42 炎獄のダンジョン その六
一九階層の草原は本当に広大で、二十階層に続く階段がある扉を見つけるのに苦労していた。しかも魔物達も今までの階層と変わらずかなりの数がいて、囲まれぬように立ち回るにも骨が折れた。
全員で魔物達を捌きつつ周りに目を凝らすが、一更に扉が見つかる気配がない。一九階層に入ってからまだそれほど時間は経ってはいないが、ずっと同じ景色なのでいい加減ストレスも溜まるというもの。
「ふぅ、参ったね。見通しが良いから扉が早々に見つかると思ったけれど、楽観だったみたいだね」
「ここはダンジョンなのだから必ず壁があるはずなのに、それすら見つからないなんて…………」
「外の世界の草原だと勘違いしてしまいそうだな」
二人と四頭で探しているというのに。
「はぁぁ………面倒くさくなってきた…………」
「まずいな、主がダメモードになりそうだ」
「それはいけないわね。シン、早く扉を見つけなさい。でないと大変なことになるわよ」
「えっと、はい!」
ダメモードまでカウントダウン開始~。
なんつって。
すみません………冗談でも言っていないと本当にだらけそうで。
「あっ!ルカさん、右斜め前方見てください!」
突然シンに名を呼ばれ示された方に視線を向けると、まだ遠くて見えにくいが、小さく扉らしきものが見えていた。
「やっとか。でかしたよ、シン」
「はい!」
「やれやれ、なんとかここを抜けられそうだな」
周りに群がってくる魔物達を蹴散らしながら、扉を目指して駆け出した。
その後は、特に問題もなく一九階層を抜けることができた。
そして二十階層。この階層は普通の洞窟だった。
「さて、ここ二十階層にはボス部屋があるはずだね」
「そうですね。今度はどんなボスでしょうか?」
「ボスらしいボスであることを切に願う」
二十階層は入り口の部屋から三本の道に別れており、その全てから濃い魔物の気配がする。ボス部屋には簡単に辿りつけそうにない。
テトと相談して、取り敢えず比較的気配が一番薄く少ない真ん中の道から行くことにした。
通常ダンジョンは、下に行けば行くほどに広く複雑になっていく作りだから、迷いやすくなる。一歩間違えるとダンジョンから出られなくなってしまうこともあるので、地図を作ったり目印を付けたりしながら進むのが、一般的である。
瑠華は非常に迷路が得意だったりするので、目印となるものを見つけながら頭の中に地図を作っていく。
ダンジョンで迷ったことはほとんどない。
余談だがとある大陸には、混迷という名が付けられたダンジョンが存在する。
ダンジョンはその全てが迷路のようになっていて攻略は難しい。既に迷路のようになっているものに対して、更に“混迷”と名が付けられたことに、そのダンジョンがどれ程のものなのか想像できるだろう。
混迷のダンジョンに入って、攻略どころか先に進むことすら出来ずに命を落とす冒険者があまりにも多かったので、ギルドが立ち入りを制限した。入れるのはギルドが定めた試験に合格した者のみとなる。
【カイン】は試験に合格し、混迷のダンジョンを攻略している。
真ん中の道に入って少しして、なんだか妙な懐かしさを感じる魔物に出会った。
「シン」
「はい?あっ、スライム」
そう、それはスライムだった。彼方の世界で漫画やゲームなどのファンダジーでは定番中の定番である魔物だ。
この世界のスライムは小さいものは三十セル程だが、大きいものは五メルにもなる。尤も五メルのスライムは稀少種で、過去に一、二度発見されただけだ。普通なら三メルが限界となる。
姿は流動体で、物理攻撃は無効ではないがダメージはほぼない、と言っていいだろう。かなりのレベル差があれば、武器での攻撃で倒すことも出来るけれど。
スライムの基本的な倒し方は、魔法である。
スライムの体はそれぞれが持つ属性の色になっている。風なら黄色、火なら赤といった具合に。それに合わせて有効な魔法をぶつける、というのが確実である。
スライムは死ぬと体が溶けるように消えて、後には“魔晶石”と呼ばれる丸い珠が残される。これはスライムのような、“魔素”が具現化した魔物、魔力種のみが持っているものだ。
“魔晶石”は純度の高い魔力の塊のようなもの。市場にはほとんど出回ることはなく、国やギルドが保有している。ギルドに売れば高額で買い取ってくれるし、“魔晶石”に関する依頼はどれも報酬やポイントが高い。冒険者にとっては、なんとも美味しい魔物である。
けれどそれらに目を曇らせ、安易に近づいてはならない。
何故なら、スライムの魔物としてのランクは、最低でもBなのだから。
ちなみにではあるが、【カイン】の倒し方は文字通り剣でぶった斬るという力押しであった。
シンが瑠華の隣に並び立ち、スライムを見つめる。
