68 道中~続サランヴィーネへ~
ふと、瑠華は月明かりに照らされている街道に視線を向けた。
「……おや」
「どうしました?ルカ様」
サラが作った素朴だが家庭的な味のスープを味わいつつ、シンと共にひたすらに捌いた肉を焼いていた時、瑠華は少し離れた場所で留まっていた男達の気配がこちらへと近付いてくるのに気付いた。
どうやら、やっと動く気になったようである。
「彼奴等の気配がこちらに近付いてくる。お前達はそのまま動かずにいなさい…………特に何も起こりはしないと思うしな」
「はい、分かりました………あの、ルカ様?」
シンが躊躇いがちに小さく声を発したので、瑠華は薄暗い街道へと向けていた視線をシンへと向ける。
「…………やっぱり冒険者って人と戦うこともあるんですよね?」
「………まあ、ね」
見ると、サラも不安そうな顔で瑠華を見ていた。
「時には、同じ冒険者と戦うこともある。理由は多々あるけれど。でも一番多いのはやはり盗賊かな。“討伐”という依頼があるし、何処にでも居るから出会う確率も高い。こうして旅をしていれば尚更ね。
それと魔物の中には人間によく似た人型の魔物だっている。
でも、お前達にはまだ人間と戦わせるつもりはない。絶対に“戦えない”と分かるからね。
けれどいずれ必ず、戦う時、戦わなければならない時が来る。必ず、ね。その時までには、お前達には覚悟を決めてもらわないといけない………まぁ、相手を捕らえるか殺すかは、その時次第になるだろうけれど」
「………え?殺すんですか?」
「当然、と言いたいけれど、それは僕の意見だからね。お前達がどうしても出来ないなら殺すことはないよ」
シンとサラはあからさまに安堵したように息を吐いた。それを黙って見つめながら、瑠華は言葉を続ける。
「ただし、これだけは言っておく………僕の邪魔はするな。このことに関して問答するつもりもない。もし邪魔をしたならば、その時はお前達を切り捨てる」
「そんな………」
「………盗賊は国の兵士に引き渡せば報償金が出ますし、奴隷商の元に連れていけばお金になると聞きましたが……」
「報償金が出るのは指名手配されている者のみだし、国によっては出ない場合もある。奴隷商については、そこまで連れていくのが面倒くさい」
「…………成る程」
サラは青い顔で必要のないのにスープをかき混ぜていて、シンは瑠華の言葉を考えるように腕を組んで俯いていた。
話をしながらも肉を焼く手を止めずにいたので、シンの目の前で焼かれている肉が焦げそうになっていた。それを瑠華が手を出す前に、テトが器用に前足で串を掴んで大きな葉の上に置いていた。
瑠華は眉間に皺を寄せる。
「テト、大事なもふもふで可愛い毛が燃えたら大変だよ。僕がやるからいいよ」
「毛はまた生える」
そういう問題じゃないんだよぉぉぉ!
