41 炎獄のダンジョン その五
ダンジョンについての説明をちらりと入れてあります。
一八階層の扉を開いて下に伸びる階段を下りていく。階段は大人一人分程の大きさしかないので一列になって進むしかなく、一番前をテト、次に瑠華、シン、リトと続く。
薄暗い階段を下りながら、シンは前を歩く瑠華の背中に声を掛ける。
「ルカさん、本当にいいんですか?このローブ、そのまま俺が着てて」
「うん、いいよ。またあんな場所があるかもしれないし、これも修行だと思えば、ね。それにその姿は見ていてこっけ………和むんだよ」
「………今、滑稽って言いかけましたか?」
シンに渡した着せた〔穏やかな風〕のローブは、そのままシンに着させている。また一八階層のような場所がこの先あるかもしれないし、いちいち脱いで渡すのが面倒くさいから、という理由でだ。
ちょっと汗が流れるのが鬱陶しいけれど、耐えられない程ではないし、ねぇ。
それにシンの見た目が良い感じになっている。
ヤカサルの村を出る前にシンに渡した〔死神の衣〕は、元々ローブとしては柔らかい生地を使っているので、見た目がふんわりしている。ただ生地がふわりとしているだけで通気性は良く、普通の環境なら熱さなどはあまり感じず過ごせるだろう。
〔穏やかな風〕はローブとしてはかなり柔らかく薄い生地で作られているので、〔死神の衣〕の下に着たら違和感がないんじゃないか、と思って着てもらったら………あら、不思議。何故か〔死神の衣〕が更にふんわりに見え、見た目が丸っこくなった。パッと見ると、ちょっところころに見えてしまう。
その姿は可愛くて和むのだが、妙に笑いを誘ってしまう。
でも魔道具としての付与効果はしっかり働いているので、シンには着ていてもらっている。
シンの可愛らしい姿が目に入る度、口角が緩んでしまうのはご愛敬ということで。
ちなみに〔穏やかな風〕のローブのフードの中にいたマリアとムツキは、今リトの背に乗っている。シンが嫌というわけではなく、瑠華以外が嫌らしい。
「ほぅ」
少し先を行っていたテトが静かに声を上げたので前方に視線を向けると、明るい日差しと共に気持ちの良い風が流れてきた。
一九階層は見渡す限りの草原が広がっていた。障害物などなく、本当に緑溢れる草原のみ。花や木すらない。
瑠華は【カイン】の頃に世界中のダンジョンを巡っていたから、ダンジョンが“こういう場所”だと分かってはいたけれど、一八階層とのあまりの差にちょっと驚いてしまう。瑠華の肩越しに草原を見たシンも、困惑したようにきょろきょろと視線を動かしていた。
魔物の有無を確認しながら、瑠華は小さく息を吐き出す。
「ダンジョンが“こういう場所”だって書物で読んだことありますけど、実際に見ると驚きますね」
「まぁ、ダンジョンは“考えても無駄”な場所だからねぇ」
「あはは、確かに」
ダンジョンの歴史はかなり古い。
初めて人族によって発見されたのは千年以上前になる。小さな村の者が発見し、当時存在した大国により調査され、その存在を世界が知ることになる。その時の調査資料は、今はほぼ失われている。今尚残されている調査資料は、とある魔術都市にて厳重に保管されている。そして最初に発見されたダンジョンもまた、今は存在していない。
何故消滅したのか明確な理由は分からないらしいが、邪神の破壊行動による消滅ではないか、というのが最も有力な理由である。
ダンジョンが発見されてから、その謎を解明しようとする研究者が現れた。その者達は国の騎士や戦いを生業とする者と共に、ダンジョンに潜って調べて研究をしていたらしい。
その研究者の中で、今尚語り継がれる人物がいる。
リスニー・ラモンティック。
ギルド関係者、冒険者なら誰でも知っている伝説的な人物である。
彼は五十年に渡りダンジョンを研究していた逸材で、ラモンティックが書いたダンジョンについての資料や書物は、現在でも多く残されている。
