五十ノ罪 緑の風①
アンフェールの乱から一週間が経過し、地獄で安寧を送る人々の中に彼の姿は無く、傑達の地獄での生活は以前の様に明るく活気のあるものではなくなっていた。
地獄でアンフェールとsin僟隊との戦闘を観戦していた人々は、悪魔を斃したと言う事で、いつの間にか人々の中にあったsin僟隊へのわだかまりは無くなり、地獄での生活に慣れたのか、蠢く空間の中で普通に生活を送る。
「ほんと、納得いかねーな」
白狐が口を開く。
これまで散々、自分達を非難し、迫害してきた人間達がその事が無かったかのように過ごしていることに納得していない様子だった。
「だが、ここで俺達があの人たちをとやかく言えば、折角落ち着いた生活がまた荒れることになる。そうなれば、必ずどっちかが居場所を失う事になってしまう。それだけは避けなきゃいけない」
冷静に、しかしどこか感情を押し殺したように傑が言う。
今まで迫害されてきた側で居場所が無かった傑は、迫害された者の苦痛、孤独の寂しさ、そう言ったものがどれほどにつらいモノなのか理解していた。
それは当然、他のメンバーも同様だ。
「俺達だって、今まで死ぬほど苦しい思いをしてきたんだ!アイツ等だってそれ相応に苦しみは与えるべきだ——!」
「白狐!」
傑が止める。
「俺達は選択した。悪魔の誘いに乗り、悪魔と共に戦った。俺達はそれを選択したんだ。その時に、心のどこかではこうなることも理解していたんじゃないのか?」
傑の言葉は真実だった。
初めて地獄に堕ちた時、得体の知れない悪魔の声に彼等は集まり、天使を斃す力を得ては、それを使い、善とされる天使を殺してきた。
そして、天使に姿を変えられた人間達も。
それまでの道程で、彼等、彼女等はどこかで生前と‘‘同じ迫害される恐れ’’を抱いていた。
それでも自分達の望みの為に彼等はsin僟に乗り、戦った。
自分達が周りからはどう思われるか、薄々気づいてはいた。
自分一人だけであれば、彼等、綺麗事を語る人間達の言葉に怒りを感じつつも自分の人生を変える為ならと、手を出さず耐え続けていただろう。
だが、仲間を罵られたとなれば、傑の怒りはその範疇ではない。
共に戦い、共に苦しみを分け合った仲に、安全圏から理解もしていない綺麗事ばかり連ねる連中が汚い言葉を使い罵倒すれば、誰だって許すことは出来ないだろう。
しかし、その過去の自分の行いを、傑は恥じていた。
今となっては、間違ってなどいないと理解しつつも、あそこで手を出してしまったのは悪手だと気づき、反省する。
アンフェールとの舌戦の際、自分も綺麗事を語った。
ならば、その綺麗事を語った以上、自分はその言葉を貫き通さなければいけないと、この時、傑は心に誓った。
だから、白狐の言葉に心では同意しつつも、それを押し殺し否定する。
誰もがこれ以上過ちを犯さないために。
皆が、互いの手を取り合い、これ以上の悲劇を生み出さないために。
「何言ってんだよ……。傑。アイツ等は、散々俺達をコケにしたきた!馬鹿にして、蔑んで、夢魔に吐き気がするような言葉を浴びせて、挙句の果てに童子の親を罵倒した!あの人たちも、童子も悪くないのにだ!なのに、奴らは平然と、何事も無かったかのように暮らしている。お前はそれが許せるのか!?」
白狐の思いは止まらない。
「俺達がどんな思いで、アンフェールの野郎と戦ってきたか奴らは分かっていない。俺達にとって、アイツは俺達に抗う力をくれた恩人だ。それなのに、奴らは悪魔という観点だけで物事を見て、アンフェールを悪者にする。自分達を地獄に堕としたのは天使なのに!俺は、そんな奴らを天使と同じ、殺したいほど憎んでいる!お前はそうじゃないのか?傑。もう、お前の心の中にアンフェールはいないのか?」
