11.抵抗したい人、この指とーまれ!
敵を攻めるのには、理由がいる。だが、敵に反撃するのには理由はいらない。「殴られたから、殴り返す」とだけ宣言すればよい。
ゼンジロウが、抵抗勢力の結集をよびかけると、これ以上、殴られたくない集団や個人が集まってきた。
総勢1,600人。
惑星警備隊に反発する住民たちの義勇軍1,000人。
これは退役軍人が中心となって組織している。装備はまちまちで、素手の素人から、護身用のライフルを装備している者までいる。軍務経験者が指揮官になっていることで、なんとか組織としての体裁は保っているが、実質的には素人集団だ。
残りは、<モグラ>と宇宙海賊から蔑まれている零細の密輸業者たちの集団500人だ。
彼らは、特に士気が高い。このままクーデターが成立すれば、宇宙海賊に奴隷同然に働かされているのが目に見えている。元モグラであるクルトの呼びかけに応じて、集結した。荒っぽい仕事をしていることもあり、装備は充実している。多少裕福な者によっては装甲車すら持ってきた。
モグラの持ってきた武器を、義勇軍に回すことで多少はマシにはなったが、それでも相手はクーデター軍の方がはるかに練度は上。
逃げてきた義勇軍メンバーの話によれば、市庁舎を中心に展開するクーデター軍は、3,000人程度と見られている。
「キャステ准将、惑星警備隊の定員は?」
「約1,000人だよ。クーデターに賛同しない者もいたでしょうから、実態はもっと少ないかと思う」
普段は、事務仕事から逃げ回っているキャステが、報告書に目を通している。上級指揮官だから当然ではあるが、珍しい物をみた気分になる。
「ゼンジロウ首相、これを見るといい」
キャステが写真の束をぽいっと投げつけてきた。
手ブレがひどいが、偵察部隊が送ってきた写真だ。
宇宙港に停留していた大型輸送シャトルから、装甲車の集団が発進している。
装甲車の周囲にいる歩兵はどれも重装備だ。
「おそらく、傭兵だよ。宇宙海賊の連中、前から念入りに準備していたみたいだね。クーデターを起こす前から、後詰の部隊を地上に下ろしていた。こいつらが、残りの2,000人さ。連邦の陸戦部隊でも、負けかねないほど、充実した装備まで用意している。ご苦労さんだよ」
ジャングルにひっそりと建つコンクリート造りの小屋。普段は、モグラたちの裏取引に使われる場所だ。
換気が十分になされていないカビっぽさ。どこから入ったのか小さな虫たちが、ガラス窓の表面を歩いている。陰鬱な空間である。
部屋の中央におかれた古い木製テーブルの周囲には、高揚感と陰鬱さが入り混じった表情をうかべた大人たちが座っている。
抵抗軍の幹部が勢揃いだ。
「市庁舎で、表面的にはクーデター軍に従っている者からも、協力の申し出がきています。ただ、これ以上、待てば、奴らの支配は本物になりますぞ」
白いひげを生やした老人が熱弁する。マークル予備役陸軍少佐だ。大昔は、連邦軍の歩兵指揮官として活躍して、勲章を2、3個もらったみたいだ。
妙に、熱量のある老人で、義勇軍の結成を主導したのは彼だ。そのままの流れで、義勇軍の指揮官に収まっている。
緊急時には、声の大きい人間が主導権を握るというのは本当だ。
「宇宙からの輸入が途絶えたから、船や装甲車の燃料がなくなりつつあるって報告が上がってきてるぜ、おっさん。このペースじゃ、あと一週間で燃料切れだ」
クルトは、モグラ時代はリーダー格で比較的発言力のあったようだ。確かに、零細密輸業者にしては不釣り合いな、強力な船を持っていた。
そのため、モグラ部隊は、クルトが率いている。
彼らは装甲車や武装船を有していることから、反撃の要となる予定だ。
そして、残るはゼンジロウとキャステのグループ。率いるのは、内閣特務隊だ。
内閣特務隊、名前はかっこいいが、義勇軍もどきの急造部隊。ゼンジロウたちが避難したシェルターにいた人間に声をかけて結成した部隊。総勢100人。
キャステがクルトを脅して最低限の武器は入手し、キャステの訓練を受けた部隊。
クーデター側にいた方がましだったと言わせるほどの猛訓練を受け、今は、完全に調教されてしまっている。キャステの一声で、パブロフの犬のように動作をこなすマシーンだ。
