四十九ノ罪 別れ
自身の悪魔に意識を預けることなく、怒りを我が物にした傑は目の前の敵を斃す為、操縦桿に力を込め思い切り押し込んだ。
それに、付随するかのようにザイガの力は増大し、押しかかるブランク・ザイガを押し返す。
白く巨大なロボットは弧を描くように飛び、巨体が地面に落ちる。
激しい砂埃を巻き上げ倒れたブランク・ザイガに、ザイガは追い打ちをかけた。
右手に握った剣の先を地面に倒れたその皓きザイガに突き立てようとするが、瞬く間に剣先を握られ防がれる。
アンフェールはいつの間にかコックピット内に移動しており、全員のモニターに青白い悪魔の顔が映し出され、不敵に笑った。
その笑みには、依然底知れない悪魔の不気味さが、凶暴さが含まれているようにsin僟隊のメンバーは感じた。
「まだ何か、隠し持っているかもしれない。全員油断するな!」
亜久良は全員に警戒を怠らないよう注意し、アンフェールの出方を伺う。
咎の剣の剣先を離そうとしないアンフェールに気持ち悪い不信感を抱くが、そうしている間にも、敵となったアンフェールは次の攻撃に備え行動しようとしている。
ブランク・ザイガの全身をモニター越しに亜久良は観察し、次の行動を予測しようとしたが、それよりも早く、アンフェールの方が先に行動に出た。
背中に映えた翼を使い、ブランク・ザイガはザイガごと宙に浮かぶ。
尚も咎の剣を離そうとしない両者は、そのまま空高く上がった。
アンフェールの搭乗するザイガは剣の先を掴んだまま、ザイガごと振り回す。
振り回されるザイガも、振り回すブランク・ザイガも互いにその剣を離そうとはしない。
しかし、回れば回る程、振り回される側は遠心力が掛かり、徐々に剣を持つマニュピレーターは接がれ、その巨体は飛ばされた。
亜久良と夢魔の両名が翼に意識を集中させるが、間に合わずザイガは崩壊した瓦礫の山に衝突する。
立ち込める粉塵に、アンフェールは大技を繰り出そうとザイガの正面に自身の機体を向かわせた。
胸部の狼の貌が口を開き、赤黒いエネルギー体を生み出しては、その貌が隠れるほどの大きさへとエネルギーを溜める。
依然として粉塵は舞い上がり、ザイガは動く気配を一向に見せない。
しかし、そんな事を気にすることなくアンフェールはその邪悪な憤怒の御柱を解き放った。
「皓キ魔王ノ怒リ」
解き放たれたソレは一直線に粉塵の中へと向かって行く。
十秒も経たない速度で直撃したかと思われたブランク・ザイガの‘‘アグリール’’は、何の音沙汰も無く姿を消した。
それと同時に、先程舞い上がっていた粉塵もアグリールの衝撃で吹き飛ばされた後、再度、元の場所に戻ってはその姿を消していく。
「ま、間に合った~……!」
「油断するな!来るぞ!」
間一髪の所で亜久良の指示により、童子がベルグラの‘‘蝿王の暴食’’を発動し、アグリールを吸い込むことに成功したザイガであったが、その事を読んでいたかのように、正面には咎の剣と同一の姿をした剣を持ったブランク・ザイガが此方を突き刺そうと向かってきていた。
剣の位置は、明らかに避けることが不可能な腹部を狙っている。
背部の羽はどれも、瓦礫に埋まり使用することは不可能であり、その数秒間で、亜久良は次の案を絞り出そうと、脳をフル回転させた。
誰もが亜久良の考えた正解を待とうとする中、一人の男が口を開く。
「夢魔!足を使うぞ!」
咄嗟の声に、夢魔は驚きを隠す暇なく疑問と返答を混ぜた腑抜けた返事をし、その声の指示のもと、自分の担当する脚部に神経を集中させた。
ザイガの脚部は瓦礫の山に足の裏をつけ、全体重を脚部にかけてはザイガの腹部と剣の先が一メートルと迫った瞬間、力を溜めたザイガの脚部は瓦礫の山を蹴り、ブランク・ザイガの方向へと跳ぶ。
更に、寸での所で身体を捻じっては、攻撃を何とか回避する。
これにより、空中はザイガ、地上にブランク・ザイガと先ほどの立場は真逆に変化した。
だからと言って、戦いのアドバンテージが明確に有利、不利になると言う事は無いのだが、それでも空の利を得て、自由に動けるようになったことは、彼等にとって精神的な安らぎを与える。
亜久良は、傑の咄嗟の判断に自分との圧倒的な戦闘スキルの差をそこに見た。
それでも、彼は折れることなく、次の作戦を頭の中に描き、どういう風に指示を出そうか考える。
亜久良にとって、傑は既に超えるべき人物の一人となっていた。
