三十八ノ罪 地天激動大戰⑲ 怒りの矛先
神嶌傑は孤独だった。
ゲームセンターの一件以降、彼の友人は離れ、家族からも見放された。
六畳一間に貼られた三つのルールは、彼に苦く辛い生活を強いさせるには充分なモノであった。
一.決められたことには逆らわない。
一.寮の中では静かに過ごす。
一.ルールは必ず順守すること。
むさくるしい五人部屋に連れてこられた傑は、既に送致されている坊主頭の四人の少年に出会った。
四人、特に一人の圧に気圧されながらも彼は震えた声で、自信が感じた理不尽さをその四名にぶつける様に自己紹介をする。
「神嶌傑、17歳。傷害罪を犯してこちらに来ました。よろしくお願いします。」
少年たちは、軽く拍手をし‘‘よろしくお願いします’’。と返事を返した。
圧が強い一人の少年が、傑に熱い握手を求め、不安に思いながらも傑はそれに応じる。
握手は長時間続き、法務教官はそのことに何も違和感を持つことなくその場を後にした。
握手を求めた少年は、法務教官の姿が消えたのを確認すると、そのまま握った傑を後ろの壁へと思い切り振りぶつける。
背中に大きな衝撃を受けた傑は、思わず息が漏れ、床に唾が飛び散った。
これが少年院流のお出迎えだと言わんばかりに、頭上に映る四人は不敵な笑みを浮かべていた。
「神嶌と言ったか?俺の名前は、大川原 厳。18歳。お前より一週間前に、ここに送られたんよ。俺を含むここにいる奴らはお前よりも先輩だから、まぁ、そこんところよろしく。因みに俺は殺人をしてぶち込まれたからなぁ!!」
当時の捕まった時の記憶が再燃し、八つ当たりとして傑の顔面を圧が強い少年は思い切り踏みつけた。
少年院に送致され既に三十分で傑の顔面は血だらけになる程の洗礼を浴びることとなってしまった。
「僕の名前は、小早川 総司。15歳。万引きの常習犯でさ、それで捕まっちゃたんだ。」
痩せた老躯のような体をした糸目の少年は、自分が捕まった経緯を嬉々として語っる。
その他にも、強姦で捕まった双子がおり、傑は心の内で(とんでもないところに来てしまった。)と不安に駆られた。
その予感は半日で的中することとなる。
午後からの矯正教育では数理国の三教科の授業に加え、体育指導もスケジュールに組み込まれていた。
夕食までの間、傑達は静かに授業を受け、外では思い切り体を動かしていたが、傑はそういう気分にはなれず、また知り合いもいないため、独りでベンチに腰を掛けていた。
「神嶌君、僕と一緒にキャッチボール……しない?」
誘ってきたのは、総司だった。
慣れない環境に戸惑う傑に気づき、総司は声を掛けたのだ。
だが、傑はそん彼の気遣いを無視し、ただ真っすぐ見つめて自身の過去を振り返る。
脳裏には夥しい血塗れの高校生達が倒れ、見つめた先には友人であったはずの二人がこちらを見て怯えている姿が蘇った。
「違う。違うんだ。僕のせいじゃない。僕なんかが……」
頭を抱え、怯える様子の傑の姿を見て、総司は近寄った。
「近寄るなッ!僕はお前達とは違う!違うんだ!」
「ごめん……」
傑の言葉に傷ついたのか、総司は一言そう言うと、その場を後にして一人でボールを壁にぶつけ始めた。
そして、その様子を三人の影が見てはニヤついていた。
夕食、それぞれの部屋の住人たちが一か所の部屋に集められ、それぞれに出された食事を手にする。
食事は当然班同士で摂ることが決められており、傑は自分と同じ班のメンバーと食事をしていた。
そこで、彼は総司がどうして瘦せ細った老躯の身体をしていたのか納得した。
傑の部屋の実質的班長である大川原が、その大きな体躯を理由に、総司から夕食を巻き上げていたのだ。
