72 サランヴィーネの港街 その四
冒険者ギルドに足を踏み入れた直後、明確な敵意が突き刺さった。シンとサラも感じ取ったようで、小さく震えた。瑠華はフードの下で眉をひそめる。
冒険者ギルドにも人は多くいたが、依頼を受けに来る冒険者達が来る時間は過ぎている為か受付にはほとんど並んでおらず、依頼ボードの周りや壁際に屯っている者達や隣接された酒場に溢れていた。
瑠華は受付に向かって歩きながらちらりと依頼ボードを見たが、そこにはなにも貼られていなかった。
どうやらサランヴィーネもコッシュトーの街と同じ状況に陥っているようであった。
ここではシンとサラの登録が出来ればいいか。ダンジョンを調べるのに冒険者ギルドは関係ないしね。
嫌な視線を受けて心なしか小さくなっているシンとサラに声をかけて促し、四つ並んでいる受付の中で穏やかに微笑む人族の女性を選んで向かった。受付嬢は瑠華達を一度見上げてから笑顔を浮かべ、小さく頭を下げた。
「ようこそ、サランヴィーネの冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用でしょうか?」
「この二人の冒険者登録をお願いします」
前に並ばせた二人を指し示しながらその言葉を言った途端、鋭い視線は強くなり侮蔑を含んだ小さな囁き声が聞こえた。視線に怯えたシンとサラがきょろきょろと周りを見回す。その行為に、更に明らかな侮蔑を含んだ嘲笑が響いた。
見知らぬ人達に嗤われたシンとサラは、顔を赤く染めて俯いてしまった。
瑠華は無表情のまま、二人の顔の間に顔を寄せて耳元で囁いた。
「お前達はなにも恥じいることはない。堂々と胸を張って冒険者になりなさい。それがお前達が選んだ道なのだから」
「「……はい!」」
「良し。ではすみませんが、登録をお願いします」
「あっ、はい。畏まりました」
受付嬢は何故かぽかんと呆けていたが、直ぐに仕事を思い出し作業を始めた。
「冒険者ギルドへの登録は初めてでございますか?……はい、分かりました。では先ず説明させて頂きますね。初めに冒険者というのは…………」
受付嬢の丁寧な説明を真剣に聞いているシンとサラを目を細めて見つめていた瑠華は、一度目を閉じてからゆっくりと開け、右側に隣接されている酒場に視線を向けた。
その夕焼けのような美しい瞳に、他者を屈伏させるような冷たい威圧を込めて。
その視線を向けられた冒険者達は、総じて顔を真っ青にさせて震え、威圧に耐えられぬように視線を逸らせ俯いた。
それらを暫しじっと見つめた瑠華は、次いで左側の壁と依頼ボードの側にいる者達を見た。そして彼等もまた、同じように視線を逸らせ俯いた。
その反応をじっくりと見てうっすらと口角を上げた瑠華は、前に向き直り左手の薬指で眼鏡を上げつつ目を閉じて威圧を消した。
瑠華はフードを目深に被ったままだ。視線を向けても目が合うことはない。実際に冒険者達の中で瑠華と目が合った者はいなかったが、彼等は瑠華の威圧に怯えたのだ。けれど瑠華にしてみれば、少し強めだったが全く本気ではなかった。殺気も闘気すら込めていないただの威圧だった。
なのに対抗や反発する者などおらず、全員が怯えて瑠華との衝突を避けたのだ。シン達のことを思えば良いことなのだが、あれだけ強い敵意を向けてきていた者達であったから、拍子抜けしてしまったのも事実だった。
ただ瑠華は気づいていないが、瑠華が冒険者達に向けた威圧は相当に恐ろしいものだった。威圧を向けられた冒険者達は、裸で竜種の巣に放り出されたような錯覚を感じた程である。
どうやら冒険者ギルドまでの道中で溜まりに溜まった苛立ちを、無意識に威圧に込めてしまっていたようだ。
所謂八つ当たりというもの。
冒険者達の自業自得の部分はあるとはいえ、可哀想といえば可哀想であった。
それらを察したマリアとムツキは、フードの中で瑠華の首筋に身を擦り寄せて主を気遣った。
無意識であった為気づいていない瑠華は、首を傾げつつ暖かい存在に癒されていた。
「はい、以上で登録は済みました。今日から貴方方も冒険者ギルドの一員です。自らを切磋し励んで下さい」
「ありがとうございました」
「ありがとうございます」
「では二人共、外に出るよ」
ギルドカードを受け取ったシンとサラを連れて、扉から出て横に移動し一息吐く。
「はぁ………怖かった」
「大丈夫か?シン、サラ」
「はい……なんとか」
シンは苦笑いしており、サラは胸を押さえて落ち着くようにゆっくり呼吸していた。
「お前達もその身で感じたように、冒険者というのはどうにも血の気が有り余っている者が多い。これからもこういうことは日常的に起こるだろう。上手く立ち回らないと大変なことになるから、気をつけるように」
「「はい」」
「まぁ、何事も経験というし、そのうち慣れるだろう。だが自分で身を守るとか上手くあしらうとかが出来ないうちは、ああいう奴等には関わらないことが一番だろう」
尤も、こちらが関わりたくなくても、あちらが関わってくるのだけれど。
「取り敢えずは、なるべく僕から離れないようにすることかな」
「それが最も安全ですね」
「確かに」
「こういう時は頑張ります!、と言うべきところだと思うのだけれど?」
えへっ、と誤魔化すように笑うシンとサラに肩を竦めた瑠華は、空を見上げる。
「もうすぐ昼の鐘がなりそうだけれど、微妙な時間ではあるか」
「これから何処に行くんですか?」
「海の状況を見に行く。昼はあちらで取ることにしよう」
再び人が溢れる通りを進むので、シンとサラにしっかりローブを握るように促して、瑠華は港へと歩を進めた。
先程と同じくかなりの時間をかけて辿り着いた港では、街の中とは違う喧騒でざわついていた。
怒号のような叫び声を上げながら走り回る人や海の方を指差しなにかを指示している人、沢山の人が海の方を注視していた。
「なにかあったんでしょうか?」
「そのようだね」
瑠華達も喧騒に釣られて、というより人の波に呑まれて多くの船が止まっている桟橋へと流されていった。
するとそこには、ある意味予想通りの光景が広がっていた。
沖では、とても大きな商船が火と煙を上げながら港へと近づいてきていた。
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