「俺、スライム初めて見ました。あのスライムは体が赤いから、火属性、ですよね?」
「そうだね」
「ちなみに焔属性だと、もう少し淡い色になるんですよね?」
「そうそう、橙色が強くなるんだよ」
まだ距離があるスライムを見つめて話をする。スライムは一体しかおらず、地面を這うように近づいてくる。
瑠華は眼鏡を左手の薬指で上げながら考え込む。そして徐にシンに声をかけた。
「シン、『ウォーターバレット』であのスライムを倒してみて」
「えっ?でも『ウォーターバレット』って初級の水魔法ですよ?スライムにはダメージは与えられても、倒すことはできないかと」
「いや、初級の魔法でも魔力を込めれば倒すことは出来るよ。でも今はそれはしなくていい。君の魔法で“一人”で倒してみて」
「は、はい」
シンは瑠華に言われた通り、集中して魔力を練って水属性魔法の初級、『ウォーターバレット』のイメージを頭に浮かべ構築する。
『鋭き水よ敵を穿て、ウォーターバレット』
玉状の水がシンの目の前に表れ、鋭さを纏ってスライムに向かっていった。
「……えっ⁉」
スライムは自分に向かってきた水の塊を、自らの体に穴を開けてやり過ごした。流動体であるスライムならではの避け方だ。
「そんな避け方⁉」
「シン、突っ込んでいないで次に撃つ魔法の構築を始めなさい」
「はっ、はい!すみません!」
君は漫才師か⁉、と瑠華が心の中で突っ込んでいることなど知るよしもなく、シンは二度、三度と『ウォーターバレット』を撃つが、全て避けられてしまう。そうこうしている間に、スライムは後数メルの所まで来てしまったので、シンの隣に立って見守っていた瑠華が歩を進めてミスリルの長剣で一閃の下、斬り捨てた。
それを見たシンは、大きく息を吐く。
「すみません、ルカさん……」
「いや、いいよ。シンの魔法での戦い方を見たかっただけだから。何気にここまで君、杖を鈍器として扱ってることが多かったからね」
「あはは……」
「さて、取り敢えず先に進もうか?」
シンや従魔達が頷いたのを確認して、瑠華は歩みを再開した。
魔物と戦いながらくねくねと交差し複雑に絡む道を進んで行くと、漸くボス部屋の扉の前に辿り着いた。入り口からここまで、体感的には数時間程経っているだろう。
「お、あったあった」
「ここで少し休みましょう」
ここまでも戦い続けだったので、ボスに挑む前に態勢を整える為、休憩を取ることになった。魔物の気配は近くに感じるが、こちらに向かってくる気配はないので少しなら大丈夫だろう。
「はい、シン、リト。シンは、魔力の方はまだ大丈夫?」
「ありがとうございます。魔力はまだAの緑なので余裕です」
瑠華はシンとテト、リトに中級体力回復薬を渡しながらシンに問いかける。
以前ヤカサルの村で、シンのステータスを見た時は魔力はBの青だったが、聞いてみたら本来のシンの魔力の最大値はSの緑なんだそうだ。
魔力がSの緑なんて、一流と呼ばれる魔法使いでも滅多にいない。本当に商人にするには勿体ない、とは思うけれど、それは絶対に口に出してはいけないことだと思うから。だから心の中で呟く。
ああ……勿体ない……。
扉の横の壁から少し離れた場所に、瑠華以外の者達が座り込む。瑠華は楽な姿勢で立っていた。
床を含む洞窟の壁全体が、ほんわか熱を持っている。ほんわかなので普段なら全然耐えられるのだが、身体が熱をもった状態だとその“ほんわか”がうざったい。
だったら立っていた方がマシ、ということだった。
テトに寄りかかるという手もあるけれど、〔万年雪の雫〕の効果で逆に凍死しそうなので止めておく。
瑠華はアイテムボックスから〔細雪〕と普通のミスリルの長剣を取り出して、今まで使っていたミスリルの長剣をしまう。
ここまでの戦闘で酷使しすぎていたので、刃こぼれをしていた。ミスリルの剣でも、手入れ無しで使い続ければこの状態になるのは当たり前なんだけど。
というかミスリルは柔な素材ではない。寧ろ鉄などに比べれば、遥かに丈夫な方だろう。それが二日程度で刃こぼれするなど、ここまでの道中にどれだけ魔物がいたか推し測れるというもの。
決して瑠華の扱い方が雑だからではないのだ。
瑠華は立ったまま目を閉じ、身体の力を抜く。気持ちを落ち着かせるように、深くゆっくりと意識して深呼吸をする。
身体に満ちる“気”と魔力を感じて、戦闘態勢を整える。
「よし、皆、いい?」
「ああ」「ええ」「はい」
目を開けて一つ息を吐き、全員の顔を見て問いかける。それぞれの返事に一つ頷き、ボス部屋の扉に手を添える。
ギィ、と重い音を立てて扉が開いていく―――
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