ダンジョンに行く際、ラモンティックの資料や書物を読み、知識や注意点などを得てから行くのが冒険者や探索者の常識になっている。
彼の書物の中に書かれているが、彼はダンジョンを調べる為に自ら剣を取り、魔物と戦い続けて当時では冒険者の最高ランクだったSSランクにまで上り詰めた。
その事実も、彼が伝説として語り継がれる由縁でもある。
彼は六十五歳でダンジョン研究者を引退したが、それに伴い一冊の書物を世に出した。
“生涯をかけて”
なんというか重い題名だが、書の中身は彼が冒険者として研究者として経験して調べて得た五十年分の全ての知識が詰まっている。
その書の最後にこう書かれている。
“ダンジョンについて私が生涯をかけて至った結論は、“考えても無駄”である”
なんとも見も蓋もないというか、ある意味悲しい結論だと言える。
この書物が世に出され“ラモンティックの結論”が世に広がってから、ダンジョンを研究しようとする者は激減した。
それは仕方がないことなのかもしれない。ラモンティックが現役として活動していた時から、彼は有名だった。
研究の為に自ら武器を持ち、多くの知識を人々に教えた。彼の知識で命を救われた者も多いだろう。
彼の熱意はダンジョンにのみ向けられている。
そう周りの者に思わせる程ダンジョンを研究していたラモンティックが、まるで諦めたような冷めた“結論”を書物に書いて世に出した事実に、彼を知る者は驚愕した。
彼がなにを思い、なにを考え、そう書いたかは今では知るよしもない。
ただ彼の言葉で、ダンジョン研究者が減ってしまったのは事実。これもまた、リスニー・ラモンティックが現在でも語り継がれる理由でもある。
ただ、激減しただけでいなくなったわけではない。
今でもダンジョンを研究している者はそれなりにいて、その者達は周りからは変人と呼ばれている。
ただし、その意味は侮蔑や嘲笑が含まれることもあるが、それだけではない。
リスニー・ラモンティックのように、ダンジョン研究にその身を捧げているということで、敬意も込められていたりする。といっても変わり者に見られていることには変わらないが。
瑠華も【カイン】の頃に、ダンジョン研究者と一緒にダンジョンに潜ったことがある。ただし【カイン】はあくまで魔物を求めてと潜っていたのでただ一緒に行動していただけとも言えるが、一応関係性は護衛とその対象だった。
ダンジョン研究者である彼等に対して、特に思うことはなかったので(というかどうでもよかった)普通に接していたが、その人物はかなりの変人だった。
若干、イっちゃってる人だったのである。できれば二度と会いたくないような人物。
ああいう人がいるから、ダンジョン研究者が変人と呼ばれるのではないかと密かに思っている。
ちなみにリスニー・ラモンティックの子孫は、現在でも存在している。勇者一行であり“英雄”の仲間であったりする、今世界で最も有名な者の一人である。
閑話休題。
シンがきょろきょろと周りを見回して、不安そうに瑠華を見つめる。
「こちらが丸見えですね。兎種ばかりいるみたいですが、俺達大丈夫でしょうか?」
「こちらが丸見えなら、魔物も丸見えだからね。油断しなければ大丈夫だろうけれど、兎種はすばしっこいから気をつけるように。もう一度言うが、君は自分を守ることだけを考えなさい」
「はい、分かりました」
魔物からもこちらが見えているので、一斉に気付かれ向かってきている。かなりの数だ。そのことに瑠華はため息が出てしまうが、右横に寄り添っているテトの体を撫でつつ前方を見据える。
「さぁてテト、行きますか」
「ああ」
テトと共に軽快に草原を駆け、向かってくる魔物を剣と魔法で倒していく。少し離れてリトとシンがついてくる。
魔物の強さは大したことはないけれど、草原の終わりが全く見えず、瑠華は心からうんざりしてしまう。
さっさと抜けたい、と思いながらボス部屋がある二十階層に向けて駆けていく。
読んで頂いてありがとうございました。




