五十六ノ罪 緑の風⑦
――ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……。こ、これ全部お前がやったのか……?
――ヒィッ……!た、助けてくれ……!
――近寄らないでくれ……!
――やめてくれーー!!!
(違う……。やめろ……。もう俺は違うんだっ……!)
過去の悪夢に魘されながら、傑は強く否定する。
それは、過去の否定ではなく、自身の否定――。
怒りに飲まれ、他者を恐怖へと陥れた且つての自分に対する否定であった。
(俺はもう、誰も傷つけない!そう決めたんだ!!この力は、俺の大切な人たちを守るために使う!)
衝撃で気を失っていた傑は暗闇から逃れるように閉ざされた瞳を開く。
その直後、機体の損傷箇所がないか確かめるが、ミカエルの攻撃が到達する直前に亜久良がルシイドによって防御力を上昇させられており、ダメージは最小限に抑えられていた。
開いた瞳に映る景色は、レヴィーとアストがミカエルと激しい戦闘を繰り広げていた。
だが、二人のsin僟はどちらとも支援機という立ち位置の機体であるため、それぞれが単体で戦闘を行なえる程の武装を有してはいるものの、サタス程の戦闘力は無く、どの攻撃も決定打とはならない。
それでも、愛する者の為に彼女達は持てる力を出し、傑が復帰するまでの時間稼ぎとして機体を動かす。
レヴィーは専用武器である‘‘蛇ノ鞭’’で味方であるアストの脚部を模倣し、二機同時に脚部へとエネルギーを溜め始める。
ギシギシと二つの機体のパーツが軋む。
「「くらえーー!」」
「「蛇兎双脚闇!!」」
二機の機体は高く飛びあがり、闇炎を纏ったその脚で白き天使へぶつける。
激しい爆音と黒と紫の爆炎に包まれたミカエルであったが、橋姫と夢魔の二人は次の戦闘態勢へと入った。
それは、確実に仕留めきることが出来ていないと言う確信から来るものであった。
「夢魔!もう一回いくよ!」
「はい!」
もう一度、それぞれの脚部に再度エネルギーを溜めて高く飛び上がろうとした時、彼女達の背後に謎の悪寒が走る。
「――!!」
「逃げっ――!!!」
亜久良の言葉が届く暇もなく橋姫と夢魔の駆る二機のsin僟は弾き飛ばされ、土煙に消えた。
彼女達の背後にミカエルが移動していたのだ。
「動けっ……!動けっ……!!」
地面に墜落したサタスを動かす為、傑は必死に操縦桿を動かす。
唸り声のような軋音を立てながら、逸る傑の思いに呼応するかのようにサタスはゆっくりと立ち上がり、紅い眼光を光らせた。
そして、上空で戦局を見極める亜久良に対し、傑は通信を開始する。
「亜久良。もう一度、俺のサタスに堕天王ノ咆哮を掛けてくれ」
彼の言葉に亜久良は「了解」とだけ答え、即座に行動を移す。
だが、亜久良の脳裏では同時にミカエルに対する有効的な手立てを与える方法を探していた。
全力を出したミカエルの実力は確実に以前よりも跳ね上がっているはず――。
更にこちら側は、合体状態では全力を出し切れないと言う理由から各々のsin僟へと合体解除をした状態であり、ザイガ合体時よりも身体への負担は軽減されている。
しかし、彼等のD指数は合体前の最高値である70%前後、ザイガ合体後の影響でD指数は90%まで上昇することが可能とはなったが、それでも彼の天使に勝てる見込みは――。
(――三割と言った所か……)
亜久良は悩む。
(今のsin僟隊の限界を超えるにはどうすれば……)
ミカエルを確実に斃すことが出来るのはD指数90%のその先――。
(――100%を引き出さなければならない……か……)
亜久良は思考を巡らせる。
――どうすれば、自分達の限界値を超えることが出来るのか。
――どうすれば、自分達の奥底に眠る欲望《罪》を引き出すことが出来るのか。
――どうすれば……。
考える中で、亜久良は一つの結論に辿り着く。
『限界と言うものは、自分で決めるものである――』と。
亜久良《彼》が生前通っていた塾で散々聞かされた言葉である。
秀才だった彼は自分よりも程度が低い生徒達に講師が常に掛けていたのを近くで聞かされていたのだ。
当初、勉強に関してそれ程の苦悩を味わった事が無かった彼にとってそれは縁の無いものであった。
次から次へと出される問題を彼は次々と解いていく。
彼の辞書に限界という言葉はあれど、経験をしたことなど一切無かったのだ。
――だが現在進行形で、彼自身にD指数の上昇停止という状態で、人生初めての限界を知ってしまった。
初めての状態に逸る気持ちを抑え、亜久良はその解決方法を探る。
(限界は自分で決めるもの……。限界は自分で決めるもの……)
