五十七ノ罪 闇の後継者①
『青眼――。赤眼――に続き、緑眼までもが斃されちまったか。これはジジィの目論見通りなのか、それとも計算外なのか……。なぁ、《《アンタ》》はどう思う』
サキエルは、後ろで佇むラファエルに声を掛ける。
だが、‘‘彼’’とでも言うべき存在はサキエルの問いに応えず、ピクリとも動かない。
『……。そうだったな。アンタは己達とはどうやら何か違うらしい』
サキエルの言葉に、依然としてラファエルは何も語らない。
火の天使、水の天使、風の天使。
そして《《先代の闇の天使が行方をくらまし》》、その後釜となったサキエル。
その後に、光の天使としてラファエルが神の僕として彼らの仲間に加わった。
だが、彼はこれまで誰とも関わろうとはせず、独自の時間を過ごしては今日に至り、命を堕としていく同胞に何の感情も抱くことなく、淡々と日々を越していた。
それはサキエルも同様であった。
次々に居なくなる天使と彼等を悪魔の力を用いて斃していく人類達に対し、思う事はあれど哀しみや苛立ちのような感情は存在しない。
それは、この天に生を授かった頃から当たり前の事であった。
そう、苛立ちなどない――。
苛立ちの感情は無いが、様々な思いが彼の脳裏を這い巡る。
東京で出会ったあの七機の悪魔の中にいた《《因縁の相手》》――。
この者に対しては話は別であった。
突如として生み出され、訳も分からず天使という座を得て、神の僕として働かされる。
そんな理不尽とも言うべき行為を強いられてきたサキエルにとって、この劣悪な環境から逃れた先代である闇の天使であるルシファーの存在は言葉には言い表すことが難しい複雑な思いを秘めていた。
――何故、天界から逃げたのか。
――何故、悪魔に与することにしたのか。
神から命を与えられた生物の枠から逸脱した存在は、生まれて初めて疑問を抱えたことに驚き、苦笑する。
『まさか、この己が、人間の様な感情を有することになるとは。焼きが回ったか』
先程までいたラファエルは既に姿を消し、そこにはサキエル唯一人となっていた。
独り言をブツブツと言っていた彼の思考は次の段階へと移り、どうやって悪魔を斃すことが出来るかの算段を立て始める。
今、サキエルが相手にしようとしているのは、地獄に棲む悪魔博士が生み出した悪魔の兵器。
それもまた、サキエル同様に兵器であるが故に当然ではあるが常識の枠から脱した存在であった。
しかし、中身のパイロットは神が創り出した『失敗作』。
大きさは豆粒のように小さく、非力で、知能が低い。
そのような存在に、あのようなロボットを操縦出来るわけがない筈だが、実際に彼等は地獄の博士が生み出した悪魔の兵器に乗り込み、次々に天使を葬ってきた。
そこでサキエルは考える。
彼等は我々の知らない能力を秘めているのではないか。
若しくは、地獄に堕ちたことで彼等自身悪魔となり、とてつもない力を得てしまったのではないか。
だが、やがてサキエルの思考は、その可能性の全否定へと収束する。
それは、神・ゼウスが生み出した生物(天使や天獸以外)に例外は無く、特別な力を持ったモノは存在などしない、する筈が無いのである――という、創造神ゼウスに対する絶対的確信があるからである。
その事を、サキエルは重々に承知しており、その部分に関しては絶対的に自身の創造主の事を信頼している。
だからこそ、未知の力を持った傑達人類に謎の恐怖感と、神が生み出した筈の失敗作であるにも関わらず異例的な彼等に対し、興味が湧き始めていた。
そのこともあり、サキエルは先代闇の天使であるルシファーの意思を感じたsin僟。
彼との決着をつける為にも、サキエルは地上へと舞い降りることを決めていた。
そして思う。
初めて、彼らと対峙した時のことを。
――《《あの時には》》、《《理由あって戦う事をしなかった》》。
サキエルの中にある何かが、ルシイドよりも、レヴィーとアストの二機に興味をそそられ、彼女達と戦う事とを望んだ。
それは、彼女達の奥に眠る闇深い何かに興味を持ったためであり、サキエル自身、その事に後悔などはしていない。
結果的には負けてしまったことになるのだが、それでも彼女達のその闇とそれに打ち勝つ心と言うものに興味を持ち、サキエルはそれだけで満足であった。
自分の中に目覚めつつあるソレを、彼は長い年月を掛けても答えを出すことが叶わなかった。
しかし、地獄に堕とした人間達と戦い合うことで自分の中に眠るナニかが、それが感情というものであることを知り、益々、彼はニンゲンという可能性の存在に興味を持ち始めていた。
本来であれば、人間と同様の感情を備えるようになったとあれば、これまでの天使であれば自死をも厭わないほどのレベルであろう。
それ程までにサキエルは傑達人類の事に興味を持ち、彼等の事を知ろうとしていた。
彼等の謎を解き明かそうとする為に。
湯に浸かりながら、サキエルは地上の景色を眺める。
荒れた大地に、人っ子一人の姿を見ない。
つい先ほどまでに建ち並ぶビル群は姿を消し、これまでの東京と見る影もない。
『さてと……』
ウルズの泉から上がり、濡れた翼をバサッと広げると、サキエルは覚悟を決める。
『そろそろ落ちるとしますかね』
闇の天使は地上へと降り立った。




