三十五ノ罪 地天激動大戰⑯ 傲慢な男
(マジ、何アイツ)
(何様のつもり?)
(本当に存在するんだ王様気取りの奴って)
当時十歳だった千方亜久良はその類まれなる頭脳で教師や同級生、家族から持て囃されていた。
しかし、その実、裏では毎日のように友人たちから陰口をたたかれ、本人はそれに気づかぬふりをし、何事も無いように日々を過ごす。
学年トップは当たり前、運動もそつなくこなし、素行不良も見られない。
ただ、その優秀さが過ぎるが故に周囲の人間は亜久良を敵視し、真っ向から挑んでも敵わないと悟っているため、陰口という姑息で卑怯な手段をとって攻撃する。
だが、それは何の意味も成さない。
千方亜久良という人間は自身のその優秀さが何も間違っていないと認めているから。
誰よりも賢く、誰の答えよりも自分の出す答えが最適解だと分かっているから。
しかし、それこそが亜久良らしさでもあり、マイナスな部分でもあった。
他人の戯言に耳を傾けず、己が信じる道を歩む。
それは言い換えれば、他人のアドバイスを聞かず自分の信念を曲げることを間違っていたとしても曲げないと言う事と同義なのだ。
世の中は戯言とアドバイスを聞き分ける人が大半なのだろうが、亜久良はそうではなかった。
戯言も助言も同一。
他人の言葉と言うモノに一切の関心が無かったのだ。
そんな生活をしているせいで、学校では誰一人として友人と呼べるような人間はいなかった。
休み時間は一人静かに読書、もしくは次の授業の予習や復習をし、下校時には同じ方角に帰宅する友人がいるのにもかかわらず、独りで歩いて帰る。
自宅に帰ると、家族は暖かく出迎え、夕食を共にする。
一番懐いていた兄には可愛がられ、勉強も彼の背中を追いかけていたからこそ優秀な成績を修めることが出来たのだ。
それは今でも変わることはなく、亜久良にとって一番の幸せであり最高の瞬間であった。
そういう日々を、彼は後六年間過ごした。
亜久良が高校一年になった時、彼は瞑央高校へと進学していた。
偏差値80を超える超が付くほどの名門校であり、様々な偉人や政治家を排出した経歴持つ高校であった。
そこでも彼は成績トップで試験を突破した。
彼の兄も瞑央の三年生として通っており、上位三位には入る程の成績を有し、周りからは天才兄弟と謳われていた。
だが、亜久良はまだこの時、真の天才の片鱗は一つも見せてなどいなかった。
一学期が終了し、三年生は大学進学の為に部活動は引退、受験勉強に専念する為に、夏休み期間中は一週間に一回は登校し、模擬試験を受けることとなっていた。
その結果で、自分が今後どの大学に進学することができるのか、どうすれば目標の大学に進学することができるのかの指標が作られるのだ。
当然、そこには亜久良の兄の姿もあった。
明桜高校三年生の中でトップ3の成績を持つ彼は、日本の中でも選りすぐりのエリートたちが通う東京大学へと進学希望を出していた。
勿論、彼の成績ならば合格圏内だと思われていた。
問題が起きたのは八月に入ったことだった。
模擬試験三回目、この日も亜久良の兄は他の生徒達と共に滞りなく模擬試験を受けていた。
が、始まって30分、彼の手が突然と止まる。
夏の暑さにやられたのか、はたまた迫りくる大学受験に精神が追い詰められているのか、文章は読めるがその内容が入ってこない状況に陥ってしまっていた。
時間は刻一刻と過ぎていき、試験時間の80分は残酷にもあっという間に訪れる。
結果、その試験は褒められたような点数ではなく教師からも親からも心配されることとなった。
その日を境に、兄の模擬の点数は散々なモノばかりとなり、夏休みという短い期間の中で亜久良の理想としていた兄はそこから姿を消してしまった。
以前の様に明るい姿はどこにもなく、学校にも通えず自室に引きこもり、先日まであったはずの暖かい団らんは幻を見ていたかのように消え去った。
だが、問題はそれで終わることはなかった。
理想とする兄を取り戻すべく、亜久良は自分の兄に勉強を教えようと決意をする。
夏休みの期間、彼は夏休みの宿題をする傍ら、兄と同じ試験の過去問を解き始めており、兄が目指そうとしていた東京大学の合格圏内までに達していた。
その、自信が更に兄を失意の底へと突き落とす。
最初は亜久良の考えに否定的で勉強に手を付けたがらなかった兄であったが、次第に彼の言葉に突き動かされ、再度大学受験の為に亜久良の教えを乞うこととした。
二~三日目は元々成績優秀であったことに加え亜久良の分かりやすい説明で次々と問題が解けるようになっていく。
だが、次第にまた調子が崩れ目の前の問題に手が付けられなくなる。
その時だった。
亜久良の言った何気ない一言で、二人の関係は二度と修復できないものとなる。
「兄さん、こんなところで躓いてるようじゃ駄目だよ。」
亜久良が言ったその一言は兄の心に深く突き刺さり、二度と亜久良と会話をすることはおろか、部屋から出てくることはなかった。
兄との会話が無くなっても尚、千方亜久良という人間は何も変わらず、学校に通い、独りで勉学に励み、トップの成績をとる。
満点のテスト用紙を食卓に並べ、当然のような顔をする彼を見て、今までべた褒めしていた両親は呆れ始め、裏で息子の陰口を言う。
自分の息子が聞いているとも知らずに。
誰も亜久良を褒めようとする者はいなかった。
それは、高校三年生になっても変わることはなかった。
誰とも馴れ合わず、誰とも会話をすることなく、彼は日々を過ごす。
都会の喧騒に優越を浸しながら、亜久良は通い詰めていた塾で机に向かい、黒板を背に解説する講師の言葉を亜久良は一つも効いてなどいなかった。
都内でも有名な超が付くほどのスパルタ塾。
居残りは当たり前、講義が終了した後の課題は徹夜してやっと終わるぐらいの難度と量を平気で毎日提出してくる。
初めは、目標の大学に入学できればという思いで入ったが、なんてこと彼には無かった。
入って一週間、彼はその塾の程度を知り、授業そっちのけで自身の学力向上に尽くした。
当初は、スパルタ塾と言う事もあって、講師も他の生徒が委縮してしまう程に注意をしていたが、亜久良はそんな事には耳を貸さず、テストの点数で黙らせた。
それ以降は、実家よりも集中でき、夜遅くまで貸し出してくれる塾のテナントで勉学に励んだ。
そして迎える一九九九年 十二月三十一日。
彼は、その日も塾で勉学に勤しんでいた。
家族との関係も冷めきっており、亜久良自身何も感じていなかったが、家族よりも勉学と向き合った方が彼には居心地が良かったのかもしれない。
家族が就寝を決め込んだであろう11時30分、彼は勉強道具を鞄に詰め込み、帰路に着こうとした。
しかし、塾のある新宿では電車の人身事故と、年越しを迎えようとする人々でごった返しており、なかなか前に進めない状況であった。
気が付けば時計の針が一つになろうとした時、大きな歓声が沸いた。
亜久良はふと空を見上げると、吐いた白い息が消えると共に、彼もまた静かに消えた。