かつての講師の言葉を反芻し、彼の脳内は加速度的に巡らせる。
亜久良が解決策を見出している間、残りの者達は、それぞれの方法でミカエルと相対し、互角とまではいかずとも、諦めず戦い続ける。
何度飛ばされても、何度打ち付けられようとも。
それぞれが連携し、力を合わせて一体の化け物と戦っている。
思考を巡らせる亜久良の視界には仲間達が捨て身で戦い続ける姿が映った。
「――!!そうか、分かったぞ!」
やっと解決策を講じた亜久良だったが、それは部の悪い掛けであることに変わりはなかった。
だが、それでも実行しなければ勝ち目はない。
戦闘中のsin僟隊のメンバー全員に、リーダーは告げる。
「自分達の、欲望《罪》を解放しろ」
亜久良の言葉に、白狐が返す。
「『解放しろ』っつったて、俺達は既に合体圏内にイケるまで開放してんだろ!?」
「そうじゃない!!それより《《もっと上》》を目指すんだ!」
白狐の返答にすかさず亜久良は返す。
「上!?どうやって上げるんだよ!俺達のD指数は合体目標の70%前後!そこからどうやって引き上げんだよ!」
「それは、私達の無意識にこれ以上、自分達の欲望を引き上げないようにストップが掛かっているから、D指数の数値が上昇しないんだ!それを、自分達の意思で超えない限りミカエルには勝てない!」
更に亜久良は続ける。
「だが、それは私達にとって、分の悪い掛けでもある。今の私達の勝率は良くて三割、しかし、今の自分達の限界を超えることが出来れば勝率は六割までには上昇する!」
「それでも、六割……」
橋姫の表情が曇る。
「それに――」
「まだ何かあるのか!」
「それに、D指数を無理矢理あげると言う事は暴走状態に入る可能性が十分に高いと言う事だ。そうなれば、ミカエルはおろか、私たち全員も全滅する可能性が高い」
「だったら、どうすんだよ!それじゃ元も子もないじゃねぇか!」
「だから、傑。私はお前に全てを賭ける。お前のsin僟がこの中で一番戦闘力が高い。それと同時に、そのsin僟の性質上一番暴走しやすい。……が、それでもお前は乗り越え私達の元へと帰ってきてくれた。全力で私達がお前を救いだしてやる……!!だから、頼む!お前の全力を、今ここで引き出してくれないか!」
「何勝手なこと言ってやがんだ!こいつが何回暴走してきたと思ってんだよ!それに、もし今度、暴走を止められなかったら俺達は消し炭になるかもしれないんだろ!」
反発する白狐であったが、覚悟の決めた表情を傑と亜久良の二人に見せる。
それは、ここまで導いてきた傑と、傑《彼》がリーダーにと認めた男である亜久良に対する信頼の証でもあった。
「そういや、白狐くん。アンタ、傑を超えるとか何か言ってなかった……け?暴走した傑を止められないようじゃ、まだまだ、敵う日は遠いでしょうね……」
橋姫の言葉が、白狐の心にとどめを刺した。
白長髪の端正な顔立ちをした男は眉間に皺を寄せ、苛立ちを混ぜるように「クソッ」と吐き捨て、亜久良の意見に賛を投票した。
全員の意見が纏まり、それぞれが各々の役割を全うする為、行動を開始する。
ルシイドは防御力を上げる粒子をばら撒く防御ヲ与エシ粒子を全機体に散布した。
「私が予測するに、先程の嘔吐は無意識化によるストッパーが発動したものだと思われる。傑《貴様》の奥深くに眠る怒りに対してのトラウマがまだ拭い切れていない証拠だ。今こそ、過去のトラウマに打ち勝つんだ!神嶌傑!!」
『先程から何をこそこそ話している。ガブリエルとウリエルを斃した姿を解き、また小矮な姿に戻るとは、そこまで堕ちたか。もしくは諦めがついたか』
愚かな人類に怒りを滲ませ、神の御使いは神槍を構える。
周囲に風を纏わせ、悪魔の遣いをこの大地もろとも吹き飛ばそうと力を込める。
対する傑は、仲間達がミカエルの周囲を囲う嵐の様に荒ぶる天風に手こずっている間、決着をつけるべくD指数の限界突破を試みていた。
――その為には、己の中に眠る過去のトラウマを完全に克服する必要があり、傑は再び、己の過去と向き合っていた。
* * *
――俺は何度自分の過去と向き合えばいいのだろうか……。
――懐かしい書斎の臭い……。日焼けした紙が俺の身体を優しく包み込んでくれる。
コクピットの中にいる傑の鼻に、香るはずのない実家の書斎の匂いが漂う。
それはつまり、己の過去と向き合う覚悟が出来ていると言う事。
モニター越しにその集中力を観察して居た亜久良は心の中で、彼を案じる。
(その調子だ。貴様の抱える真のトラウマを克服してこそ、その機体は真価を発揮する。だから頼む!どうか、自分の怒りに飲み込まれるな!!)