総司に残されていたのは、ほんの少しの野菜だけ。
傑から見た総司の僅かな野菜を食べるその姿はとてもみすぼらしく感じるモノであった。
食事が終わり、余暇時間と呼ばれる自由時間を彼等は迎える。
各々が自分のやりたいことを施設のルール内でならやってもいいと言うモノだ。
テレビを見るもよし、勉学にも励むもよし、その中で、未だに不貞腐れている傑は、何もする気にはならず、トイレへと向かう。
そこで待ち受けていたのは、大川原と同室の海と陸と名乗る双子だった。
「おぉ~、待ってたぜ。神嶌さんよぉ~。俺達とお前が‘‘違う’’だって?んなこと、外からの人間は関係ないんだよ。お前が何をしたか、してないかは知らねぇが、ここに入った以上俺達は同類とみなされんだよ!」
大川原の握った石のように固い大きな拳は傑の顔面を思い切り殴り、傑の顔面は小便器に勢いよくぶつけた。
「俺達とお前は同じ。同じ人種なんだ。それをその身に刻み付けてやるよ。」
三人からは塞ぎ込んだ傑を踏みつけ、最後に唾を吐き捨てる。
傑が目を覚ますと、既に明かりは消され、就寝時間を過ぎていた。
部屋は鍵が閉められていたため、仕方なくトイレの個室に籠もり一夜を過ごすことにした。
この日から、傑は地獄の日々を送り始める。
部屋に戻ると、法務教官が四人を並べさせていた。
自分の気配を感じるとこちらを見つめ、質問を始める。
「神嶌、お前は昨晩からどこにいた」
「トイレに居ました。」
「今の今までか?」
「はい」
顔面に受けた傷に触れることなく、昨晩の傑の行動について問いただした。
「罰として、腕立て伏せ百回だ」
その原因を作った当の三人は、傑を睨みつける。
「早くしろ!」
五人は腕立て伏せを始めた。
三十分遅れで掃除を開始し、朝食へと向かう。
当然、総司の食事はほぼ大川原の元へ渡り、少量の食事で総司は済ました。
傑はその様子を見つめ、何も文句を言わない総司に静かに視線を向けるが、すぐに自分の食事に集中した。
食事を終えると、次に役割活動へと赴き、それぞれの担当する持ち場へと着く。
傑の班は野菜畑で、野菜の世話をするのが今回の活動内容であった。
晴れ渡る太陽の下、五人は何十坪にもわたる野菜に水やりをし、栽培できるものは栽培する。
野菜の養分を吸われないように念入りに草を抜き、竹網で囲われた籠にそれぞれ野菜と草を分け集めた。
しかし、この行動すべて、傑と総司の二名で行なわれたものだった。
大川原と双子は、ケラケラと雑談を交わし、大人が来るとさもずっと作業をしていたかのように振舞う。
作業が終われば、自室で総司と傑は三人の憂さ晴らしに付き合わされた。
何度も何度も殴られ、しかし、誰も助けに等来る者はいない。
そんな生活は、約一年にも及んだ。
(何で、毎日毎日こんな目に合わなくちゃいけないんだ。痛い。辛い。苦しい。こんな毎日、総司なんて僕よりも酷い身体になっている。そりゃ、あの身体で殴られたらそうなるよな。)
傑と総司はこの一年で、同じ境遇に置かされてきたことから、仲が深まっていた。
(もし、僕にあの頃と同じ力があるなら、今ここで出してくれよ!)
悲しくも、傑のその思いとは裏腹に傑はただ、暴力の前に屈するしかなかった。
ある日、傑が目を覚ますと、総司の蒼白な顔面が目の前に映り込んだ。
目は開き、口は真っ赤に染まり上げている。
ふと視線を畳の床に下げてみると、そこには舌の様なものが紅い痕を残し落ちていた。
そう、総司は自ら舌を切って、自害したのだった。
傑の表情は怒りと哀しみ、そして目の前に映る死体から伝わる己の非力さに気持ち悪さを感じた。