テトを含む従魔さん達のもふもふな毛が、どれ程瑠華の癒しになっているか分かってくれないテトに、瑠華が説教をしようとした時に、漸く男達が現れた。
数人の汚ならしい男達の先頭にいた、筋肉質でがたいの良いゴリラのような男が、仁王立ちになって大声を上げた。
「おぅおぅ!てめぇら!命が惜しかったら、その食事を渡してもらおうか‼」
「「「…………」」」
何言ってんだ?こいつ。
そう思ったのは僕だけではないらしい。
「び、ビンゲ様!食事だけじゃなくて有り金全部ですよ!」
「そうですよ!肉が一番ですが、荷物は全部頂きましょうよ!」
「俺達は肉があればそれでいいです‼」
「「お前等は黙ってろ‼」」
もう一度言おう。
なんだ?こいつら。
一般的な下級冒険者の格好をした五人の男達は、漫才のような掛け合いをしつつ、目は食欲をそそる香ばしい匂いを漂わせている肉に釘付けだった。
「………お腹が減っているのか?」
「ば、馬鹿野郎‼腹なんか減ってねぇよ!いいからさっさと肉を寄越しやがれ‼」
その時、ぐぅ~、という音が静まったその場に響いた。
全員がビンゲと呼ばれた男の腹に注目した。
「………てめぇには護衛依頼の時の借りもある。あの時てめぇのせいで、俺達は報酬を減らされた。てめぇが余計なことをしなければ、俺達はちゃんと報酬を貰えたんだ!てめぇが奪ったんだ!だから今度は俺がてめぇのもんを奪ってやる!がっはっはっは!」
顔を赤くしたビンゲは、胸を反らせて言い切った。その周りにいた男達は、拍手をしながらよいしょしていた。
「主よ、どうするのだ?」
「はぁ~……あほらし……」
深くため息を吐いた瑠華は、アイテムボックスから白い小瓶を取り出し蓋を少しずらす。それを見てなにをするのか気づいたマリアが、風魔法でそよ風程度の風をおこしビンゲ達の方へと流した。
すると風が届き、小瓶に入っていた粉を吸ったビンゲ達はその場に倒れてしまった。
突然のことにシンとサラが目を丸くしていた。
「え?なにがあったの?」
「ルカ様、なにしたんですか?」
「ユメミ草の粉を流しただけだよ」
ユメミ草とは、その名で分かる通り主に睡眠薬に使われる薬草である。速効性でよく効くのだが、使いすぎると身体に害を及ぼしてしまう薬。
瑠華が持っていた小瓶の中身はユメミ草をそのまま粉にしたものなのでかなり強いものだが、ほんの少しだけだったので良しとしよう。
「まぁ、半日は目が覚めないと思うけれどね」
「ユメミ草ですか。こういう時便利なんですね。なんか使い方が裏稼業の人みたいですが、気にしてはいけませんね。あの人達、あのままで大丈夫なんでしょうか?」
「シン、お前は本当に意外と図太いね。
さて、ね。例の魔物のせいか、この辺りには魔物の気配がない。喰われたのか逃げたのかは知らないけれど、一晩くらいなら大丈夫だろう」
実際僕達がここまで歩いてきて、一度も魔物には会わなかった。テト達がいたとしても一匹も会わないのはおかしい。そもそも気配がなかった。
「運が良ければ生きているだろう」
そう結論付け、三人は作業を再開した。
その後は特になにもなく、まったりと食事をして過ごした。
空は大きな月が地上を照らし、星々も負けじと光輝いていた。
寝支度を整えたシンが、瑠華に問いかける。
「あのルカ様、本当にいいんですか?俺達がテントを使ってしまって」
「ああ、気にしないでいいから。サラと二人になるわけにもいかないのだし、お前達が使いなさい」
「すみません、ありがとうございます」
マジックテントの中でサラが水浴びをしているので、瑠華とシンはそれぞれテトとリトの体を枕にして横になっていた。そこに会話はなかったが、満天の星空は見ているだけで心を穏やかにするようで、静かで心地好い空気が流れていた。
少ししてサラが顔を覗かせたので、シンが立ち上がり瑠華に頭を下げて挨拶をした。
「ごめんね、お兄ちゃん、お待たせ」
「それではルカ様、おやすみなさい」
「おやすみなさい、ルカさん」
「はい、おやすみ」
二人がテントの中に消えてからも瑠華は暫し星空を眺めていたのだが、徐に立ち上がりローブを脱いだ。
黒いシャツに黒いズボン、膝上まであるブーツという軽装になり、アイテムボックスから〔宵闇〕と〔蒼穹〕を取り出し背中側の腰に交差するように差す。
準備が整って一つ息を吐き、膝をついてテトの体の上で寝そべっているマリアの体をゆっくり撫でる。
「マリア、マジックテントの周りを空間遮断してくれないかな?二人が起きたら悪いからね」
「分かったわ」
「行くのね?」
「ああ、ちょっと行ってくるよ。リトとマリアとムツキはここにいてね」
それを聞いてマリアとムツキが抗議の声を上げたが、撫でて落ち着かせ、リトの体の上に移動させる。そして起き上がったテトに跨がる。
「テト、例の魔物の気配は感じる?」
「ああ、若干だがな」
「よし、では行こう」
テトは例の魔物がいるであろう方向へと駆け出した。
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