自分とは違うベクトルで天才的な能力を持っている傑をこれまでの戦闘を通し、亜久良はいつの間にか尊敬に値する人物だと認めていた。
そんな傑が自分をこのチームのリーダーに任命したと言う事は、その相応しい仕事をしてこそ、自分が彼と並び足るラインにつくことが出来るはずと彼は思う。
一回傑の方が指示を出すスピードも的確さも上であったからと言って、自分が落ち込む必要性は無いと考えた。
何故なら、彼と自分は違うから。
寧ろ、傑のその的確な指示を今度は自分が出せるように、その指示を頭の中にインプットし、自身の脳みそをアップデートさせる。
自分の頭脳が段々と戦いの知識を蓄え、知識が増えていくのが分かり、表情が少し緩んだ。
しかし、すぐに気持ちを切り替え粉塵に紛れている敵の出方を伺い、まだ出てこないと分かると、投げ捨てられた咎の剣を拾いに行くよう指示を出す。
自分が衝突したその衝撃で、瓦礫の中に埋もれたブランク・ザイガは、粉塵の中で直立したまま動かないでいた。
アンフェールは、粉塵の向こう側にいるザイガの動きを確かめるため意識を集中させる。
静かに怒りを集め、再度、狼の貌にエネルギーを集め、ブランク・ザイガの向きをゆっくりと変えた。
十一時の方向。
ザイガの気配を感じ取ったアンフェールは、溜めた怒りのエネルギーを放つ。
粉塵を消し去り、空を切るように太いエネルギー砲がザイガの後を追いかけた。
傑と亜久良は互いに意識を集中させ、ザイガの向きを回転させる。
更に童子へ指示を出し、放たれたアグリールを吸い込ませた。
しかし、ブランク・ザイガの追撃は止まらない。
悪魔がパイロットである分、その無尽蔵なエネルギーは尽きることは無く、一発、また一発とアグリールを連射してくる。
これは、アグリールの反動をもろに受ける傑には到底できない芸当であった。
その為、亜久良も傑もなかなか、応戦してアグリールを放つことが出来ず、使用するタイミングを見つけることが出来ずにいる。
連射される尽きることのないビームを避けながら、ザイガはようやく、目当てであった咎の剣が落下している地点へと到着した。
右腕部に内蔵されているレヴィーの武器、蛇の鞭を使い、咎の剣を取る。
しかし、尚もブランク・ザイガのアグリールは彼等を狙い、何発も放射され、瞬時に回避行動に移った。
このままの上タウでは危ういと感じた亜久良は、全員に作戦を伝える。
その作戦は、作戦というには実に単純で、明確。
勝つ確率はとても低く、亜久良の目論見が確実であれば勝率は格段に上がる内容であった。
全ては運任せ。
亜久良の考えが正しければ、アンフェールを斃すことは可能であり、その方法しか他に方法は無い。
作戦を伝えられたsin僟隊のメンバーは、その作戦に従うしか方法は無かった。
「わかった。亜久良の言う通りなら、俺達に勝ち目はあると言う事だな」
「あぁ、私を信じてくれ。必ず勝ってみせる」
「亜久良がそこまで言うなら、俺は文句ない!あの裏切り者を斃して、天使共を確実に殺してやる」
「そうね。あたし達はここで躓いている場合じゃない。それにあたし達のリーダーは亜久良なんだから、アンタの言うとおりにするわ」
「わ、私も!傑さんの信じる亜久良さんを信じます!!」
「うちも、亜久良君のことを信じるよっ!」
「皆が信じるなら自分も。てか、一回助けられてるから、信じなくてどーすんだって話だよね」
亜久良の言葉に全員が頷く。
ザイガは逃げることなく、未だに砲撃する巨神の元へと向かった。
これがアンフェールとの最後になることを理解して。
ブランク・ザイガのアグリールを躱しながら、ザイガは飛ばされた瓦礫の場所に舞い戻った。
変わらず、アンフェールのザイガはその白いボディが怪しく輝き、機体に塵の一つも見えない。
万全の状態のブランク・ザイガに傑達sin僟隊は、その漆黒のボディの悪鬼をぶつける。
戦闘は最初と同様の力比べとなった。
互いに剣をぶつけあい、両者の全力をその剣に乗せる。
ザイガはパイロット達の怒りを、強欲を、嫉妬を、暴食を、色欲を、怠惰を、そして、傲慢を自身の力へと換え、目の前のブランク・ザイガを剣ごと斬ろうとパワーを上げた。
「そんなものか!まだ私と此奴の力はこんなものではないぞ!」
対するアンフェールも負けじと力を加える。
力比べはどちらも拮抗し、決着がつきそうにない。
そこで、アンフェールはsin僟隊を挑発する作戦へと出た。
