五十一ノ罪 緑の風②
——悪魔の洗脳から逃れ、地球を乗っ取ろうとしていた残虐非道な敵を、傑は仲間達と共に斃した。
それが、目の前に立つ男に抱いた、人々が創りあげた物語である。
悪魔を斃した英雄、神嶌傑の言葉に全員が注目する。
洗脳から解かれた英雄の言葉にその場にいる誰もが、期待をした。
傑は口を開く。
この世界の真実を。
傑の言葉に誰もが耳を傾ける。
夢魔を愚弄した彼も、彼等を非難した者も、童子や彼女の両親をも傷つけた彼等でさえ。
悪魔を斃した英雄の言葉を彼等は遮ることなく、静かに聞いた。
この世界の現状、どうすれば生き返ることが出来るのか、天使は何者なのか。
しかし、傑は天使という言葉は使わなかった。
恐らく、彼等は信じようとはしないから。
現実から目を背け、自分達がこれまで信じてきた物が崩れ去ることを良しとしないから。
傑の話した真実を、目の前の群衆はすぐに信用した。
その真実は、都合の悪いものを取り除いたものだったから。
(本当に都合の良い……)
傑は再度思った。
天使という言葉を使わないだけで、信じてこなかった話をすぐに信じてしまう彼等がとても哀れに感じてしまう。
しかし、それ程までに、天使という存在、更には神という存在は彼等の中で心の支えとなっているという事を実感した。
だが、それ故に思う。
——都合がいい。と。
無宗教家も多いこの日本で、こういう時だけ、人々は神という存在に縋り、助けを求める。
実に都合の良い思考を持っていると傑は感じた。
それと同時に、自分も都合の良い人間なのだと傑自身は自身を振り返る。
——アンフェールに放った言葉を嘘にしたくない。
そういう思いから、都合よく人々を赦し、都合の良い言葉を並べては人々と都合の良い関係を構築しようとしてる。
(俺も結局はこの人たちと同じなんだな)
自分の吐いた言葉を貫き通し、真実とするためだけに、神嶌傑という男はかつて自分達を除け者にしてきた者達を取り込もうとしていた。
傑は、自分の心がとても醜いものになってきていることをこの時、実感するが、人々は傑の言葉に一切の疑問を持つことなく彼の話を聞き、彼の発す言葉を聴く。
「ほ、本当なのですか?!」
「本当に私達は助かるのですか!?」
「傑さんの言う、その《《化け物達》》を殺すことが出来れば、俺達はまた蘇ることが出来るんですね!?」
彼等の言葉に傑は得も言われぬ気持ちになった。
幾度も彼等には心の無い言葉を投げつけられた傑ではあったが、それでも彼等に嘘を伝えるのは心が痛む。
アンフェールに放った言葉は、咄嗟に出た言葉ではあったが、それ故に本心の部分も混じっていると思い、だからこそ、その言葉を嘘にはしたくない。
しかし、今は違う。
意図的に嘘を吐き、意図的に彼等、人々を自分達の元へと引き込もうとしている。
言わば、‘‘騙している’’それと同義の事をしていることに傑は心を痛めていた。
だが、それでも彼は嘘を吐いてでも自分達の為に目の前の人々を騙す覚悟を決める。
自分がこれ以上、自分達の戦いに疑問を持つ事が無いように。
***
――天界
東京での戦闘に傷ついたミカエルはウルズの泉に浸かり、身体に負った傷を癒やす。
『人類は我々の想像を遥かに超える力を手に入れたか。それにしてもあの姿』
ミカエルは、東京で見た悪魔の姿を思い返していた。
黒き鬼の様な悪魔の姿は、ミカエルの過去の風を吹かせる。
砂嵐の様な荒れた映像の中に、同一の姿が映ってはノイズが邪魔をする。
『少し、以前の様なクールな佇まいは無くなったか?』
ミカエルの背後から低い声が聞こえる。
その声の主を彼は知っていた。
『サキエル、貴様は地上に戻らなくてもいいのか。それほど深い傷は負っていないだろう』
