10.サラリーマン戦士
走る。
ネクタイをハチマキがわりにして頭に巻いて、ワイシャツの袖をまくりあげ、ゼンジロウは走る。
ハチマキを巻いているからといって、別に酔っ払っているわけではない。むしろ、酔っ払いたいぐらいだ。
このくそったれな現実を前にして。ゲロはきかけてやりたい。
道路を挟んで向かい側のビルの瓦礫に飛び込む。
数秒遅れて、先ほどまでいた場所に、機関銃が打ち込まれ、アスファルトが砕け飛ぶ。
ゼンジロウは、額に浮かぶ汗も拭わず、瓦礫を盾にしてアタッシュケースとりだしたロケットランチャーを組み立てると、肩に背負う。
来た。
割れたアスファルトの道を、装甲車が向かってくる。車体の上部には、機関銃が2門装備され、人がいそうな場所に向けて、ぶっ放している。
銃口がこちらに向けばおわりだ。ゼンジロウは次の瞬間には、ミンチ肉になる。
「ずっとやられっぱなしの人生なんだよこっちは!ちょっとぐらいは、私にも反撃させろっ!」
瓦礫の上に顔を出し、装甲車に向けて、ロケットを放つ。
見事、ロケットはわずかな面積のフロントガラスを突き抜け、装甲車は炎上した。
「こちら、ゼンジロウ!B13区画の装甲車は排除した!」
無線機にどなる。
『おう、すごいじゃんおっさん。どうやったんだ。また、教えてくれよ。こっちは、繁華街から回り込むからな。正面攻撃、よろしく』
ズダダン
背中のコンクリートが、砕け、破片が飛ぶ。
「敵に見つかった。通信切るぞ」
『了解。死ぬなよ、おっさん』
「死ぬかよ。まだ、良い目をみてないんだっ。うおっ」
弾が右頬をかする。たらりと血が出た。
「くそっ、やりやがったなあ」
口では悪態をつくが、ロケットランチャーを使ってしまった今、手持ちはライフル一丁だ。
覗き見れば、歩兵の部隊。10人近くはいる。きっと、燃える装甲車から飛び出した連中だ。
隊列を組んで、用心深く、前進してきている。
ゼンジロウは瓦礫に隠れ、彼らを迂回するルートを匍匐前進で、歩兵部隊の背後で炎上する装甲車の傍まで接近する。
まだ、車体上部の銃座は生きている。
燃える装甲車が爆発すれば、命はない。が、あの歩兵部隊を倒さなければ命がない。
「絶対、爆発するなよ!」
燃える装甲車に飛び乗り、車体の上部にある機関銃のグリップを握った。
ズダダダダ……ズダダダ……
背後からの攻撃を想定していなかった歩兵部隊はもろく、道路にバタリバタリと敵兵は倒れる。
「ふはははは……」
敵も必死だ。致命傷を避けてまだ動ける1人が、グレネードを装甲車へ向かって投げる。
誘爆間違いなし。このままでは装甲車に乗っているゼンジロウは、一緒に吹っ飛ばされる。
「ぬううう、とうっ!」
普段なら、絶対に飛び降りない高さを、迷う間もなくジャンプ。地面にゴロゴロと転がり、衝撃を軽減するとともに、相手に標準を定めさせない。
誰かに学んだわけではない。ここ数日の戦闘のなかで、自然に学んだテクニックだ。ベテランの兵隊の動きを見よう見まねしただけだ。やらないよりはマシ程度。
それでも効果は大きい。自分で学べなかった者は、もう死んでいる。
グレネードが爆発すると、一緒に装甲車も爆発した。
爆発を避けて、横転しているトラックに回り込んで遮蔽物にする。そして、顔を出してライフルのトリガーを引きっぱなしのフルオート射撃。
残った敵も、バッタバッタと倒れた。
「はあ、はあ、はあ……」
ゼンジロウは、一息つけると座り込み、ボトルの水を飲む。
「どうして、私が、B級アクション映画みたいな真似をせんといかんのだ」
ワイシャツ姿のサラリーマン戦士は、血まみれの顔を拭うことなく、曇り空に向かってぼやいた。
「ふはっ、我々はここに、スロウランド暫定評議会の結成を宣言する!今こそ、連邦政府の傀儡、共和国政府を打倒し、真の独立を目指すのだ!」
ベレー帽を被ったでっぷりと太った評議長と名乗る中年男性が、演説をぶちかましている。
暫定評議会は放送局を占拠しているので、スロウランド全土にこの映像は流れているだろう。
ゼンジロウとキャステ、クルトは、スロウランド郊外の廃屋でこの映像を観ている。
3人とも疲れた顔で、椅子の背もたれに体重をかけたり、ブランケットにくるまりながら、ぼうっとテレビを観ている。
「首相、どうする?まさか、アタシも独立1日目でクーデターが起きるとは思ってなかったよ」
