71 サランヴィーネの港街 その三
シンとサラがそれぞれのベッドで穏やかな寝息を立て始めた頃、瑠華は自分のベッドに腰掛けて膝の上にお座りしているマリアとムツキに、アイテムボックスから取り出した串焼きを食べさせていた。夕食を食べていなかった二頭に催促されたからだ。
昼食も移動中であった為に簡単に済ませてしまったから、お腹が空いていたようだ。
瑠華も酒場ではリンジャード一杯しか飲んでいないので少しお腹は空いていたが、特に食べたいと思わなかったのでマリアとムツキが食べるのを眺めていた。
それを見て、そういえば、と瑠華はふと気づき足下にお座りしているテトとリトに問いかける。
「テト、リト、お前達は最近全く食べていないけれど、いいの?」
テトやマリア達幻獣や高ランクの魔物は、高い知性と共に空気中に漂う“魔素”を吸収して自分の魔力に変換する能力を得る。
変換能力は個人によって強弱があるらしいので、魔力を持つ生き物や自然界の植物を食べる者も勿論いる。
変換能力を得る前はそれが当然であったのだから、不思議ではない。
無論、魔力は時間や休息によって回復するので、ただの食事と捉えている者も多いだろうが。
そして従魔契約だが、その変換能力と似た効果が生まれる。
従魔となる魔物、或いは幻獣は、主人となる人に自らの力を使って助け支える代わりに、主人の魔力を頂くのである。
それが大前提であり、契約の証となる。
けれど【カイン】は、契約を望んでも魔力をあげることは出来ない。テトやマリア達はそれを知っても、契約をしてくれたわけであるが。
【カイン】は魔力をあげられない代わりに、人が作った料理を初め魔石や精霊石に含まれている魔力を与えていた。
そのお陰か、せいと言えばいいのか、マリアとムツキは人の料理にハマってしまい、こんなに食欲旺盛になってしまった。テトとリトも彼等程ではないにしろ、いつも一緒に食事をしていた。
それなのに、“瑠華”として再び逢いまみえてからテトが食事をしたのは最初の頃だけだ。リトに至っては、ヤカサルの村で喚んだ時のみだった。
だから気になって瑠華は聞いてみた。
「ああ。我は主の魔力を貰っているから、食事はよい」
「私もよ。主の魔力は美味しいから、今のところ人の料理を食べたいとは思わないわね」
「え?僕の魔力って美味しいの?」
というか魔力に味ってあるんですね?
「美味しいというのは比喩よ。要するに自分に合っているかどうかという話。主の魔力が私達に合っているのよ」
「へぇ」
「主の魔力は氷属性の素質が高いということだな」
「成る程」
確かに自分の素質が高い属性の“魔素”で満ちた場で休むと、他の場所とは比べられない程回復が速い。故にそういう場所を把握していると、ギルドの依頼や探索はやりやすくなる。
ただしそのような場所は、精霊が支配している地がほとんどである。精霊を刺激しないよう、行動には気をつけなければならない。
まぁ、善し悪しということだ。
瑠華はテトとリトの言葉に納得したが、それなら更に気になることが出来た。
「マリアとムツキには合っていないってことかな?」
二人共、以前と変わらない食欲だ。マリアの特化属性の闇と月、ムツキの属性の森も氷属性には劣るけれど素質は高い、筈。
テトとリトの言葉が事実なら、合っていないということはないと思うけれど。
「そんなことないわ。私達も主の魔力は美味しいと思うもの。私達はただ食事がしたいだけ」
「きゅう!」
「ああ、そうなんだ」
本当に食べることが好きなんだね。それはそれは良いことだから、僕としては一向に構わないよ。
「テトもリトも食事がしたくなったら遠慮なく言ってね?皆で食べるのは楽しいからね」
「そうだな」
「それには同意するわ」