『まあ、己は己の好きな時に地上に赴くよ。それに、己はアイツを止められなかった己自身が憎く、情けない』
サキエルは、東京での決戦時にウリエルが禁断の果実を食したことに相当なショックを受けていた。
ウルズの泉に入り浸っていたサキエルであったがその目的は、そこに生えた一本の木、それに自生する黄金の果実を誰にも触れさせない為であった。
しかし、東京決戦時の前にウリエルは黄金の果実をこっそりと盗み、食べ、挙句の果てに自我を失い、悪魔に斬り殺された。
その事を、サキエルは悔いては、自分を呪っていた。
『サキエル、貴様が気にする必要は無いのではないか。結果論として、あの果実を取り、食し、戦ったのはウリエルの判断だ。貴様が気に病む必要はどこにもない』
あまりのミカエルの変わりように、サキエルは唖然とした。
『お前さん、本当にあのミカエルか……?!』
以前のように毅然とした態度の冷めた口調のミカエルの姿はどこにもなく、気持ち悪い程に優しく他者を慮るミカエルに、サキエルは疑う。
――《《明らかに天使全員に何か悪い影響が出始めている》》。
地球が誕生して数十億年、もっと言えば、神・ゼウスの力によって生み出されて数百億年、これまで一度たりとも変わることなかった我々の中に、何か良からぬ、影響が出始めていることにサキエルは気づく。
いや、これでも遅すぎたのかもしれない。
もっと早く気付いていれば、或いは。
まだ確証が得られないサキエルは、取り敢えず、ミカエルと会話をする。
ミカエルとの会話で何かしら自分達、天使の変化に繋がる何かが見つかるかもしれない。
そう考えながら、サキエルはミカエルとの会話に全神経を集中して一個一個の言葉を記憶していく。
しかし、どれも確証を得るようなものは無く、サキエルは一旦、ウルズの泉に浸かった。
『なぁ、ミカエル。お前はアイツ等の事をどう思う?』
『何がだ?』
『アイツ等、地獄に堕ちた人間達の事だ。悪魔の力を借りて、己らと互角どころか、それ以上の力を今は得ている可能性が高い。現に、果実を喰ったウリエルと神の伝言者のガブリエルがアイツ等にやられてしまった』
サキエルの言葉にミカエルの顔は少し沈む。
『確かに、あの者達は、我等の力を想像超えるスピードで上回っている。しかし、二度と同じ失態はしない。前回も、神嶌という男を我は斃しかけていた。が、突如として姿を変えたあの悪魔人形に、油断してしまった。しかし、次は無い。全力を持って、我の力で叩き伏せよう。ウリエル、ガブリエルの為に』
ミカエルの仲間を思う声に、サキエルは軽く微笑んだ。
良いか悪いじゃない。
仲間を思う気持ちを持ったミカエルの姿に彼は嬉しく、頼もしい気持ちを持った。
『傷が癒えたら、我は再び地上へと舞い戻ろうと思う』
ミカエルの言葉に、サキエルは立ち上がった。
『一人で行くのか!?』
『あぁ』
あの悪魔達に、一人で立ち向かうと告げるミカエルに、サキエルは言う。
『だったら、己も一緒に出るか。二人でだったら、お相手さんも少々骨が折れるだろう』
『厭、我一人で良い』
サキエルの申し出に、ミカエルは拒否を示す。
『どうしてだ!相手はあのウリエルとガブリエルを斃す程の実力を持っている!ならば、二人で戦えば……!』
サキエルの言葉をミカエルは途中で遮った。
『これは、天使というよりは我としての矜持だ。我は、神嶌傑という男に二度も退けられている。ならば、三度目は無いと言う事を我は奴に教えなければならない』
泉から立ち上がったミカエルの傷は既に癒え、荒々しく傷ついた白肌は陶器のような美しさを取り戻していた。
白く、そして精錬された羽根を大きく広げ、ミカエルは飛び立つ。
目標は地上――東京。
斃すは、悪魔の化身。
地獄には、警告のサイレンが鳴り、赤色灯が激しく光る。