キャステいわく「短期間で兵をつくるなら、脊髄で動けるようにならないといけない」とのこと。かわいそうに……
「第六艦隊の到着はあと2日だ。マリウス大佐が無事に、降下できるよう、防空管制システムを管理している市庁舎を占領、最低でもシステムを破壊しなければならん」
「おっさん。そんなに時間がないなら、どうしてもっと早く攻撃しないんだよ」
キャステは、クルトの発言が気に触ったようで、バキリと殴った。クルトは椅子から落ちる。
「アタシが直々に戦略学の授業してやって、まだそんなことも分からないのかい?マリウスの野郎が来るタイミングと合わせなきゃ、宇宙海賊にボコボコにされるだろうが!第六艦隊が、宇宙海賊をけん制しないと、制宙権を握っている宇宙海賊の連中は、地上に援軍を送り放題。援軍が面倒なら、衛星ミサイルでアタシたちをぶっとばしてもいい!」
「……はえ。初めて知りましたな。ワシもどうして攻めないのかと不思議に思って、首相にお伺いしようとしていたところでしたぞ」
マークル老人は、白いひげを撫でながら鷹揚に答えた。どうも戦略観では期待できないタイプの人物らしい。
「だが、首相。衛星ミサイルは心配しすぎですぞ。スロウランドがこれ以上焦土になってしまっては、宇宙海賊も占領する旨味がないと思いますぞ。ほっほ……」
相手の狙いを見抜けていない以上、この老人には陣頭指揮を期待するほかないようだ。
「マークル少佐、言っておきますが、宇宙海賊は、スロウランドを裏取引の根拠地として使いたいだけだ。スロウランドの統治による利益には興味がない。廃墟になったスロウランドでも、傀儡政権を立てることで、自分たちに都合の良い国家をつくることさえできれば問題ないのです」
全宇宙の番犬であった連邦軍がドギワ星系から去ったことで、宇宙海賊としては千載一遇のチャンスだ。傀儡政権さえ樹立できれば、各国公認のもと裏取引に励むことができる。
「第六艦隊の降下が失敗すれば、私たちへの援軍はありません。後は、クーデター軍に鎮圧されるだけでしょう」
会議の場は、シーンと静まった。しまった、戦争の前にこんな暗いことを言うのではなかったとゼンジロウは後悔する。
「……ですが、私には秘策があります。ご安心ください。必ず勝ってみせます」
ゼンジロウは、抑揚のない声で、気取ることなく告げる。
「どういう秘策かお教え願いたいのだが?首相は、普通のお役人。荒事なぞ経験したこともなかろう」
マークルは、ゼンジロウを訝しむ。部隊を率いている身としては当然の行為だ。
ゼンジロウは大きく息を吸って、答える。
「……今は私、首相なんて大層な役職についてますけどね。半年前までは窓際族だったんですよ。資料編纂室って、部署で勤務してました。ええ、実態はいらない人材の掃き溜め場所です。一日中、ファイルの整理だけをするんです。そこに何十年も務めてきました」
突然の独白に、部屋は静まり返る。
「資料編纂室にはね。役職を外された軍人から元高級官僚まで、いろんな人が来るんですね。輝かしい功績を持っている元英雄から、普通の務め人、私のように、派閥争いに巻き込まれた凡人まで」
ゼンジロウがぐるりと部屋を見回すと、皆、真剣に聞いてくれている。
「私はそこで、何十、何百もの失敗例を見てきました。私、働き始めてから成功体験はほとんどないですけど、失敗だけはよく知ってるんです」
「そっ、それがどうしたというですぞ、首相。ワシらは、失敗したいのではありません。成功したいのですぞ?」
「倍の戦力で、拠点に立てこもる敵を相手に、成功?マークル少佐、失礼ですが、どうやれば成功への方法があるというのです」
「首相、あなたが秘策があると自分で言ったのですぞ。お忘れか?」
「失敗への秘策なら、あります」
ゼンジロウは、椅子にゆったりと座った。過去に、見てきた自分を含む失敗者たちの顔を思い出す。
普段の自信のない様子ではなく、失敗の話をし始めた途端、ゼンジロウの顔は生き生きとしている。キャステとクルトもその変貌に、驚いてどう対処すればよいのか分からず、そのまま話を聞いている。
「なに、こちらが成功するのではく、相手が失敗すればいいのです。ああよかった。これなら、私でも、できそうだ。もちろん、君たちもできますよ」
ゼンジロウは、身を乗り出して話し出した。




