はついに羽根ペンそのものを手に取る。


「大人の仕事は、秘密をひた隠しにして矢面に立つことじゃないよ」

「……参ったな」


 レンダリルはついに苦笑いした。観念して、視線を動かしてしまったのは彼の方だった。いつも頭の回る彼を言いくるめてしまったエゴの立ち回りに、シオリもくつくつと喉を鳴らしてからかうように言う。


「で? ドルイド殿は、このご令嬢がペンを持つのは反対かい?」

「まさか。それが彼女の意思エゴなら、私は従おう」

「シオリもありがとう。僕からは、他にはないかな」


 彼は笑いながら肩をすくめて、改めてエゴを見た。エゴは小さく頷いて、ペンを箱に入れ、改めて自らのバックパックにしまい込む。


「ただ……」

「ただ?」


 そうして、いやに真剣な顔をするものだから、シオリが訊ねる。彼女はいつもの感情が読みにくい顔になって、力強く頷いた。


「おなかすいたなって」

「えっ、い、今レンダリルがだいぶ真面目な話してただろ!?」

「それとこれとは別……」


 彼女の真剣な要望を聞いて、ヴィクトールが突っ込みをした時、シオリやレンダリルだけではなく、フィセットからも笑い声が溢れたのだった。


「ああ……イズミに最初に訪れてくれたのが君たちで、本当によかった」


 フィセットの何気なく呟いた言葉に、シオリはだるい身体が軽くなるような心地がした。今や、アイギール家の少女とシオリたちは、一蓮托生だった。

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