69 サランヴィーネの港街 その一
街道に陣取っているという魔物は、予想通りと言うべきか、かなり大きかった。種族的にロックタートルは皆大きいのだが、これはその中でも大きい方だった。
尤も瑠華は、少し前にデカガエルを見たばかりなので、なんだか小さく見えてしまったのだが。
ジャイアントロックタートル
レベル72 亀種 地属性 ロックタートルの上位種
HP B(青) MP C(赤)
スキル 突進 腐敗の吐息
魔法 地属性最上級
少し離れた先に佇む亀をスキル「完全解析」で見てみると、こんな感じのステータスであった。冒険者ギルドでの情報では三メルと聞いていたが、五メル以上はありそうな巨大な亀。
情報は正確にしてほしい、とちょっとばかしため息を吐きたくなってしまった。
大きさはもとよりレベルが72だけあって、倒すのが面倒くさそうなステータスである。
注意すべきは魔法とスキル「腐敗の吐息」か。これは文字通りの効果で、吐息に触れれば装備だけではなく、身体にも影響が出るというものだ。スキルの効果範囲に入らなければいいだけの話ではあるが。
「ガアァァァァァァ‼」
「あ~あ~うるさいなぁ……」
自らの縄張りに浸入してきた瑠華を威嚇する闇夜に響き渡る重低音の雄叫びに、瑠華は煩そうに顔をしかめる。テトから降りて、体をゆっくりと撫でていく。
「じゃあ、行ってくる」
「別に主が態々やる必要もないであろうに。病的なまでの面倒くさがりであるくせに、妙なところでやる気を出すのだから」
「彼女への詫びだからね。真面目にやるさ。でもテト、手出し無用だよ?」
「……分かっている」
ふふっ、と楽しそうに笑う瑠華を見て、呆れたようにテトはため息を吐きながら首を振った。
瑠華は右手で〔宵闇〕を逆手に引き抜き、巨大な亀に向かってゆっくりと歩きながら両足に“気”を巡らせていく。
そしてにぃ、と口角を釣り上げ、心底愉快気に笑い、剣をくるりと回して真正面に突き出す。
「さぁ~て…………死合おうか……」
呟いて地を蹴り、ロックタートルの眼前に迫った。
太陽が顔を覗かせ地を明るく照らし始めた頃、シンとサラがマジックテントから出てきた。
「わぁお」
「……ふみゅ………」
「ああ、おはよう、シン、サラ」
マジックテントの入り口で立ち止まったシンとサラが、目の前の光景を見てそんな声を上げた。
それも仕方ないことだろう。
マジックテントの目の前に、巨大な魔物の死体が鎮座していたら誰だって驚くというものだ。しかも自分達が寝る前にはそんなもの無かったのだから尚更である。
「どうしたんですか?この魔物」
「ん?例の魔物だよ。サランヴィーネへの街道に出るっていう魔物」
「え⁉夜に襲われたんですか⁉」
「襲われたんだよ、この魔物の方がな」
マジックテントの入り口の横で伏せっていたテトが、憐れみを帯びた視線を魔物に向けていた。
それに対して瑠華が不満そうに口を尖らせる。
「襲ったって失礼な!ちゃんと正面から正々堂々勝負を挑んだじゃないか!」
「そうだな、最初から最後まで容赦ない蹂躙な勝負だったな」
「「可哀想に」」
リトとマリアも見てもいないのにその状況が分かるようで、うんうんと頷いている。
瑠華はそれらを丸っとシカトし、シンとサラに向き直る。
「……………シンは僕を手伝ってくれ。サラは朝食を頼む。簡単で良いからな」
「あ、はい」
「………分かりました」
シンと二人で巨大亀の解体を始める瑠華であったが、如何せん大き過ぎるし固いしで、作業は遅々として進まなかった。
そして病的に面倒くさがりな瑠華のやる気がもつ筈もなく、解体作業はサラが朝食を作り終える前に終了となった。
「あぁ……もういやだ………」
「面倒くさがらないで下さい、ルカ様。全然終わってないじゃないですか」
「いいよ、もう。ギルドに頼んじゃうから」
「またそういうこと言って。これだからお金を持ってる人は……魔物の素材解体は冒険者の必須じゃないですか。自分でやろうとは思わないんですか?」
「思わないね!」
即答された、とシンは脱力して地面に突っ伏した。それを見ていたテトとリトが、シンの肩にそれぞれもっふりな前足を置いた。
「無駄だ、シン。主にはこれまで幾人も同じことを言ってきたが、主の病的なまでの面倒くさがりは治らなかった。だから解体については、ほぼ他の仲間がやっていたからな」
「そうねぇ……主は昨日の戦闘でやる気を使い果たしてしまったし、時折こうしてダメモードになるから仕方ないのよ」
うんうん、と瑠華も頷いていた。
「そなたのことを言っているのだ!」
そんな瑠華にテトのもっさりとした尻尾が炸裂した。
朝から一悶着あったが、サラが作ってくれた朝食を皆で食べてから、後片づけをし出発の準備を済ませる。ジャイアントロックタートルの死体は瑠華がアイテムボックスに入れた。
「ルカ様、あの人達本当に起きませんでしたね」
出発の準備を整えたシンが、地面に転がって大きないびきをかいているビンゲ達を見ながら呟いた。
「純粋なユメミ草は強いからな。使いどころを間違うと大変なことになるということだ。さて、では行きますか」
「「はい!」」
テトとリトにそれぞれ跨がり、サランヴィーネへと向かって駆け出していった。
あの巨大亀のお陰か、今日も魔物には会わなかった。こういうのは本当に楽でいいな、と瑠華はつくづく思った。
「あっ、見えてきた!」
リトの背でシンに掴まっているサラが嬉しそうに声を上げた。
まだリト達の速さに慣れないサラの為に、酔わない程度の速さで駆け、途中休憩を挟みつつ進んでいた。
そして空が茜色に染まり始めた時、サランヴィーネの港街が見えてきた。門が見える位置でテトとリトから降り、影に入ってもらった。そこから歩いて門まで行き人の列の最後尾に並ぶ。
「あんまり並んでないんですね。前来た時は、入るのに凄く時間が掛かったのに」
「ここはルッシャート王国の貿易の要だからな。人の出入りが激しいんだよね」
直ぐに順番がきて、門番の兵士に瑠華とシンは通行証を、サラは通行料の銀貨三枚を支払い、街の中へと入った。
「………人が多いですね」
「流石港街、と言いたいところだけれど、これは多すぎだな」
もう陽が沈んで夜の帳が下りてくるというのに、通りには人が溢れていた。
「予想してはいたが、これはちょっとまずそうだな」
「え?なにがですか?」
「宿屋がないと思う」
港街なのだから、宿屋は他の街に比べれば多い。けれどあまりの人の多さに、瑠華は嫌な予想が当たっていたことを思い知る。
「だが、取り敢えずは宿屋を探してみよう」
頷いた二人を伴い、薄暗くなり始めた通りを人を掻き分けながら歩いていった。
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