「当然だ。誰が予想できるか。いや、連邦軍のいない今、惑星警備隊は最強の武装勢力だ。予想できたのかもしれない……私たちは自分の仕事をするのに必死で、他の連中が見えていなかったのかもしれん」
ゼンジロウは、ワイシャツのボタンを触り、天井を見ながら答えた。キャステへの返事というよりは、自分に対して言い訳している。
惑星警備隊。文字どおり、惑星を警備する組織だ。主な任務は、宇宙デブリの排除。
惑星には、年に何十もの隕石や打ち捨てられた人工物が落下してくる。それを排除するのが、彼らの仕事だ。
宇宙用掃海艇と、人工衛星や地上基地に設置された、惑星への落下物破壊のための砲撃基地を有している。
連邦軍の所属ではなく、惑星に所属しているため、連邦軍撤退後も、スロウランドの安全確保にとりくむはずである。
衛星ミサイルの撃墜も本来は彼らの仕事だ。
けれど、惑星警備隊は、自らが守るべきスロウランドに衛星ミサイルを打ち込んだ。
都市機能は完全に麻痺した。
重要区画に衛星ミサイルが撃ち込まれたため、ライフラインは完全にストップしている。
特にゼンジロウたちにとって痛いのが、旧連邦軍基地が、衛星ミサイルの直撃により吹き飛んでしまったことだ。武器や物資が全部なくなってしまった。もちろんクーデター側も、それが目的で、旧連邦軍基地のあるブロックに集中して衛星ミサイルを落としたようだが。
抵抗力を失ったところで、装備の充実した惑星警備隊がスロウランド市内を制圧し、暫定評議会の結成を宣言している。
放送局や議事堂を占拠し、わずかな抵抗も鎮圧されたようだ。
「キャステ君、ちょっと聞きたいことがある。惑星警備隊って、どこの星もあんなに重武装なのか?装甲車や戦車も大量に保有しているようだが」
シェルター内部に設置された、モニターでは、衛星ミサイルの破壊を免れた定点カメラからの映像が表示されている。
そこには、街を重装備であるく惑星警備隊員や、街道を進む装甲車の一団が映し出されている。
「首相、惑星警備隊は、隕石を掃除するのが仕事です。今、映像に出ているような戦闘部隊は、まったく必要ありません」
「なら、どうして連中は持っている?そもそも、そんな予算の余裕はない。どうやって、金を調達したんだ……」
ゼンジロウは、ぶつぶつを呟きながら、謎を考えるが、答えはでてこない。
そんな時、クルトが口を開いた。
「惑星警備隊は、宇宙海賊とグルだ。夜の街で、連中が楽しくお付き合いしてるのを見たことがある。惑星警備隊の連中は、中央の監視の目がない分、連邦軍の連中より、もっとタチが悪い。ズブズブだ」
「あの連邦軍のなり損ない同然の連中が、宇宙海賊と仲が良いのは知っていたが、そんなにひどいのか?」
キャステの反応を見る限りでは、惑星警備隊への印象は、良くはないようだ。
「ひどいもなにも、キャステの姉御。連邦軍の連中は、現場で取り締まる下っ端が鼻薬を嗅がされてる程度だけど、惑星警備隊は下っ端から幹部にいたるまで、賄賂漬けだ。宇宙海賊は何かトラブルを起こしたら、連邦軍ではなくて、惑星警備隊に出頭する。なぜだか分かります?惑星警備隊が親身になって解決に協力してくれるからです。手打ちの仲介や逮捕者の減刑まで、まるで宇宙海賊の出先機関です」
宇宙海賊の下請けとして、搾取される立場にあったクルトは、よほど腹に据えかねていたものがあったのか、文句をぶつぶつと言う。
「経済的にも軍事的にも強力な宇宙海賊が、惑星警備隊を操って、政権樹立か?」
「おっさんの予想通りだと、俺も思う。ドギワ星系の宇宙海賊は経済的にも軍事的にも、一国に匹敵する規模だ。惑星警備隊のバックには宇宙海賊がついている見て、間違いない」
ふう、とゼンジロウはため息をつく。
打開策が見えない。
髪をかき分けると、数日シャワーも浴びていないためか、脂でべっとりとしている。
顔もこころなしか、痩せてしまった。
それは、一緒に逃げてきたキャステやクルトも同じだ。
キャステのポニーテールも枝毛が飛んでボサボサになっている。
クルトも、目の下には大きなクマができて、目は充血している。ここ数日ろくに寝ていない自分も、似たような顔をしているだろう。
たった3人きりで、廃屋の中で息を潜めている。
「理不尽だぜ、こんなの」