七人の中に何とも言えない沈黙が広がる。
白狐の言葉に傑は理解を示す一方、このまま彼らと敵対関係を続けるわけにはいかないと、考えていた。
自分の決めた信条を貫くため、人類の再復活を成し遂げるため、ここで人間同士が争うわけにはいかない。
傑は苦渋の決断を下す。
「あぁ」
それは、細く力がない返事だった。
しかし、全ての混濁した思いがそこには確かにあった。
返事を聞いた白狐の瞳は濁り、光を無くす。
自分が追いかけていた理想の姿は黒く泥人形の様に崩れ去り、渇いた叫びが肉壁に包まれた空間に響いた。
白狐が振り向くと、もうそこには傑の姿は無く、瞳からは苦しみの涙が流れる。
「いいの?あのままで」
二人のやり取りを見ていた橋姫は亜久良に問う。
仲間達の間に亀裂が入った今、それをまとめるのはリーダーである亜久良の役割だった。
橋姫の問いに亜久良は眼鏡を上げて返答する。
「互いに言っていることは一理ある。しかし、どちらを支持するかと言えば、全員が白狐の言い分を支持するだろう。勿論、君や夢魔君は、神嶌の方を選ぶかもしれないし、三吉に至っては面倒くささが勝ってどちらも選ばないだろうがな。それに童子に関しても、選ぶなら神嶌の方であってほしいと思うがな」
亜久良の言葉に、橋姫は一瞬、「確かに」と頷く。
「だが、事、感情論を抜きにして言うなれば正しいのは神嶌が正しい。それに奴はアンフェールとの戦いのときに言った言葉を嘘にはしたくないのだろう。だから、自分の感情を押し殺してでも、彼等と手を取り合っていくべきだと言ったのだろうな。それが自分達にとって、どれ程辛く、苦しいものであっても」
「このままでいいの?」
橋姫は聞く。
「白狐も馬鹿じゃない。神嶌がどういう意図でああ言ったのかは理解しているはずだ。ただ、感情の整理がついていない状態だったからこうなっただけで、暫く時が経って冷静になれば、白狐もその内認めるだろう」
亜久良の予想以上の仲間の理解度に橋姫は開いた口が塞がらない。
「どうした、鳩が豆鉄砲喰らったような顔して」
「いや、なんか、アンタの認識、ちょっと改めるわ」
「――クッソ!!」
白狐の複雑な思いを乗せた拳は地獄の肉壁を殴りつける。
***
仲間達の元を離れた傑は、地獄の生活に慣れた人々の元を訪れていた。
かつては、悪魔を恨み、傑達を憎んでいた人間達の姿がそこにはあった。
傑の姿を見つけた人々は一目散に彼の元へと集まる。
それらは、以前の恨みを持った瞳ではなく、純粋な澄んだ瞳をしていた。
傑の拳は、周りに悟られないよう力強く握られ、しかし、表情は平静を、笑顔を装い、何事も無いように彼等の表情を見つめた。
(都合がいい)
傑はそう思った。
だが、それを口には出さない。
傑は分かっているから。
人間と言うモノは都合のいい人間であることを。
都合が良いものは信じ、それを頼りに道を進む。
都合が悪ければ目を逸らし、それを都合の良いものへと形作る。
それが、これまでの人々と接して傑が分かったことだ。
傑の思いに気づかないまま、彼を囲んだ群衆は、爽やかな声で擦り寄る。
まるで、魔王を斃した英雄を讃えるかのように。
その中でも、傑は不快感を募るが決して表情には出さない。
今ここで、不快感を露わにすれば、折角の良好な関係性が皆無になるから。
自分の頼みが、目の前の人々に聴き入れてもらえなくなるから。
気持ちの悪い彼等の声色に耳を傾け、彼等の望む人物像を傑は演じる。
悪魔を斃した人類の英雄、人々の希望。
聞こえの良いその役割に、傑は自身を預け、言葉を発す。
「皆さんに、話しておきたいことがあります」
傑の言葉は微かに震える。
しかし、それを隠そうと力を優しい声色を交えながら込めた。