「君達は、まだ使っていないモノがあるだろう?それは使わないのか?」
亜久良はアンフェールが何を言いたいのか分かった。
だが、今それを使うのは明らかに奴が誘った罠にまんまとハマることを示し、彼の挑発には乗らないよう、他のメンバーにも指示する。
それに、今の作戦に傑のアグリールはリスクが高すぎると言う理由で最初から組み込んでなどおらず、そもそも必殺技というのは最後まで取っておくものだ。
しかし、アンフェールの悪魔の誘いは、亜久良にとっては好都合なものであり、彼は悪魔の企みを逆に利用しようと画策する。
傑に作戦を伝え、両者はその作戦を実行に移す為に準備を進めた。
荒れた呼吸を整え、神経を集中する傑に亜久良は声を掛ける。
「貴様は只、私の言う事をすればいい。何も心配することは無い。貴様が自分を見失いそうになった時、その時は私達が貴様を連れ戻す。だから心配するな」
亜久良の言葉に白狐は笑う。
「何か最初のセリフ、アニメの悪役みたいだな」
「そうなのか?私はアニメを観たことが無いから分からないが、まぁ、私達は悪魔の手先だから悪役も同然だろうな」
亜久良の珍しい冗談に皆の周りに気を抜けた空気が流れた。
そんな彼等の目の前には、かつての仲間であったアンフェールがその無垢な巨人と共に待ち受ける。
砕けた空気感は一瞬でひりつき、目の前の敵に全員が気合いを入れなおしては、熱く冷たい操縦桿に力を込めた。
距離をとっていたザイガは大きく踏み込み、敵の懐へと潜り込む。
ザイガの右手は剣を持って首元を斬ろうと振るが、それをアンフェールは同様の剣で阻止した。
しかし、それに負けずザイガは何度も何度も咎の剣を振り続ける。
剣と剣がぶつかり合い、その度に激しい火花が散っては、止まることは無い。
「どうした!どうした!君達の力はそんなものではないだろう!!さぁ!早く、私に君達の力をみせてみろ!!」
アンフェールの感情に応えるように、ブランク・ザイガが加速度的に剣を振るい、 ザイガはそれに必死に追いつこうと剣を振るう。
しかし、それと同時にザイガは密かに動いていた。
裏切りの悪魔へ一矢報いる為に。
だが、それをアンフェールは気づいていた。
彼等が何をしようとしているのか。
怪しい笑みを浮かべ、知識の悪魔は彼等を誘う。
剣と剣がぶつかった後、わざとらしく大きく仰け反った。
悪魔が誘った隙を亜久良は見逃さなかった。
傑に合図を送り、ザイガの胸部にエネルギーを溜めさせる。
黒と白のマニュピレーターが掴み合い、互いの頭部が激しくぶつかり合う。
全員が操縦桿を握る手に力を、思いを込め、パイロットの力を糧にしたザイガはこれまでにない力を発揮し始めた。
そして力比べをしている最中、ザイガの胸部の貌が口を開ける。
人間の底なしの怒りを具現化したそのエネルギーを、ブランク・ザイガは吸い込もうと地獄の門を開けた。
だが、そのエネルギーは一瞬にして消失し、アンフェールの目論見は肩透かしを食らう。
自身の思惑に乗られなかったアンフェールが次にアグリールを放射した。
それと同時に再びアグリールのエネルギーを集約し、放つ。
二つのエネルギーがぶつかり合い、辺りは光に包まれた。
傑は激しい痛みに耐えながらも、怒りを緩めることなく心の奥底から引き出し続ける。
皓きザイガは、その無尽蔵な悪魔のエネルギーを基にアグリールを放射する為、尽きることは無い。
対して、ザイガは人の気力を糧にするため、アグリールを長時間照射することは難しい。
しかし、その代わりに人間の底を知らない感情を餌にする為、パイロットの思いが深ければ深い程その威力は強大になる。
悪魔が勝つか、人類が勝つか。
傑の身体からは、血涙が流れ、ありとあらゆる穴から血液が静かに垂れ始める。
亜久良は、少しでも傑の手助けになるならばと温存していた体力でルシイドのバフ能力を全放出し、白狐と橋姫、夢魔と三吉はブランク・ザイガを押し返す為に力を加える。
童子は少しでもザイガが前に進むことが出来るように羽を動かし、援護する。
最初に尽きたのは、アンフェールだった。
傑の怒りから生み出されたアグリールはブランク・ザイガの怒りを飲み込み赤黒い光線は白き巨神を飲み込む。
「ふふ、人間とはこれほどに罪深い生き物なのか……」
アンフェールはそう呟くと、光に飲まれ姿を消した。
力を出し切ったザイガの一部の装甲には皹が入り、そこからは赤い血脈の様な線が見えた。