一頻り笑った後、満足したマリアとムツキが枕の横で丸まり、テトとリトも使われないベッドで寝そべったので、瑠華も寝支度を整えてからベッドへと入った。
翌朝、陽が昇る前に目覚めた瑠華は、まだ起きていないシンとサラを残し宿屋の裏庭に鍛練しに向かった。
そこでちょっとばかし異様な光景を見た。
宿泊者の馬車が置かれたその周り、十頭近くいる馬小屋の前と中に、人が寝ていたのだ。
ここは高級な宿屋だ。貴族が泊まるような宿屋だ。それなりのマナーというものが存在する。
だからこのようなことが許されることはない。主人と同じ宿屋には泊まれない奴隷なら有り得るかもしれないが、彼等の格好を見ると少々汚れてはいるが仕立てのよい服装だった。曲がりなりにもこんなところで地面に雑魚寝するような者達には見えなかった。
泥棒対策、という訳ではないのだろうね。
泊まる部屋が無かったとは思えない。現に瑠華達が泊まっているのだ。満室にだったからやむを得ずここで寝ている、なんてことは無いと思いたかった。そこまでこの街が切羽詰まった状況なのだという考えが過り、ちょっと口元が引きつってしまった。
瑠華は若干げんなりしつつ、いつものように鍛練を始めた。
程良い汗をかいて部屋に戻ると、既にシンは起きて支度を整えていた。サラも支度を整えてはいたが、瞼が半分閉じているようでベッドに座り頭をふらふらさせていた。
「シン、サラ、おはよう」
「おはようございます、ルカ様」
「………おはようございましゅ……」
「シン、朝食は頼んだか?」
「昨日の内に頼んでありますので、もうすぐ来ると思います」
その直後、数人の気配が部屋の前で止まった。そしてノックと共に男の声が聞こえた。
瑠華、シン、サラは宿屋の従業員が持ってきた湯気が立つ朝食を食べて、マリアとムツキは瑠華がアイテムボックスから取り出した串焼きを堪能していた。
朝から肉の串焼きって凄いよね?
マリア達の食べっぷりを見ているだけでお腹が一杯になりそうだった瑠華だが、なんとか一人前を完食した。
食後に少しだけまったりとしてから、宿屋を出た。
通りには人がごった返していた。それはもう有り得ないほどに。そこかしこで人の怒声が聞こえた。足を踏んだだの、肩がぶつかっただの、そんな声。
瑠華は目深に被ったフードの下で、顔の引きつりが止まらなかった。けれど行かねばならないので、ため息を一つ吐きシンとサラに向き直る。
「二人共、僕の後ろを歩いて絶対にローブから手を離さないこと」
「「は、はい」」
シンは右手でサラの左手を握り、左手で瑠華のローブを掴む。サラも同様だ。
それを確認して瑠華は歩き出したが、早々に立ち止まって叫びたくなった。
ウザい‼、と。
サランヴィーネの港街の冒険者ギルドは、海から程近い場所にある。人をけちら………掻き分けて漸く瑠華達は辿り着くことが出来た。普通に歩いたならば三十分とかからない距離にも関わらず、なんと一時間以上もかかってしまった。
瑠華の苛立ちはピークに達しようとしている。
「シン、サラ、大丈夫か?」
「はい………なんとか」
「うぅ………足踏まれた……痛い……」
三人共何度も足を踏まれ、身体をぶつけた。けれど文句など言わず、ひたすら進んだ。
言っても仕方ないと割り切っていたからなのだが、ムカつかなかったわけではない。
瑠華は荒れている心を落ち着かせるように、深く深呼吸した。
「まぁ、迷子にならなかったのだから、善しとしようか。これで迷子になったら、目も当てられないからね」
「本当に良かったです。迷子になんてなったら、ルカ様はきっと探してはくれないと思いましたから」
「うむ、探さないね。見捨てるよ」
「そこは探しましょうよ!」
シンの突っ込みを聞きながら、瑠華は冒険者ギルドの扉を押し開いた。
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