五十五話 緑の風⑥
「傑!良いからここは私に任せて――」
「亜久良!今のままじゃ……俺達は勝てない」
疲労感の混じった吐息が、傑の口から漏れ出る。
モニターに映る亜久良の顔は心配にも動揺にも見える表情をしており、しかし、傑はそんな彼の思いを他所にコントロールハッチを弄り、ザイガの合体解除へと移っていた。
それにより、ザイガの全パーツの連結箇所が次々と解除を始め、一つであった巨大な悪魔のロボットは再び七体のsin僟へと姿を変えた。
「――!?。……一体どうした!どうして合体が解除されたんだよ!」
突然のザイガの合体解除により、傑以外のsin僟隊パイロットは動揺を隠せずにいた。
白狐は唖然とし、橋姫と夢魔は予想だにしていない傑の行動に複雑な表情を示す。
『何のつもりだ。カミシマタケル。我に勝てないと悟り、戦うことを諦めたか』
サタスの姿へと戻ったsin僟に乗った傑に、ミカエルは問う。
「……その逆だ。お前を斃すには、この機体で充分だ」
傑はミカエルとの戦いで決着をつけることが出来ず、その事をこれまでの戦闘に於いて後悔をし続けてきた。
――もし、あの時に斃すことが出来ていれば。
――もし、最初の段階でsin僟を乗りこなせるほどの圧倒的センスと戦闘力を持っていれば。
しかし、そのどちらとも、既に叶う事は無い幻想である。
それを傑は人一倍、いやそれ以上に痛感をしている。
彼自身、これまでの人生でどれ程にもしもの可能性を考え続けてきたか。
自身の犯した過ちをどれ程までに無かったことにしたいと願い続けてきたか。
だがそれは、嫌と謂う程この現実という世界に於いては叶う筈もない泡沫の夢なのである。
それを彼は知ってしまったのである。
だから、神嶌傑という男は、その過去を清算する為に、今、ここでサタスで、宿敵であるミカエルを斃そうと決心をした。
そして、今回は一人でも、ましてや未成熟なパイロット達じゃない。
共に強敵たちを斃し続けてきた仲間達がいる。
ザイガで全力を出すことが厭わなくても、七機の力を合わせれば必ずやミカエルを‘‘今度こそ斃せるはずだ’’と彼は考える。
混乱する仲間達に、傑は伝える。
「悪い。皆。余計な混乱を招いちまった」
謝罪する傑に、白狐はすかさず疑問をぶつける。
「どうして合体を解除した!やられたいのか!?」
「違う!聞いてくれ」
sin僟隊の周りには時が止まったかのような沈黙が支配した。
「今の俺じゃ、ザイガでは全力が出せない。アグリールを放てば脳に激しい衝撃が走って、碌に操縦も出来ない。ザイガの中心部であるにも関わらずだ。そんな状況であの強敵ミカエルを斃せる自信が、今の俺には無い。だったら、今全力を出せるサタスで奴と戦った方がまだ勝ち目がある気がするんだ」
「だが!ザイガだから天使二体を斃すことも出来た!それに奴等よりさらに強くなったミカエルをsin僟一機の力で斃せるわけがないだろっ!」
白狐の言葉に、傑はすかさず言葉を入れる。
「お前達の力を貸してくれ!あの時みたいに、俺とミカエルが初めて戦った時みたいに、皆の力を貸してほしい!それに、三吉や亜久良がいる。俺達はもうあの頃の俺達じゃない。様々な敵と戦って、俺達の経験値はあの頃とは比較にならないくらい上がっているはずだ!だから頼む!力を……貸してくれ……」
傑の言葉に一番に応えたのは、夢魔だった。
「はい!傑さんの為に、私は全力でサポートさせていただきます!」
夢魔の瞳は初めて戦場に出た時とは違い、自信に満ち溢れていた。
その様子に、負けじと橋姫も自分の頬を叩き、傑の思いに応えようと気合いを入れる。
「あたしも、傑がそうしたいなら、何が何でもあんたの力になってみせる。そして今度こそ、一緒にアイツを斃そうよ!」
橋姫の思いは傑に伝わり、背中を押されるような感覚に彼はなった。
――生前の彼は、いつの間にか孤独になっていた。
友に裏切られ、家族に見限られ、誰も自分の事を思ってもくれない。
彼は、自身が行なった行為を‘‘過ち’’とし、納得のいかない後悔を抱えたまま、この世を去った。
友が傷つけられた時、どうすればよかったのか……。
その問いの答えを見出せぬまま、彼は東京の地を焼き尽くす白熱の光球に焼かれることとなる。