「局長、いや1日首相、地球圏に逃げますか?連邦の保護は受けられるでしょう」
いつになく、クルトもキャステも弱気だ。
都市は占領され、廃屋に3人だけの抵抗軍。それは弱気にもなる。
「連邦?そういえばマリウス君は、どこに行ったんだ?」
よく事務所に顔を出していた若手の参謀将校。
キャステにベタ惚れで、彼女と話すために、事務連絡という名目で、毎日きていた。
彼は、地球に帰ったのだろうか。きっと、意中の人であるキャステには伝えているだろう。
「あのモヤシは、ああ見えても駐屯軍の幹部です。今ごろ、軍の指揮に忙しいと思いますよ」
キャステは、突き放したように言う。きっと彼女には、マリウスへの好意などこれっぽっちもないのだろう。
「電話番号ぐらい聞いてないのか?」
「ああ、別れ際に、メモを渡してきました。お時間のある時に、ぜひ電話してくださいって。多分、捨てていないと思います」
キャステは、上着のポケットをがさごそと漁る。すると、しわくちゃになったメモ用紙が出てきた。きっと、電話する気なんてなかったのだろう。
ゼンジロウはメモ用紙を受け取ると、衛星電話を使ってダイヤルをかける。
プルルルル……
スロウランドは、予算不足のなかで開拓された都市なので通信網が貧弱である。
そのため、ゼンジロウは強力な回線の衛星電話と契約している。今回はそれが役に立った。惑星内の通信網は、クーデター側の手によって、既に外部とは切断されてしまっている。
「はい、こちらマリウスです!キャステ教官ですか!」
事務連絡の際の数倍明るい声で、マリウスが電話に出た。
「……いや。すまない。こちらはゼンジロウだ」
「あっ、これは失礼しました。ゼンジロウさん、首相就任おめでとうございます」
マリウスはがっかりしたようだが、それでも健気に対応してくれる。いい人だ。
「ところでだ。君に質問したいことがある」
「はい、それは何で……」
「キャステ君が死にそうならどうする?」
「この身を犠牲にしても、お助けします!どういうことですか、首相!教官の身に何か起こったのですか?今すぐ、向かいます。スロウランドですね。第六艦隊は、全艦反転!これより、我が艦隊はスロウランドへ向かう!」
食い気味でマリウスが答える。
電話の後ろでは、他の幹部がマリウスに、どういうことだ、説明しろ、などの批判が向けられている。
が、マリウスは「ドギワ第六艦隊の全権は、このマリウス・ウェンズ大佐に任されている!」と宣言し、周囲を黙らせたようだ。普段の弱気な態度とのギャップに、その困惑が、電話越しにも伝わる。
「スロウランドは、現在、暫定評議会と名乗るクーデター軍に占拠されている」
「分かりました。すぐさま、キャステ准将を助けに……いや、ごほんっ、失礼しました。ドギワ第六艦隊はこれより惑星の正当な統治権力であるスロウランド共和国の支援に回ります。これは連邦政府の独立後の混乱を防止せよとの通達に則るものです。けっして、個人的な感情、特に恋愛感情によるものではないことをご理解ください!」
これで、味方は一つ見つけた。マリウス率いる連邦軍が一個艦隊、救援にくる。
「戦況はどうなっていますか。特に、キャステ教官の様子は!」
ゼンジロウは、キャステに聞こえないように遠く離れると、小声で告げる。
「彼女はかなりまいっている。攻めるなら今しかないぞ、マリウス君」
「よしっ!情報ありがとうございます。それで地上の戦況は?」
「都市中心部は完全に敵の手に落ちた。郊外に今、潜伏している」
詳細な説明を続けるにつれ、マリウスの気配がシリアスなものに変わる。
「……それはかなりまずいです。第六艦隊の装備は、惑星降下を想定していません。地上支援のためには、惑星警備隊の基地を無力化する必要があります」
惑星警備隊は、落下物を撃ち落とすため、それなりに優秀な対空防御網を持っているらしい。
マリウス指揮下の艦隊は、地上戦を想定していないため、そのまま地上に降下すれば、対空砲火をもろに食らう形になってしまう。
そのため、マリウス艦隊の支援を受けるためには、ゼンジロウたち地上側で、対空防御網を停止させる必要があるとのことだ。
対空防御網を制御しているのは、スロウランド市庁舎。惑星の運営に重要なインフラを一斉管理しており、現在はクーデター軍が拠点としている。
さてどうするか。