――傑、お前は我が家の敷居を跨ぐなと言ったはずだろう
傑の前に現れたのは、自身の父親だった。
厳格な父親――。
幼かった頃の傑は、自分にも人にも厳しいそんな父親を、恐ろしくも思い、尊敬もしていた。
だが、年を重ねるにつれ見たくない光景を彼は知ることとなっていく。
母親に対するDVともとれるような言動の数々。
当時の世間は、その言葉がまだ浸透しきっていない時期であり、特に問題ともなってはいなかった。
昭和から続く亭主関白という家族観の延長線上にある物と思われていた。
しかし、傑の父親は違っていた。
常に、自分の妻を罵り、蔑み、見下していた。
どのように彼の言う通りに動いても、彼は一切褒めず、それを当たりまえとし、次々に用事を言いつけた。
傑の母親は、愚痴の一つも溢さず、謂われるがまま行動に移し、実行する。
それがいつしか、家庭の在り様として当たり前の光景ではないことは、薄々傑は感じていた。
表では父親の言う事をこなす優等生を演じ、裏では友人達と息抜きにゲームセンターに通う生活を送っていた。
だが、それはいつしか、成績に影響を及ぼし、それがバレた際には、父親に「今すぐ(友人と)縁を切れ」と言われてしまうまでに至ってしまう。
しかし、それでも傑は友人と縁を切ると言う選択肢を選ぶことはせず、彼らとの関係を続けていた。
そして、例の事件が発生してしまったのだ。
――父さんの言うとおりだったよ。俺は間違っていたみたいだ。
――……。
――だけど後悔はしていない。それでも楽しかった日々に変わりないし、お陰で最高な仲間達に出会えた。もう俺達は死んでいるがな。
――勘当されて尚、品行下劣な輩と関わることをやめないか……。お前の母親は飛んだ失敗作を生んだみたいだな。
――それでも、母さんはアンタの事を一番に思っている。だから、言いつけを守って俺の面会にも来なかった。もうあの人には同情も何もしてないよ。好きにすればいいと思ってる。だけど、俺の仲間の事をとやかく言われる筋合いはない。何も知らないアンタが、俺の仲間達の事を馬鹿にすんじゃねぇよ。
傑の拳は怒りのあまり強く握り、血液が地面へと滴り落ちる。
――また怒りに任せて暴力に溺れるか。
――人を傷つけるような犯罪者に育てた覚えは無かったが。やはりお前は私の子ではないらしい。
――勝手に言ってろ。俺はもう変わったんだ。俺の怒りは人を傷つける為にあるんじゃない。仲間を、護る為にあるんだ!!!
* * *
突如として、サタスの全身に赤い線条が走り、咆哮が響いた。
コクピットに映るモニターにはD指数の係数が表示されており、徐々に数字が上昇していく。
75……80……90……そして。
100……。
臨界点へと到達したサタスは、目にも止まらぬ速さで、ミカエルの背後へと移動をした。
ミカエルを囲んでいた暴風たちは、サタスの鬼狼ノ鉤爪で斬られており、消失していた。
「傑!!無事なのか!?」
亜久良が、傑のみを案じる。
「あぁ、皆待たせた済まない。ここからは俺に任せてくれ」
『カミシマタケル。遂に本気を出したか。来い。我が蹂躙してやろう』
「あぁ、待たせたな。今度こそ、決着をつけよう」
さらに傑は続ける。
「皆、そう長くは意識を保っていられそうにない。なるべく早く短時間で決着をつけるっ!もし俺が暴走したら、後は頼む!――亜久良!サタスの攻撃力を上げてくれ!全開だ!」
傑の言葉に一同は頷き、ルシイドはサタスへと堕天王ノ咆哮を発動し、攻撃力を上げる。
紅く発光する獣は両肩から黒鋼の棍棒を引き抜き、大きく振りかぶるが、一歩間に合わず避けられてしまう。
避けた後のミカエルの眼前には、童子の駆るベルグラが待機しており、大量に吸い込んだ瓦礫を一気にぶち撒いた。
多少の目くらましになると思われたが、人間の小細工など神が生み出した僕には通用などせず、一瞬にして突風により吹き飛ばされる。
ミカエルが少し視線をずらすと、今度はレヴィーによって投げ飛ばされたグリモンが右手を構え飛んできているのが映った。
しかし、それはミカエルに対してではなく、その前方を走る突風に向かって。
グリモンの右手とミカエルの突風が触れた瞬間、風は消え去り辺り一面、障害物は無くなった。
「思う存分暴れていいよ。傑さん。面倒くさいけど、何回でも回復してあげるから」
アスロトのパイロットである八瀬三吉の言葉を聴き、傑は最後の勝負に出る。
野生の獣の如き速さで、ミカエルを追いかけ彼等は向き合う。
ミカエルは神槍に光を、サタスは胸にエネルギーを集め、一気に放出する。
『白キ破滅ノ光』
「鬼狼ノ怒号!!!」
やがて周囲は光に包まれ、次第に闇へと吸い込まれていく。
塞いだ瞳を、sin僟隊のメンバーはゆっくりと開け、彼ら二人の行く末を確かめる。
空に浮かぶ白き残影は姿を消し、地上には黒き獣が一機、鎮座していた。
その光景を見て、彼女達は確信した。
傑が勝ったのだと――。
傑とミカエルとの三度目の決戦は――。
傑の勝利で幕を閉じた。