そして、地獄という地で彼を待っていたのは、一人の科学者を名乗る悪魔。
彼の開発したsin僟という謎の巨大ロボットに乗り込み、彼は自身の目的の為に戦った。
いつしか、彼の周りには共に強大な敵と戦ってくれる仲間が集まっており、彼ら、彼女らは言葉では語ることのできない凄惨な、正に地獄とでも言うべき境遇に置かれ、幸せとは言い難い最後を送り、この地へと舞い降りた。
そんな彼らと関わっていくことで、自身の過ちを、自身の問いに対する答えを彼は知らず知らずのうちに獲得していたのだった。
「……。しょうがない。あの炎野郎は俺の詰めの甘さもあって、皆に迷惑をかけてしまったからな。その、借りをここで返してやる」
「成長したうちらの力、あんにゃろうに見せつけようよ!!」
「もう二度と無理はしないって誓って……。アスロトの能力使うのほんと怠いんだから」
夢魔と橋姫の言葉を皮切りに、白狐、童子、三吉も傑の意を汲み取り、彼の戦いに協力する姿勢を見せ始めた。
そして勿論、あの男も。
「……ハァ。分かった。自分や三吉には分からない因縁があるのだろう。私にも、少し気になるやつがいるからな」
亜久良の脳裏に一体の天使の姿が思い浮かぶ。
燃え盛る東京の地に現れた五体の天使のうちの一人。
黒き紋様を拵えた石膏の様に美しい躯体の存在――。
意味深な言葉を吐くだけ吐き、自身とは一線も交えなかった闇の天使――サキエル。
彼の存在との決着をいつか自身の手で終わらせようと、亜久良は考えていた。
その思いが傑の思いと重なり、自身の戦いの為に亜久良は傑に力を貸す。
「絶対、負けるな。負けることは絶対に赦さない……!」
亜久良のその言葉に、固唾を飲み頷いた傑は、サタスを臨戦態勢に入らせ、狙いを上空で鎮座するミカエルへと定める。
サタスの真上にはルシイドがその偉大な双翼を広げ、赫と蒼の粒子を散布し、地上で獲物を狙う獣の戦闘力を上昇させる。
堕天の王による威厳をその身に纏い、悪魔の獣は下肢に力を込める。
狙うは風の天使。
三度に渡る戦いに終止符を打つため、傑は息を整え、操縦桿を強く握った。
時間にして三秒、それは地上にいるサタスが上空で構えるミカエルの元へと辿り着くには充分な時間だった。
飢えた獣の様に鋭い眼光を紅く光らせ、空高く跳躍したサタスは、研ぎ澄まされた爪を生やした腕を上下に大きく開く。
それは正に、獰猛な獣の口を想像させるような姿であった。
「鬼狼ノ絶牙!!!」
悪魔の爪牙は上下からミカエルの身体を挟み込み、純潔の雪膚を傷つける。
鋼の爪がミカエルの肌に触れる時、激しい衝撃と共に、金属音のようなものが響き渡った。
火花が散り、勢いよく上下から鬼狼ノ鉤爪を挟み込ませた結果、弾かれたその衝撃でサタスは大きく仰け反ってしまう。
だが、それでも傑は間髪入れずに両の甲に内蔵された鉤爪を天使の身体に刻み込もうと振り下ろす。
傍から見れば、暴走状態に陥ったと思われるようなサタスの攻撃であったが、籐のパイロットである傑は至って冷静そのものであった。
それでも、先程のザイガでの戦闘で受けたダメージは身体に残っていたが、ミカエルと戦えるほどには回復している。
ルシイドのサポートにより更に攻撃力がアップしたサタスであったが、合体を解除したサタスでは全力となったミカエルの身体には到底歯が立たない状況であった。
(俺にもっと怒りを……!ミカエルを斃せるほどの怒りを……!)
今出せる全力を出し切っている傑は、ミカエルを倒す為に更なる力を求める。
心の底から無理矢理に出させる怒りの感情は、傑の体内を蝕み――。
「オボッ……!!?」
――唐突な吐き気を催させる。
その隙をつき、ミカエルは神槍で黒狼の頑強なボディに一撃を決め込んだ。
激しい金属がぶつかる音と同時に、ミカエルと同等の場所に居たサタスの姿は一瞬で地面の土煙に消える。
「傑!」
「傑さん!」
橋姫と夢魔は傑の安否を確かめようと彼の名を呼んだ。
そして、嫉妬のsin僟、色欲のsin僟、それぞれの機体をミカエルの元へと動かした。
「亜久良!あたしの機体にもバフってヤツを掛けてくれない?!」
「あ、私にもお願いして欲しいです!」
二人の要請に、亜久良は二つ返事で二機のsin僟の攻撃力と防御力を上昇させる粒子をばら撒いた。




