三十七ノ罪 地天激動大戰⑱ 憤怒VS風の天使
———東京
夢魔、橋姫救出から三分後。
傑と風の天使ミカエルによる因縁の戦いが始まろうとしていた。
傑が初めて上京したあの日。
そして、希望を見ることも無く絶望に打ちひしがれたあの日。
悪魔の囁きによって、地獄の兵器に初めて搭乗したあの日。
「久しぶりだな……。」
『あの時と同じ様には、今回はいかない』
傑とミカエルの脳裏に、初めて出会った日のことが思い返される。
あの日、傑は初めて戦闘した日でもあり、突然の出来事の連続にも拘わらず、彼は自身の人生を取り戻す為、自身の身に起こった理不尽に抗い、戦った。
「あの時は、俺の力というよりは此奴サタスの力で勝ったところがあるが、今回は俺の力でお前を斃してやる。」
黒く、反射するほど美しいその目はただ熱く、真っすぐ眼前の白き清浄なる敵を見つめていた。
対して、ミカエルの全てを見通すような透けた美しき緑眼は、相反する黒き獣をその眼に映す。
二対の羽根は三対に増え、より神々しさを傑に印象付ける。
黒空に浮かぶには似つかわしくないその相反した姿は、天使が持つにはこれまた似つかわしくない神槍ランスを天へと掲げた。
すると、ミカエルの周囲に四つの竜巻が現れ、地面を焼き尽くす炎を吸い始める。
次第に炎は竜巻を包み、移動する巨大な篝火へと姿を変えた。
ソレは、待ち構える傑のsin僟を狙い向かう。
吹き荒ぶ灼熱の篝火は地面を壊し、大気を燃やす。
徐々に、狼の逃げ道を塞ぐように隙間を埋め、取り囲むように四方に落ち着こうとしたその時だった。
冷静な鬼狼はそのわずかな隙間を縫って、真っ赤な檻から抜け出した。
その巨躯とはかけ離れた身のこなしは、ロボットの範疇を超え、 正に野生の獣と呼ぶに相応しいモノである。
二足歩行の獣は目の前でふんぞり返っている偉そうな天使目掛け突き進んだ。
双肩から殺傷性の高い棍棒を抜き出し、深く前傾姿勢をとったまま走りぬき、天使との距離が目と鼻の先になった時、鬼狼は跳んだ。
そして辿り着いた空に浮かぶ白々しい人形目掛け、構えた両腕を振り下ろす。
瞬間。
周りに激しい衝撃波が走った。
土煙が舞い、炎は揺らめき、サタスを追尾していた篝火もその波に押された。
天に掲げたはずの神槍は両者の間に挟まれ、鬼狼ノ棍棒オーガ・クラブによる強烈な一撃は塞がれてしまっていた。
だが、それで傑の攻撃が止むことはなかった。
弾き返されたその反動で更に一発、もう一発と間髪入れずに何度も何度も何度も何度も何度もぶっ叩く。
甲高い金属音だけが悲鳴の様に辺り一帯に響き渡り、どちらも一歩も引かない状況が続いた。
否。
戦況はミカエルの方に傾き始めていた。
否。
最初からこの戦いは、ミカエルが最初ハナから勝つことが決まっていた。
手数を止めない傑には既に疲労が見え始め、彼の搭乗する機体の動きは判る者には判る程度にはサタスの両腕の動きは鈍くなり始めていた。
傑がこの間、ミカエルに加えた連撃の数は約五百発。
彼は、一回も休むことなく操縦桿を操作し続けて強大な敵に何発も攻撃をしていたのだ。
並の人間では精々五十発が限度であろう、いや、これまでの操縦なども加えれば一発で限界が来るかもしれない所業の十倍、五十倍を彼は成し遂げたのだ。
そんなとこまでいけば疲労が出てくるのも仕方がないことなのだ。
逆にここまで一度も疲労感を出さずにやってこれたことが奇跡的なことでもある。
それが出来たのは、他でもない地獄で使用していた血の池地獄などの治療装置メディカルデバイスの存在であった。
あれらの存在が無ければ今頃、傑達sin僟隊はどこかの戦闘で全滅していたかもしれない。
それ程迄に、血の池地獄はsin僟隊の疲労を回復させ、彼等の戦闘を支えてきていたのだ。
だが、今回の戦闘では、天獸の大群に揉まれ、囚われた仲間を救い出すために長距離を敵の攻撃を躱しながら移動し、そして現在の天使との戦闘である。
一つの戦闘でこれほどの状況に晒されれば、疲労が出ても仕方がない。
しかし、何故ここまでして傑がこれ程迄に無茶な攻撃をしたのか。
それは、現在傑のD指数は三十五%が限界値である。
初めて戦闘をした時に彼が、ミカエルを退却させることに成功したときの数字であることから、なんとか押し切ることができるのではないかと考えたのだ。
もし、そんなことが無理であったとしても、武器の一つや二つは破壊することができるのではないかと。
だが、天使の前にその考えはとても愚かなモノだった。
今回のミカエルは以前とは違い、現在の傑とサタスを超える力を有しており、天使とリンクしている神槍もミカエルと繋がっていることで強度が増していた。
疲労が蓄積した傑の視界はぼやけ、体全体に大量の汗が流れ始めた。
呼吸は速まり、口内の乾燥を加速させる。
それでも、傑は意識が途切れることなく操縦桿を動かし、サタスの両腕を振り下ろさせた。
か弱い金属音だけが鳴り、やがて勢いを無くしたサタスは地面へと堕ちた。
緩慢な速度で、地上を荒らした炎の竜巻は、サタスを囲み逃げ場を封じる。
だが、今の傑に逃げるような気力は左程も残ってなどいない。
正面空を見上げ、そこに映る白い巨像を力のない瞳で睨むが、そのことをミカエルは微塵も気にしてなどいなかった。
炎に囲まれた孤独な狼をミカエルは只、見下ろし絶望する。
『我が相手にしていたニンゲンはこの程度だったのか』
初めて人間という存在と戦った時の敗北感。
ミカエルは感情と言うモノが存在しないながらも、その感情にどこか悔しさに似た何かを感じていたのかもしれない。
油断できない相手と、傑を認め全力を出そうとした途端に勝手に地へと落ちたその男に、ミカエルは悲しいと似た何かを胸の真ん中に生じさせていた。
空を睨む傑は目の前がTVの画面の様に映像がブツンと音が鳴り切れるのを感じた。




